パン屋さんの秘密

くまのパン屋さんとうさぎのパン屋さん

 猫のお菓子屋さんのおとなりは、言わずと知れたうさぎのパン屋さんだ。

 でも、以前は猫のお菓子屋さんのおとなりにあったのは、くまのパン屋さんだった。



 くまのパン屋さんのオーナーのクマパンちゃんは、勉強熱心。

 パンの勉強のために留学したから、お店はいったん閉店した。

 卒業したら帰ってくるかと思いきや、成績優秀で熊望じんぼうも厚かったので、クマパンちゃんは留学先で指導教官の職に就くことになってしまった。


 くまのパン屋さんが再開するのを楽しみに待っていた猫のお菓子屋さんの猫さんたちは、落胆した。あまりにもガッカリしたから、自分たちのお店も長期休業することにした。


 なぜって、猫だから。

 なんでも『猫だから』って簡単に片付けるんじゃないって責められても、猫なんだもの。仕方がないさ。


 仲良しのパン屋さんがいなくなって、つまんなくなったというのが、正直なところかな。

 お店の合間におなかがすいても、おとなりがパン屋さんなら、すぐに買いに行けるから安心だし。お店にお菓子が売るほどあっても、それはお客さんたちのもの。食べちゃうわけにはいかないからね。


 それなら、お店をほったらかしにして、パンを買いに行くのはどうなのという話になるけど、お客さんたちはお留守番をしていてくれるし、「ついでにわたしたちのパンも買ってきて」って、お当番さんに頼むからなんの支障もないんだ。

 それどころか、パンを頼んだお客さんたちはお駄賃だといって余分に支払ってくれるし、お菓子も余分に買ってくれる。


 まさに、お菓子屋さんよし、パン屋さんよし、お客さんよしの三方よしだった。


 それにだ。くまのパン屋さんが閉店してから、お当番が終わったあとに寄り道することも、買い食いすることもできなくなった。「今日は、お疲れ」って、クマパンちゃんはオマケをたくさんつけてくれたしね。お当番の日の一番の楽しみだった寄り道ができなくなれば、そりゃあ、猫さんたちのやる気だってなくなるというものだ。



 日替わりお菓子を買うの楽しみにしているお客さんたちのことを考えろとか、言われたってね。そんなの知らない。考えない。

 だって、まるっきり気が乗らないのにお菓子を用意して、それが美味しくなかったら、責任をとってくれるのかい?


 きっと、猫のお菓子屋さんのお客さんたちなら、美味しくなくても、これまで通りに買ってはくれると思うんだ。

 だけど、それって、お客さんたちに対して、ものすごく失礼なことだ。お客さんたちの好意に甘えるといっても、おとなりにパンを買いに行くのに留守番を頼むのとは、まるでちがう。その点、猫さんたちは潔癖だ。



 どこがどうちがうのか、わからなければ、猫さんたちのだれかに聞いておくれ。たぶん、教えてはくれないだろうけれど。

 教えてわかるようなことは、教えなくてもわかるからね。



 お客さんたちは猫のお菓子屋さんが閉店して、寂しくってしょうがない。それで、お客さんたちは、とある人物に相談した。その人物も猫のお菓子屋さんの常連だった。

 実は名前を知ればだれもが驚く実力者だったんだけれど、猫さんたちの前では、お客さんはみな平等だ。ヒエラルキーなんて一切ない。



 たまに地位とか階級とか、ひけらかすお客さんもいないでもないけれど、猫さんたちには通じない。

 だいたいそういうお客さんは自己顕示欲、承認欲求が強いだけで、たいしたことはない。二流三流のお人だ。

 他のお客さんたちも相手にしないし、見ていてだんだん惨めったらしくなるだけだ。

 それでも、あんまりしつこいと、お当番さんに「シャーッ」と威嚇されて、おしまい。お菓子屋さんに出入り禁止になってしまう。



 実力者のお客さんには、偉ぶったところは微塵もなかった。いつも、にこにこ、お当番さんにも他のお客さんにもていねいだ。能ある鷹は、爪を隠す。

 その実力者のお客さんも、猫のお菓子屋さんのお当番さんたちに会いたくて仕方がなかった。それで、二つ返事で一肌脱ぐことにした。


 世界最高峰のホテルのブーランジェパン職人を、ヘッドハンティングしたのだ。そして、くまのパン屋さんのあとを継がせた。それが今のうさぎのパン屋さんのオーナーだ。

 一流のブーランジェゆえに、職人気質しょくにんかたぎで、仕事には妥協しない。だから『ショートしちゃったいちごのショートケーキ』にも、しましま三毛猫のコミちゃん並に厳しいツッコミが入ったんだね。



 パン屋さんがまた開店すれば、猫さんたちもやる気が出て、お菓子屋さんを再開するだろうという目論見もくろみは、まんまと当たった。


 うさぎのパン屋さんが開店したのを知ると、猫さんたちもお菓子屋さんを再開した。また、買い食いと寄り道の楽しみができたんだものね。


 だから、猫のお菓子屋さんは新規ではなくて、実は再オープンだったんだ。


 お客さんたちが大喜びしたのは、言うまでもない。猫のお菓子屋さん再開の立役者だった実力者のお客さんも、スキップしながらお店にやってきた。だからといって、なんの特権もない。依怙贔屓えこひいきもない。他のお客さんたちと、いっしょだ。行列に並んで、やっと番が回って来ても、目の前でお菓子が売り切れることなんて、しょっちゅうだ。でも、それが、実力者のお客さんには、うれしかったりするんだ。

 何度も繰り返すけれど、猫のお菓子屋さんでは、肩書きも地位も名誉も通用しない。なんの意味もないからね。

 世界でトップクラスの実力者に常に付きまう追従ついしょうも陰謀も、煩わしい駆け引きも、ここまでは追ってこれない。

 猫のお菓子屋さんでは、仮面を取り、鎧を脱ぎ、武装を解くこともできるのだ。それが、実力者のお客さんには、うれしくて仕方がない。



 それと、世界最高峰のホテルから引き抜かれたうさぎさんも、今のお店が気に入って満足している。彼も大きな組織で働くことに、少々疲れていたのだ。




 にも角にも、丸くおさまった。

 猫のお菓子屋さんよし、うさぎのパン屋さんよし、お客さんよしの三方よしが復活した裏話でした。

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