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地面を転がされる体。自室内に飛んでいた思考がそれに追いついたのは、立っていた位置から数メートルに這いつくばり止まった後だ。
「イエスっ!! ばっちりヒットですねっ!」
痛くも痒くもなかったがいきなりすぎる不意打ちに少し驚いていると、上空から大きな音を立てて飛来してくる人影。
随分と陽気そうなその声にむかっとするがここは落ち着こう。とりあえず、言動から馬鹿が滲み出ているので、倒れておけば目的の一つでもしゃべってくれるだろうことだろう。
「さてさてこの人はどうでしょう? 見たところ素養はありそうですし目覚めてくれれば嬉しいのですがねー」
徐々にこちらに近寄ってくる声。予想通り放置すればぺらぺら話してくれそうで助かるわぁ。
「もしもーし? 生きてはいますよねー? まさか犬でも死なないような威力で死ぬほど虚弱じゃないですよねー?」
俺の頭をちょっと強く叩いたり、体をつんつんしてくる容疑者。
声からして女か。まあ性別なんてどっちでも良い。想像以上に面倒臭いことに巻き込まれそうなので、これ以上余計な問題を起こす前にとっとと離れてもらいたいのだが。
「……うーん。気絶しているのでしょうかね?」
「………………」
無視無視。今の俺は路上に這いつくばる虫で御座いますので、どうぞ適当に放置して立ち去って頂きたいと切に願います。
「……だめそうですね。それにしてもまさかこの程度で気絶するとは。学生にしても貧弱過ぎません?」
……落ち着け落ち着け。びーくーるびーくーる。こんな通り魔に構ってちゃ時間がもったいなさ過ぎてしょうがない。
むきになって立ち上がってしまえば最後。こういういちいち強引な手合いは、それこそ一回叩きのめしても足にしがみついてくる厄介事の象徴みたいなものだ。
故にこの屈辱と制服を汚されたことについては水に流そうじゃないか。ほら、今回は通報もしないし助けの声も上げないからとっとと帰って頂けないでしょうかねぇ。
「それじゃ、最後に一発だけ当てて確認だけしましょう!!」
実に軽い口調で非情極まりない追い打ちを予告してくる女に、クラスの毒舌女で培われた俺の立派な堪忍袋が一気に限界に達した。
いい加減にしろよこの尼。俺がわざわざ汚ねえ床に体付けて見逃してやろうと思ってんのに、なおも喧嘩吹っ掛けて来やがった。
「では行きますよー」
俺から軽く離れ、実に良い笑顔でも浮かべていそうなくらいのトーンで呼びかけてくる女。
立ち上がろうとまずあちらに顔を向けると、案の定にっこにこの表情を面に付けながら持っていた武器をこちらに構えていた。
「はいどーんっ!」
彼女の持つ武器──灰色の銃口から放出される衝撃。
白色の銃弾が俺も眼前に強い衝撃を与えると同時に破裂し煙を巻き起こす。
常人ならば当面入院生活間違いなしの威力。俺は全くもって問題は無いけど、これで貧弱言ってくるのはいくら何でもイカレポンチにも程があると思うんだけどな。
「あ、ちょ、ちょっと強すぎません!? だ、大丈夫で──」
「──うるさいよ。まったくもう」
驚く彼女を放置し、所々焦げ目のある制服を手で払いながらゆっくりと立ち上がる。
せっかく汚れだけで済まそうと思ったのにこんなにぼろぼろになっちゃった。あーあ、これじゃとっとと反撃した方がましだったなあ。
「ぶ、無事!? よ、よかっ……ごほんっ!! ま、まあこれぐらいは耐えて頂かないと──」
「……お前性根腐りきってんな」
一学期すら乗り越えられなかった我が衣に心の中で手を合わせながら、制服の敵がどんな奴かを確認する。
ワインレッドのベレー帽を乗せた茶色の髪に片目のモノクルみたいなやつが特徴的な少女。身長はぱっと見百五十センチメートルくらいの少女。
片手に持つ物騒な小型銃といいコスプレした中学生としか思えないようなその姿。ぶっちゃけ攻撃さえされていなければ温かい目で見ていられる奴なのだが。
こんなガキじゃあ弁償は無理そうだしバイト代使うしかないかぁ。……はあっ。
「んでお前誰? いきなりぶっぱなすとか喧嘩でも売ってんのか?」
「いえいえむしろその逆です!! 貴方の素質にびびびびっっっ!! って来るものがあったもんですからちょっと勧誘をと思いまして!!」
すぐに先ほどの勢いを取り戻し快活に話していく女。……勧誘?
「私は
彼女が発した提案は予想の随分と斜め下を貫く頓珍漢なもので、思わず口から呆れの言葉が漏れる。
「おや返事がありませんね? さては唐突なスカウトに感激して声も出ないとか!? いやーまいっちゃうなー」
俺の返答がないことに好意的な解釈をしてくる女。なるほど、どうやら随分とお目出度い頭をしているなこいつは。
「……お断りだね。進んで牢にぶち込まれたくはないし」
いちいち思考を割くのも馬鹿らしいので適当に断っておくことにした。
誰がもう悪党なんてやるかよ。せっかくやることやって円満に引退したのにいちいち捕まるリスクを増やす愚行なんて本当に勘弁だ。
「……そうですか。それは残念です」
意外なことにすぐに納得し銃を下ろす女にちょっとだけ驚く。
食い下がってくるかと思ったが思いの外素直だな。とても不意打ち爆撃をかましてきた畜生だとは思えないくらいだ。
「貴方の素養であれば間違いなく悪の花道を突き進めるのですがねえ。惜しい、実に惜しいィ……」
「……くだらない火遊びでもやりたいなら一人でやりなよ」
「そうはいかないのですねこれが。……私には数が必要ですから」
おちゃらけた女だが、最後だけえらく神妙な顔つきが零れていた。
なるほど、どうやら訳ありで悪党になる気らしい。んでその胸の内に秘めた壮大な何かのために人員が必要で勧誘に回っているとかなのだろう。
──くだらな。いちいち徒党を組まなきゃやってられない計画なんて、それこそ子供の作る砂の城と同レベルに崩れやすい価値のないものだ。
「……まあ、どうでも良いけどとっとと逃げたら? そろそろ野良の
「──おおっとそうですね。……ではまた、縁があれば!!」
女は俺の言葉でまた顔に笑顔を貼り付け、懐から取り出した何かを地面に叩き付けるとそれは破裂し、そこから大量の煙が弾ける。
別にこんなん使わなくても追いはしないんだけどと思いながら、煙が散るまで待つともう彼女の姿はどこにもなかった。
……縁があればね。まあこっちから探す気は無いし、出来ることなら会いたくはないなぁ。
まあいいや。とりあえず近所の服屋行って制服買い直そうっと。ああでも制服って普通の店じゃ買えないんだっけ。はぁ……めげるわあ。
「──そこの君っ!! 大丈夫かい!?」
尋常じゃないくらいに滅入っていたメンタルをどうにか立て直そうとため息を吐いていると、前方から大きな声が掛けられる。
「……えっと」
「私はライミング。英雄協会所属、二つ星のヒーローだ。怪我はないかい?」
……ああ、
まあこの人は中々優秀なのだろう。こんな小規模な事件で公式の、それも
「大丈夫です。痛いとかはないですし」
「そうか。けど、まずは病院で見てもらおう。それでそれからなんだけど──」
とんとん拍子でこの後の予定が埋まっていくが、断る方が面倒臭いのでこのまま流れに乗るしないと諦める。怪我はないって言ってるのにこれで今日は潰れるよなあ。……はあっ。
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