3

 黒は地面から水のように溢れ、一瞬のうちに部屋中を己の色に染め上げた。

 別に自分でやってるからびびることのない俺とは違い、成美は抵抗など出来ずに目を瞑りながら取り込まれる。 


 ──否、導かれたのだ。この俺によって。


 まるで海流に乗せられた魚のように、乗ってしまえば全自動なエスカレータのように。黒は自身が招待状の代わりに成美を目的地にまで連れて行く。


 現れる景色は俺にとっては馴染みのある場所。

 それは当然と言えよう。何故ならこの場所は、この世界は俺が自ら創り出したのだから。


 それにしても、ここに来るのは何時ぶりだろうか。

 記憶にあるのは確かシャドウとしての最後の戦い──至高の正義の味方ヒーローたる星光スターシャインとの最終決戦、その前の精神統一の際に使ったんだっけか。


 ──まあいいか、今は思い出に浸る気分じゃあないし気にする必要は無い。


「──目を瞑るっていうのは最も愚かなことさ」


 未だ目を閉じる哀れな子羊なるみに、ここがすぐさま命を奪う脅威ではないことを教えるかのように言葉を発していく。


「挑むのも良し退くのも良い。もちろん、逃げるのだって欠片も悪いことじゃあない。──だけど、目を背けるのは何ら意味の無い愚行でしかないことさ」


「ほら目を開いて。何があるのか教える気は無いから、自分の目で確かめてみな?」


 指を鳴らすと現れた黒一色の椅子に腰掛け、成美がその瞼を開けるのを待ち続ける。


 ゆっくりと、日差しを浴びた寝起きのように目を開いてその光景を確認する成美。

 そして驚愕するのを見て俺は少しだけ、ドッキリでも成功したような愉しさが口を緩める。


 ──黒白モノクロ。すべてが黒と白で構成された二色の世界。

 空は白紙のように真っ白で下は目に悪いほどの真っ黒で形作られたこの世界に、成美はぽかんと口を開け言葉すらも出さなかった。


「な、なんですこれ……」

黒自世界ブラック・ワールド。まあ簡単に言ってしまえば、俺が作った俺だけの世界さ」


 まあ天界や魔界、普段過ごしている地上みたいな世界を創ったわけではない。

 理屈としては荷物を入れるために作った黒部屋ブラックルームの応用に近いもの。自身の魔力を風船のように膨らまし、その中にいろいろ創ってみたのがこの世界だ。


「世界なんて名付けたけど理屈としては結界に近いものなんだよねこれ。所詮は魔力の中に創る疑似空間だから戦闘には使えないんだけどね」


 まあこんな十割ホームグラウンドで戦闘できれば実に楽で快適だろう。

 けれどそうはいかないのが世の常。同格の奴は当たり前として、ある程度の戦闘力と力の理解があればこんなものはいくらでも対応出来てしまうのが辛いところだ。


 まあその道の専門家ならもっと使いこなしてくるんだろうが、生憎俺は会ったことがないし滅多に遭遇することはないだろう。


 保管しておいたドリンクを呼び出し飲みながらそんなことを考えていると、やっと成美が現実を受け止め始めてきた。


「下見てみ?」

「は、はい……え、浮いてる!?」


 自身の足下を見てようやくここが空中であることを知る成美。


「今空に立ってるだろう? これは俺がそれを許可しているから地面みたいに立っていられるのさ」


 ここは俺が創った世界。なので当然、ここで働く法則の全てを俺はほとんど自在に操ることが出来る。

 基本的には設定とか面倒し俺の息抜き倉庫なので地上と同じにしているが、やろうと思えばそれこそ意味不明ファンタジーみたいなふわっふわな世界にだってすることも当然出来る。


 故にここで鍛えるのが一番効率が良い。ここなら外部に観測されることはないし、何回死んでもも出来るしな。


「ま、この試練が終われば自分で飛べるくらいにはなっているかもね?」


 ま、出来るようにならなきゃろくな末路を迎えないけどね。


 飲んだペットボトルを適当に放り投げ中に浮かせておき、今度は手を一回握りその中で魔力を押し潰し、ある物を作り出す。

 掌にあるのは一粒の黒い物体。石ころほどの大きさで光沢のある漆黒のそれは、見ようと思えば宝石と言えなくもないものだ。


魔晶マギアストーン。魔力を大量に圧縮し結晶化させたものなんだけど、まあ俺の魔力を使ったから真っ黒な石ころさ」


 指先で転がしながらこいつについて説明すると、成美はそれを必死に目で追いながらこちらの話を聞いていた。


「やることはとってもシンプル。下にある島でこれを探す、ただそれだけさ」

「探す……? その黒い石を、あの島で!?」


 成美は自分の耳を疑うかのように驚愕しながら島を指差すが、どう反応したところで内容に変更などない。

 無理もない。あんな普通に大きい島で石ころを探すなんて鬼畜の所業、それこそ色が付いていても地獄だろう。

 そしてあの島は見える範囲ですら全てが黒で構成されている。地上の無人島の内の一つをモデルとしているため、地形や植物などはすべてきちんと存在するのだ。


 ──動物についてはこっちで別の用意させてもらったけどね。


「達成するまではサバイバル。期間は今からで次に俺が話しかけるまでの間。そうだなぁ……具体的に言うのなら、おおよそ一月ほどかな?」

「そ、そんなぁ……」

「まあ期間については考えなくても良いよ。どうせ気にする余裕なんか、お前にはないだろうしね?」


 そうとも。今のこいつに出来ることはこれが成功するか失敗するかの二択、ただそれだけだ。

 ま、今のこいつならほぼ確定で失敗するような難易度にしたから、どうなるかなんて想像付くんだけどね。


 さあ、こいつは何個壁を乗り越えるか。俺がテストやっている間にどれだけ見違えるか。

 出来なければ死だ。せっかくの面白みも減ってしまうが、まあその時はこいつがその程度だったってだけの話だ。


「それじゃあ頑張ってね~。アデュー」

「え、ちょ──!?」


 成美の飛行権を剥奪し、断末魔を上げながらそのまま島まで墜落していくのだけ確認して出口を開く。

 目指すは補習回避。例えどれだけぎりぎりでも赤点だけは逃れなくては。

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