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 突如として起きた爆発は人々を恐怖と混乱に陥れるのには十分だった。

 周辺には自動車であっただろう鉄くずが何個も転がり原因であるその飲食店からは黒煙が立ち上っている光景はまさに惨状と言って良いだろう。


「ファーファッファッ!! 実に良い気味だァ!!」


 逃げ惑う人の中、煙の中から高笑いしながら姿を見せるのは異形。人型でありながらどこに注目しても人とは言えぬヒトガタ。

 緑色の皮膚と両手に刃を持つその姿は蟷螂かまきりを思わせる。違うとすれば二足で立つ人型と背部に付いている蝶のような翼だろうか。


 昆虫人間。一言で言い表すのならばそう言えるだろう怪物は、手を振るい逃げ遅れる人を両断しながらただただ愉快に嗤い続ける。


「キシャシャシャシャ!! 嗚呼楽しいっ!! これで、これならあの野郎共なんざ細切れにしてやれる!!」


 理性無き人の目で刃を振り回し、周辺を絶えず壊し進むその姿は癇癪を起こす子供のよう。壊すことに、殺すことの悦に浸りながら暴れる姿はまさしくヴィランそのものだ。


 たまたま近くにいた警察は人々を避難させることに手一杯。その恐怖の根源に対抗するなど、ちゃちな拳銃一つではあまりに心許なく、挑むことすらためらうのも仕方が無いだろう。


 ──だが大丈夫。それでも助けは来ると、逃げる人のどこかにはそんな希望を抱いている。


 対人に特化した警察とは違い、こういった怪物共から人を守る平和の象徴達。

 まるで映像の中から飛び出してきたかのように人々の日常を助けるその存在は、最早どこにいても人に光を与える希望だと誰もが知っていた。


 偉業に降り注ぐ赤色の光。焔のように熱く輝く光の翼を背に纏い、怪物の嗤いを掻き消すばかりの笑いを空から放つ男がいた。


「はっはーヴィラン!! この紅星レッドスターが来たからにはもう悪行もここまでだ!!」


 紅星レッドスターの存在を示すかのような大声が逃げ惑う人々の足を徐々に立ち止まらせ、恐怖は興奮へと変わっていく。

 協会所属の三つ星正義の味方ヒーロー、しかもヴィラン捕縛に定評のある紅星レッドスターの登場は良くも悪くも空気を一変させた。


 今からあの凶悪なヴィラン正義の味方ヒーローによって倒されると誰もが思い、人々は動物園の檻でも撮るかのようにカメラや携帯を構える。

 ヴィラン退治など滅多に見られるものではない。この日国ではあまり遭遇することのない、基本的には対岸の火事でしかない故、見ておいて損はないだろう。


 嗚呼、何ともお気楽で楽観的な大衆だろう、なんて愚かで希望に満ちた前向きさだろうか。

 止まらず逃げる人は理解している。恐怖に打ち負け本能のまま隠れる者は、実に己に忠実で利口な人間じゃないか。


 老若男女問わず、大小関わらず人々が持つのは正義の味方ヒーローに対しての信頼。

 正義の味方ヒーローが負けるはずがないのだと、ろくすっぽ知りもしない偶像をまるでサンタを信じる子供のように馬鹿正直に信じるのだ。


 ──誰も巻き込まず誰かを助けるなんて理想通りの偉業は、それこそ五つ星正義の味方ヒーローにすら至難だというのに。


「……えっ?」


 その驚愕のような疑問のような呟きを最初に流したのは、一体どこの誰だろうか。


 怪物が一瞬にして姿を消したと思ったとの矢先、空から降ってくる物体が鈍い音を鳴らしながら地面に転がる。

 最も近くで見ていた人達は、それに気づきながらもその物体の正体に思考が追いつかなかった。

 だってそれは、人であればほとんどが持ち得る物。それのみが地面にあることなどあり得ず、それが石ころのように道路に転がるなんてありえないだろうと必死に否定した。


 ──腕だ。最早原型を留めてはいないが、これはまさしく人の一部からだだと脳は結論づけてしまった。


「嘘っ……」


 ぽつぽつと垂れる赤色の水と共に空から落ちてくる紅星レッドスターをはっきりと視認し、そこでようやく鈍間で愚かな一般人やじうま共はようやく自らの現状を理解する。


 常に正義の味方ヒーローが勝つなんてそんな都合の良い話はどこにもないのだと。

 自分たちはどこまでいっても狩られる側。例え名のある正義の味方ヒーローが一人いた所で、この世の摂理が逆転するはずがないのだと。


「キャ──!!」


 悲鳴を切っ掛けに今度こそ、人々は理性を失い恐怖に呑まれる。

 一度上げてから落とされた人の心は誰にも制御出来やしない。パニックの最中、恐怖の根源であるヴィランはおろか、彼らの為に血を流した正義の味方ヒーローの容体に目を向けるものなどいるわけがなかった。


「さあ行こうゥ!! これでェ!! ようやくゥ!! 復讐できるゥ!!」


 ヴィラン見据えるかのように一方向を目を向けながら、逃げ損なった人間を埃を払うかのように引き裂き進む。


 最早この場に人の秩序はない。人はただ無残に散る屍と怪物の脅威に怯え逃げ惑うことしか出来ない矮小な人のみ。少なくとも、これを解決できる本物の正義の味方ヒーローが到着するまで変わることはないだろう。


 ──そのはずだった。


「うひゃ──!!!」


 この場に似合わない無遠慮な悲鳴が遠くから聞こえ、次第に次第に大きくなっていく。

 怪物がそれに気づき上を見た瞬間にはすでに目前に迫っており、自身の五メートルほど前方の位置に衝撃と共に墜落した。


 人を止めたその目は確かに目視したが、その正体に些かの疑問を持つ。

 何故なら落ちてきたのは人間そのもの。今試し切りをしていた、かつての自分にんげんと何ら変わることのない人のはずなのだから。


「……ふうっ、どうしてこうあの人は無茶をさせるんすかねェ。……ってぐにゅっ!!」


 そんな怪物の疑問など意に介さず、一度体勢を崩しかけるもするりと立ち上がる人間は、人であれば確実に死ぬであろう高さから落ちてきたにしてはあまりに異常すぎた。


 ──正義の味方ヒーローなのか? いや、そもそもあれは本当に人なのか? 


「何でしょうこの猫。……ま、いいか!!」


 白と黒の衣に身を包む茶色の髪の少女は──片方の肩に黒い猫を乗せるこの女は何者なのだ!?

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