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 無数の黒い球が部屋を舞い、数の暴力を知らしめるかのように対象を攻め続ける。

 標的は中心。逃げ道などどこにもない中、はなから逃走の意思すら見せずに立ち続ける少女のみ。


 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も跳ね続け、やがてその数も音も勢いを増していく黒球。

 それでも少女は微塵も仰け反る様子はなく、自身が攻撃の渦中であるのにも関わらず欠伸を漏らし、まるでなんともないかのように平然とし続ける。


(うん。じゃあラスト)


 近くの椅子に座りながら見ている少年がそう思った瞬間、黒球は一気に速度を速め一気に少女に突進していく。

 速度は最早音に等しく、それはさながら拳銃を四方から発砲されたのと変わりは無い。人が認識するまもなくその球は少女を突き抜け、容易く命を奪うだろう。


 ──だが、それは少女が常人の話。何も知らぬ無知なる一般人であった場合だ。


 無数の黒球は彼女の体に当たる寸前、まるで壁にぶつかったかのように弾かれ崩れ落ちる。

 一発ではない。向かってくるそのすべてが瞬き一つの合間にすべて彼女に奔り、そして同じ末路を遂げ続ける。

 気がつけばあれほど中に浮いていた黒球は一つたりとも姿を無くし、部屋の中心にぽつりと少女が立つというなんともありふれた絵面に変わっていた。


「……まあぎりぎり及第点、かな?」

「っはあー。やったー!!」


 ため息の後、実に嬉しそうに喜びを示す成美。

 まあこんなの始まりも良いところなので躓かれても問題なのだが、それでも何もないところから一歩進み始めたという事実は褒めるべきかもしれない。

 

 しかし一週間か。まさか中間テストの前までにこの段階まで至れるとは完全に予想外だった。

 センスがあるとは思っていたが、それでもコツの掴み方が常人の比ではないとびっくりするくらいには呑み込みが早い。


 ──早すぎるだろう、いくら何でも。

 

 人以外の種族──例えば天使や悪魔、妖怪なんかじゃないのは発する力で何となくわかる。契約獣コンダクターと契約を交わしたとか外部的要因がないことは最初の調整──黒支配ルールブラックを使った際に確認したので間違いは無いはずだ。


 ……まさかあれか。あれは俺にはよくわからなかったし見たこともない例から触れないでおいたけど、もしかしてあれが原因なのか。

 

 もしあれが何か特別なものだとしたならば、神程の存在でも看過できない代物なのであれば。それなら確かに、こいつには狙われる理由にはなるのか?

 

「いえーい! これで私もいっぱしのヴィランですねー!」


 ……考えるの面倒臭いし今はいいや。どうせいつかは考えなきゃいけないし、もっと情報が集まった時でも問題は無いはずだ。

 とりあえず浮かれきった天才(仮)の甘すぎる見通しをへし折ってやろうか。煩いし。


「残念だけどまだまだ足りない。わかりやすく言ったら、ようやく箸の使い方を覚えた程度でしかないよ」

「えーまじっすか!! これだけでも随分強くなれましたよ!?」

「当たり前だよ。これじゃ英雄協会の下っ端の下っ端──一つ星の連中に捕まっておしまいだよ?」


 そう、これはあくまで初歩的な基礎。これを自在に扱い力へと昇華できるようとき、初めてそこいらの正義の味方ヒーロー共と同じ土俵に立てるのだ。


 英雄協会。それはこの第三大陸トレプスも必要不可欠と言っても良いくらいには大きな組織の名称のことである。

 第三大陸トレプスは、この日国ひくにほどの大きさの島国が六十程集まって形成されている島群。他の四つの大陸と違い、どこもかしこも独自の文化圏で生活している多様性の玉手箱だ。

 故に本来なら、治安維持もそれぞれで対応するというのが理想的なのだろう。もちろん、そう上手くはいかないのだが。


 ヴィラン。その人智を越えた超常的悪に対し発展の乏しい国や貧困国は対応しきれないのが悲しい現状で、それをどうにかするために設立された組織だ。

 所属する正義の味方ヒーロー共は主に五つの階級に分けられており、役割はそれぞれで大きく異なっている。

  

 一つ星とはその一番下に属する連中で、慈善活動ばっかりしている駆け出しか試験を通るのがやっとな才能なしが貯まる底辺。扱い的には野良で活動する正義の味方ヒーローよりちょいましな程度の存在だ。


 まあ、底辺と言っても公式の正義の味方ヒーローに間違いは無い。

 見るのも億劫になるくらいの、要項の果てである試験を乗り越えた才能ありに間違いは無いのだから、弱いということはないのだ。


 まあそんなことはどうでも良い。大事なのはこいつの実力が足りなさすぎて辛いっていう非情な現実だけだ。


「というわけで本番なんだけど。その前に一つ、ご褒美を上げよう」

「ご褒美ですか!?」

「うん。……ほれ」


 持っていたそれをぽいっと雑に投げ飛ばすと、成美は焦りながらも上手くキャッチする。 

 彼女の手にあるのはシャーペン位の長さの真っ黒の棒。それ以外特に言及するところのない小物だ。


「何ですこれ? どこでも書ける便利ペンとかです?」

「違う違う。これは武器だよ」

「……へっ?」

「力込めてみ?」


 俺がそう言うと、成美はさっきまでと同じように力の流れを手に向ける。

 やっぱ見えるくらいには未熟だなと思っていると、彼女の持つ黒棒は一瞬にして小さな拳銃に変化し、その直後にまた形を変えてピンポン球ほどの大きさの球に変化する。


「わ、わっ!?」

「それは自分のイメージした通りに形を変える。剣にも槍にも盾にも出来るし、魔力を上手く込めれば銃なんかも再現できる便利グッズさ」


 俺の黒で作ったこいつの補助輪だ。

 力は基本不定形なのでこんな物無くたっていくらでも同じ事は出来る。けれど、それはあくまで使いこなせる奴にとっての話だ。


 今のこいつでは放出や全身の強化は出来ても完全なコントロールは難しい。

 だから上手く象るための骨組みとし、更に細かく──それこそ極めるまでの支えというわけだ。


「まあ、自分に合った武器を見つける……なんて目的もあるけどね?」

「自分に合う……ですか?」

「そう。この前まで使ってたこけおどしだけの雑魚銃じゃあなくて、君が最もしっくりくる武器を実戦で探すための試供品って需要もあるわけ」

「……実戦……ですか?」


 比較的真剣に言うと、成美はごくりと唾を呑んで不安を表してくる。

 だがそれくらいではまだ足りない。何せ次の特訓では何回も死ぬほどの地獄を──いや、文字通り何回ものだから。


 きっとこいつはその痛みで何度も発狂し、その苦しみに何度も心折られるだろう。

 けど、それくらいしないと神に挑むなんて絵空事は叶わない。少なくとも、俺が俺の理想を叶えるための悪党キャストになることなんて出来やしないのだ。


 ……まあいろいろ適当に理由付けしたが、それはあくまで三割ほどの理由。残りの七割はおもくっそ私情だ。

 明日から俺テストなんだよね。赤点取ったりするとあの毒女に餌を与えるようなもんだし集中したいんだ。


「さあ始めよう。──黒自世界ブラック・ワールド

 

 ──そうして黒は俺と成美を呑み込み、そこには誰もいなくなった。

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