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 その怪物は先ほどの怪人よりは小さく、人よりも獣に近い姿をしていた。

 耳や鼻、皮膚など人間が特徴とする部位は獣の──獅子に近い造形をしているその怪物は、成美の恐怖を膨れあがらせるには十分すぎる迫力を持っていた。


『雑魚とはいえ我が部下を殺すとは、中々どうして活きが良いことよ』


 先ほどの、人に近い造形をしていた怪人よりも流暢に言葉を紡ぐ獣。それが成美にとってはたまらなく違和感で恐ろしく感じてしまう。

 人を獣にしたのではなく、獣を人にしたような姿の怪人が理知的な人のように話す。それはまさに種族の超越で、こうなれるのであれば──人を超えた強さになれるのなら改造されるのも悪くないと、心の奥底が呼びかけてきている気さえしていた。


『それで、これをやったのは貴様か?』


 ぎろりと、怪物の眼は成美を眼中にせず少年を捉える。

 その怪物の矛先が私に向いていない──その事実に成美は安堵を抱き、すぐさまその弱さがたまらなく嫌気が差しながらも少年に目を向ける。

 そんな成美の折れきった思考とは無縁のように、少年は怯え一つ無い余裕綽々と言わんばかりに怪物を眺めていた。


「そうだね。何か問題が?」

『──否。人風情に破れる此奴等の責があるだけのこと』


 たった一言。怒ることもなく悲しむこともなく一瞥し、吐き出された非情。それが嘘偽りではないことは容易に理解できる。

 弱肉強食。人が持てる慈愛の心など露程もない、まさに獣の理がそににはあった。


『だが人間。貴様のその舐めきった態度は正す必要があるな』


 ぞくりと、恐ろしいほどに鋭い殺気が成美を貫く。

 成美が向けられたわけでもないはずなのに、まるで心臓をぐさりと掴まれ、動くことを拒むかの様に萎縮している感覚。

 

 ──格が違う。こんな怪物に人が、私なんかがどうひっくり返っても勝てるわけがない。

 

『幸運に思え。我ら新生怪獣隊の教訓を、この豪腕のバルゴ様に教えてもらえるんだからなァッ──!!』


 名にふさわしい、まさしく豪腕が振るわれる。

 大木をそのまま叩き付けるかのような一撃が、吹けば飛ぶような少年一人の命を定め壊さんとばかりに

突き進む。


 次の瞬間に起こるであろう凄惨な現実から目を背けるため成美は目を瞑る。

 見れるはずがなかった。彼を襲う惨たらしい終わりこそが自身の末路の一つ。身に合わぬ目的を振りかざした己の愚かさの象徴なのだから──。


『グゥアアッ──!!?』

 

 だからこそ、その次の音は成美の予想とは違うもの。まるで痛みを誤魔化すかのように怪物の雄叫びであった。

 

「うるさいなぁ。ったく、これだから畜生は嫌になる」


 先ほどと何ら変わりない少年の声。それが耳に入りようやく成美は目を開き、そして驚愕する。

 片腕を押さえうめく怪物。そして先ほどと変わることなく何も起きていないかのように、ただただ自然に立ち続ける少年。それはまさしく、想像の全く逆であった。


『き、貴様ァ──』

「バルゴバルゴ。……嗚呼、弱虫バルゴか」


 少年が思い出したかのように呟いた一言は、成美には欠片も理解できない言葉だった。

 

 弱虫? あの怪物が? 痛みに震えているとはいえ、人よりも大きく強いこの怪物が?

 ありえない。そんな風に思えるのは底抜けに馬鹿なだけなのか、あるいは自身の方が強いという確固たる確信がある奴だけだ。

 この少年が後者であるはずがない。いくらちょっとましでも、こんな見ればわかる化け物に勝るわけがない。


『弱虫? この俺が弱虫だとウっ──!?』

「違わないだろう? 怪獣隊崩壊の際星光スターシャインと、たった一人のヴィランからすら一目散に逃げ出した腰抜けが」


 少年は嗤う。そこには今までの覇気の無い凡人とはあまりに異なる悍ましい何かがあった。


「それにしても新生怪獣隊……ねえ? 実に滑稽じゃあないか」

『な、何ィ!?』

「だってそうだろう? 怪獣王ベスタ一人で持っていただけの寄せ集めの残党が、よりにもよって新生怪獣隊だなんて。実に健気でくだらなくて──笑っちゃってもしょうがないだろう?」


 抑えようともされない、心からの嘲笑が部屋に響く。

 そこには制服を着る学生にはあまりにも不釣り合いな嘲り。けれどそれと同時に、今にも噴火しそうな火山を思わせる怒りを成美は感じ取れた。


『き、貴様ァ!! 殺してやる、そんなに死にたいなら今すぐ殺してやるゾォ!!』


 最早理性は無く、怪物がその姿に相応しい咆哮を上げる。

 触れれば蒸発してしまいそうな黄金のオーラを全身に纏い、力の抜けていたはずの片腕はいつの間にか何もなかったかのように元通りに力が込められる。

 

 空間は怯えるように震え、この部屋すら容易く崩れ去りそうな圧倒的な力に、成美は立っていることすら出来ず、ぺたんと脚をついてへたり込む。


『──ハハッ、ハハハハッッ!! どうだこの力ァ!! 最早小煩い怪獣王など不要ッ!! この俺様が最強で無敵なのだァ!! 死ねェッ──!!』


 力を誇示する怪物はそのオーラを腕一本に集中させ、怒りの矛先である少年の命を今度こそ葬るべく拳を放つ。

 成美にははっきりと目視できないほど早く振るわれた豪腕。それは構えもしない──構える隙すらないほど一瞬で彼の元にたどり着く。


『──なっ!?』

「……嘘っ」


 そこで今度こそ。成美はその目でどうなっているかを認識し、その上でなお自身の目を疑った。

 

 ──黒。光すら呑み込まれそうな漆黒。

 少年のと怪物を挟む形で現れたその黒に怪物の腕は吸い込まれ、拳のたどり着いた衝撃すら起こすことはなかった。


『な、なんだこれはッ!? ぬ、抜けんッ!?』

「はっ、忘れるとはさすがは獣。……ならば思い出させてやろう。貴様等の王すらどうしようもなかった力の一端を!」


 手を引っ張りだそうと足掻く怪物をよそに、少年は足下から湧き出る黒に包まれる。

 少年が纏う黒は全身を覆い、姿を変え彼を飾る衣装に変貌していく。


『き、貴様はッ!! ま、まさかッ!? シャドウかッ!?』

『──ほう、覚えていたか。獣風情が』


 シャドウ。それは一般常識程度にしかヴィランを知らぬ成美でさえも聞いたことのある悪。現代最強の正義の味方ヒーローである星光スターシャインと渡り合った最悪の名だ。


 空を黒に染め、善も悪も関係なく塗りつぶした混沌。

 ヴィランの中でも現代最強の候補とされ、星光スターシャインとの百度目の決闘でようやく討伐されたはずの伝説。それこそがシャドウ──最悪の具現化とされた怪物である。


『久方ぶりの変身がこの様な場とは。──だが物は考えよう。こんなちんけでみすぼらしい場であれば、少しは発散も出来るというもの。──そうだろう獣?』

『ぐ、グウウゥッ!? お、己ェッ────!!??』


 言葉こそ部屋を振るわすくらい大きいものであるが、それでも怪物の片腕は未だ空中に佇む漆黒から抜くことは出来ず、必死に足掻き藻掻くだけ──それはさながら蜘蛛の巣に藻掻く蝶のよう。

 

 あれほど恐怖を抱いた怪物がまるで騒ぐ子猫のように弄ばれている。

 成美は追いつかない理解と現状を思考するのを放棄し、今この瞬間において場を支配しているシャドウを見つめながら、僅かに生存の可能性に祈ることしか出来なかった。


『なあに加減はする。貴様は死ぬが、もしかしたら楽に逝けるかもな?』


 シャドウは不敵に笑い、彼の周りの黒が少し揺らいだのが成美がこの部屋で最後に見た景色。

 

 ──刹那、世界は黒に染まる。

 呑み込まれたと理解することなく、成美はただ漠然とそれを理解し意識が黒に覆われた。

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