7
みくびっていた、それ故つい先ほどの一幕に目を奪われ息を吸うのを忘れてしまっていた。
椅子に座りながらつい叩いてしまった両の手を肘掛けに置いて、空に倒れる少女を目の前まで引き寄せる。
まるで一生の一度の大舞台をやりきったかのような誇らしげな顔。今にも息絶えそうな小娘の寝顔とは到底思えやしなかった。
なんて顔してんだか。お前の舞台はこんなちんけなモノクロ世界じゃあないだろうになァ。
立ち上がりこいつ──成美の額に指を置き、今にも死にそうな体に魔力を流す。
随分と無茶したな。治癒も強化も荒削りすぎて体はそこいらのボロ雑巾よりも酷い有様じゃあないか。
まったく、俺に感謝しろよ。
こんな酷い有様を完璧且つ無償で修復してやるのは俺くらいなんだからな。
「……んん。んうう……」
十秒ほどの治療の後、指を離してそのまま指と指を弾き音を鳴らす。
すると世界は俺の影に吸い込まれていき、あっという間に元の世界──こいつの家に切り替わる。
魔力で成美の体を浮かせて近くのソファに寝かせておき、その間に適当な椅子に座りながら目覚めるまでさっきのこいつについて考察することにした。
あのときこいつは覚醒していた。
それは元来持ち得ていた力だったのか、それともどこかで手に入れたものだったかはわからない。
けれどあの光──純白光に感じたのは紛れもなく神の力。
人が持ち得ることのない超常の中の超常。それをあろうことか、こんな俺と変わらぬ年の少女が有していたのだ。
それにもう一つ。神の力よりも驚愕に値したのは成美の力の色だ。
力の色というのは本人の性質を表すもの。一人一人が異なる形を持つ遺伝子のような存在だ。
完全な単色になるというのは限りなく珍しく、中でも白の系譜を持つ人は俺が見てきた中でも二人しかいないほど希少な色なのだ。
そして、その二人でも完全な白ではなく何かの混ざった色をしている。
白は汚れなき善性の証。だからそれで成り立つのは半概念的存在である人外共だけ──それが通例のはずだ。
だがこいつは神ではない。それは俺が体を調べた時にとっくに確定したことだ。
人外共と人間の構造は基本形が人型である以外まったく異なるもので、何も知らない医者が診察してもわかるくらいには別物なのだ。
……そこまで考えて、一つだけ思い当たることがあったことを思い出す。
あの
もう一度調べてみようと再度額に指を置く。体の方が楽で良いのだが、目覚められるとセクハラセクハラ煩そうなのでこっちにしておくことにした。
(……さーて何が出るか)
先ほどよりも細い魔力の糸を全身全てにあますことなく伸ばしていく。
場所はわかっているのだ。今はそれがどうなっているか、確認するだけ──。
「──っ!?」
目的の白まで辿り着き触れた刹那、思わず手を離し後ろに逃げるように飛び退く。
まるで拒絶するかのように魔力が途切れ糸が消え失せた。それだけじゃない、こいつが先ほど霧散させた魔力のような消失と一緒に俺のことも消そうと伸びてきやがった。
俺の指が焦げる程度で済んだのは、まるで警告で抑えたかのような告げているような気すらしてくる。
──確信した。成美の異常性はあの核が原因なのだと、文字通り肌で理解した。
手を振って修復しながら、目の前で眠っているこの少女が持つ私欲塗れの復讐心は世界を揺るがす大事件の火種なのかもしれない。
いや、大事件なんてちゃちな言葉じゃあない。もしかしたら、これは現代における神話にして時代の特異点と成り得るのではないか。
「……んー。んれ? 色がある……?」
そこまで考え結論づけようとした時、彼女の戸惑う声が耳に入ったので思考を打ち切る。
ついさっきまで地獄みたいな訓練していたのにも関わらず、ちょっと寝過ぎたみたいにきょとんと瞼を擦る成美はどう見ても世界の命運を握るようには見えないぼんくらだ。
けど、結局はこいつ次第。力など欠片も意味は無く、詰まるところこの少女がどういう道を歩きたいかというだけの話だ。
「んえ? ここって……私の家?」
「起きた?」
「んひゃ!?!?」
外見に似合う可愛らしい悲鳴を上げる少女は、すぐに目を合わせてくる。
琥珀色の瞳がこっちを見据える。そしてすぐにその目を濡らしながら、魔力の乗った拳をこっちに振るってきた。
「危ないなあ。いきなりどうしたの?」
「どうしたって! お前、お前が、お前のせいでェ!!」
「落ち着きなよ。まったくもう」
感情を向き出しにする成美の両手を抑え、動転する成美が落ち着くまでのんびりと待つ。
まあこいつからすれば自分を地獄に送った憎悪の対象だし、例え自分で選んだ道とはいえちょっとくらいは当たりたくもなるだろうし少しくらいはしょうがないだろう。
それにしても前よりも随分とましになったことだ。あの神力を纏っていないとはいえ、それでも一介の少女に出せる攻撃じゃなくなったな。
まあそれでも技術とかないのでほとんど本能の素人パンチなのが辛いところ。
こればっかりは俺はそこまで教えられないからし、どうやって洗練させていこうかなぁ。まあ今は伸びしろがあるって気長に考えておこうっと。
「だってお前が! 光さんがあんなことするからぁ……。ゥうええーん」
「そうだそうだ、もっと吐いちまいな」
活きの良い魚ののように拘束から抜け出そうと動きながら嗚咽するが冷静になってきたのか段々と言葉が戻り、鼻を擦りながら俺への悪口が増えてきていた。
「馬鹿……阿呆……鬼畜、くず、DV男、おたんこなす、馬鹿、馬鹿馬鹿ばーか」
「……落ち着いたか? なら座りな」
「……あ゛い」
ようやく落ち着いたなと思ったところで手を離して近くの椅子に座る。あー疲れた。
目を擦りながらソファに座る成美。まったく、ここだけ切り取ってしまえば年相応の美少女にしか見えないな。
「まずはクリアおめでとう。最後の方しか見てなかったけど、それでもわかるくらいには予想以上の成長だったよ」
この賞賛は嘘偽りじゃあなく心からのものだ。
あの島で学んでほしかったのは技術とか力とかそんな小手先のことじゃあなかった。
あの島が試したのは覚悟。こいつの決意がどんな地獄に堕ちようと揺らがないのか、それを確かめることが真の目的だった。
どんな才を持っていようと心が折れれば使い物にならなくなる。これは
大事なのは何度殺されようと進み続ける鋼の柱、例えこれっぽちも先が見えなくても先を掴み取る尋常を超えた執着なのだ。
こいつは最後にそれを体現して見せた。動くことすら困難なあの島で、魔力を扱えなければ呼吸すら困難なあの地獄で、絶対に勝ち目のなかった怪物共に勝利してみせた。
──踏み出したのだこいつは。口先だけの馬鹿女から無謀に走り出す
こいつの中には覚悟がある。その覚悟に俺は敬意を持ちたい。
それは紛れもなく崇高で俺好みの輝き。我が
「さて、次が最後──最終試験だ」
「……最後、ですか?」
「ああ。これで君のこれからが決まる。──お前の末路もだ」
最初とは違い真剣に問いかける。
だってもう、こいつは歩き始めたのだから。
「なあに簡単なことさ。今のお前ならね?」
だから魅せてみろ成美。君の選択を、君がどういう答えを出すのかを。
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