8
生暖かい風に不快感を覚えながら、湯気の昇る皿にスプーンを入れ白色の物体に舌鼓を打つ。
焦がされたチーズの香ばしさと自分の舌に合うクリーミーな味わいと、そしてマカロニがたくさん入っているこの料理。
実に良い。値段も財布に優しいし、まるでひもじい学生の懐を理解してくれているかのような善意に満ちたこのメニューは、もし世界を滅ぼしても残したくなるくらいにはお気に入りだ。
「……そんなにおいしいっすか?」
「あったりまえだろ? 逆にどうしておまえが渋い顔しているか疑問だわ」
「私チーズ嫌いなんですよね。……はむっ」
成美は心の底から興味のなさそうな様子でフォークに巻いたパスタを口に放り込り続ける。
まったく、この味が食べれないとは悲しい奴め。明太子の乗ったパスタは確かに定番でおいしいが、生憎と値段が良心的じゃあないのだ。
……それにしても遠慮無いなこいつ。これで三皿目だぞ? 確かに俺が出すとはいったが、それならそれで遠慮の欠片でもチラ見せしてくれても良いと想うのだが。
「はむ、はむっ。……ごくっ、はー美味しかったー!! ごちそう様っす!!」
そうはいっても奢ると言ってしまったので、量に対して一言言いたくなる口をぐっと結んでおくことにする。
それにこれはこいつが試練をクリアしたご褒美のようなもの。大きいお札一枚でこいつの溜飲が下がるのならばそれはそれで安上がりだろう。
「んで、どうしてこんな遠くのどっかの知らない屋上でご飯なんです? 別に持ち帰りじゃなくても近場のファミレスで良かったんじゃないっすか?」
「……まさか奢るの目的だと思ってる?」
「違うんすか?」
ため息吐きたくなる。どうしてこう、こいつはこんなお気楽なんだろう。
目的もなしにこんな誰も来ないようなビルの薄汚れた屋上で飯なんて食うわけないだろうが。
「はふっ、昨日言ったろ? 最後の試験やるって」
「……言ってましたけどー。こんな微妙な都会で何をするっていうんすか? 夜まで待機してナイトウォッチングとか?」
しねーよ馬鹿。んな無駄なことする暇あったらコレクション見るわ。
初めてだからわざわざ待機できる場所にしたのにすっかりピクニック気分なこのお馬鹿。今すぐ下に放り投げてやろうかなぁ。
……ま、どうせいつ始まるかわかんないからって欠片も説明しなかった心でも見えなきゃわかりっこないししゃーないか。
「最後の試練は実に簡単。街に出てきた
「それだけー……それだけっ!?」
食べ終わったゴミを袋にまとめて自分の影に放り投げて仕舞いながら説明を始めると、成美は随分と驚愕を露わにしてくる。
「それだけって、超難題じゃないですか!?」
「何言ってんの? 島でのサバイバルの方が百億倍難しいっつーの」
心外だなぁ。いくらなんでも俺の世界が他のカス
「今のお前はそこいらの有象無象よりはましだし、大ポカやらかさなきゃ平気さ」
こいつが今の自分の実力に不安を抱くのは比較対象がなかったからだ。
まともな
──今のこいつは違う。もう何も知らない、ただただ無謀なだけの通り魔じゃあない。
だからその時になればわかるはずだ。お前はもう、怯えるだけの小娘じゃないってことを。
「むしろ本題はそこじゃあない。お前が
そう。むしろ今回の肝はここだ。
こいつを世に送り出すっていうのも目的の一つだがそれ以上に大事なことがある。
それは自分が
「そもそもどうして
「……えっと、人に迷惑掛けるか人を助けるかとかです?」
「それもあるけど、それはすべてじゃない。──大事なのは自分がどう名乗るかで、そして大衆にどう捉えられるかさ」
例えどれだけ強くとも、どれだけ正義感の強い人間だとしても、人が必要としていなければいらぬお節介でしかない。
人は
──否。
だから結局、多数決で悪と指差されてしまえば
「
殺すのと捕まえるのではやり方も心の持ちようも全く別物になる。
実力向上的な意味でも
まあ英雄協会みたいな公式に公認された組織に属するのならそれはそれで悪くはないが、あんな二枚岩にすらなっていない社会の縮図のような糞組織なんて資料見れるくらいしか価値ないと思うわ。
「ま、存分に悩むと良いよ。そんなすぐには出ないだろうし──」
そう言いかけたその時だった。
下から起きた一瞬の僅かな衝撃と共に耳に響く爆発音。
事故じゃないのは下から感じる魔力でわかる。──ふむ、出てきちゃったな。
「ほら準備して。早くしないとせっかくの初陣が
「え、は、はい!!」
焦りながらも準備はしっかりと進めていく成美。意外と乗り気じゃないか。
全身を白色の魔力で包まれ、成美の姿は次第に移り変わっていく。
白のベレー帽にモノクル。赤みがかった茶髪の所々に自身を象徴する白色がメッシュでも入れたかのように混じり、モノクルを付けた方の瞳が白い宝石のように美しく染まっていく。
服も先ほどまでの凡庸な衣装ではない。真っ白なマントを羽織り、白を基調とし黒を所々に埋め込んだその服は、まるでどっかで神にでも祈っていそうな奴の格好だ。
……なんかどっかの姫みたいだな、しゃべらなければだが。
「──良いじゃん。ちょいと煌びやかすぎるが、まあ意外と似合ってるよ」
「そうっすか? お姉ちゃんと同じにしたんっすよ!」
実に嬉しそうにはにかむ成美。
こいつにとって理想は姉なのだろう。だから姉とそっくりな姿に変わったのだ。
「そういや
「……まだっすね」
「なら下の奴倒すまでに考えておきな。──えいっ!」
指を弾き魔力の衝撃で成美をビルから叩き落とすと、叫び声を上げながら初の舞台まで一気に突き進む成美。
さあて俺も近くで見ようっと。──あいつがどんな答えを出すのか、久しぶりにちょっとだけ楽しみだなあ。
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