開いた口がふさがらないコロネ

 本日の日替わりお菓子は、みんな大好きコロネです。

 お当番は、さて、だれでしょう。


客M「だれでしょうって、客に向かって言われてもねぇ」

客N「うん」


 コロネは巻き貝や円柱の形をした菓子パン。中にチョコレートクリームやカスタードクリームが入っています。

 うっかりすると、パンの開いた口からクリームがこぼれて、コロネおじさんみたいになってしまから食べるときには、注意が必要。



客M「コロネおじさんって、だれ?」

客N「そのおじさんが、今日のお当番なの?」


 ちがいます。

 コロネおじさんは、おとなりのうさぎのパン屋さんのお客さんです。





 ある日、コロネおじさんは奥さんに頼まれて、うさぎのパン屋さんにパンを買いに行った。

 おじさんがお店に入ると、ちょうど、カスタードクリームのコロネが出来上がったところだった。おやつにぴったりだ。おじさんのおなかが、グーと鳴った。だけど、おじさんはダイエット中。奥さんから、おやつを禁止されている。


「食べたい、いや、だめだ、でも、食べたい」


 買おうかどうしようか迷っているおじさんの耳元に、ちっちゃい悪魔が現われてささやいた。


「家に帰る前に食っちまえば、あんたの奥方にもバレやしないよ。コロネの一つや二つ、今、食ったって、どうってこともない。もし、カロリーが気になるんなら、ウォーキングがてら遠回りして帰って夕食のパンを食わずにおけば、それでオッケー。お釣りがくるさ」


 おじさんは簡単に悪魔にそそのかされて、奥さんに頼まれたパンといっしょにコロネも買ってしまった。

 パン屋さんを出て、おじさんはさっそくコロネを食べようと大きく口を開けた。

 そこに今度は、ちっちゃい天使が現われた。


「そのコロネのカロリーは300kcal。それを消費するには、ウォーキングなら75分、縄跳びなら30分必要です。食べるのは、ほんの数分でも、消費するのは大変です。あなたは、奥方からおやつ禁止と言い渡されているじゃないですか。今ここでコロネを食べてしまえば、最愛の奥方を裏切ることにもなるのですよ!」


 コロネにかぶりつこうとしたおじさんの口が、はたと止まった。

 天使の言った「奥方を裏切る」云々うんねんで良心の呵責を感じたのではない。ウォーキング75分縄跳び30分が刺さったのだ。

 おじさんは運動が苦手だ。若いころは、まあ、なんとか人並みにやってはいた。女の子にモテたい一心で、頑張っていたのだ。それで、町で1番の美人と結婚することができた。だけど、結婚して10年15年と経てば、まあね、気持ちも体形も緩むというものだ。食欲にも、負ける。今じゃ、若いころの面影など、きれいさっぱりなくなった。これ以上緩む前にダイエットさせたくなる奥さんの気持ちが、わからないでもない。

 すでに、おじさんは取り返しのつかないところまで来ているのかもしれないが、奥さんはまだおじさんを少しは愛していて、諦めてはいなかったのだ。


 悪魔が言った。


「縄跳びなんて、明日の朝、起きてからすればいい。もしかしたら、寝ている間に夢の中でウォーキングなりジョギングなりして、カロリーは消費済みになっているかもしれないし」


 それはそうだと、おじさんは思った。それで、また、大きく口を開け直した。すかさず天使が言った。


「天気予報では、明日は雨です。外で縄跳びなんてしたら、泥水が跳ねて、着ているものは泥だらけ。洗濯物が増えるだけです。奥方の仕事を増やすことになるんですよ。それでもいいんですか、あなたは!」


 しかし、おじさんの家では、洗濯はおじさんの仕事だった。天使の情報収集不足だったのだ。でも、明日の家事の負担が増えるので、おじさんのコロネを持つ手は止まった。

 悪魔は最後の一押しだ。


「洗濯するにも、カロリーは必要だ。かえって、カロリーが足りなくなるかもしれない。明日、洗濯するのなら、コロネの一つや二つ、なんてことはない。なんなら、三つ四つ余分に食べて、明日の洗濯のエネルギーをチャージしておいたほうがいいかもな」


 コロネを食べたい一心のおじさんには、悪魔のけむに巻く論法だって正論だ。

 勝負あり。悪魔の勝ちに見えたのも束の間、ちっちゃい天使は、実力行使に出た。おじさんの耳たぶを思いっきり引っ張ったんだ。

 おじさんは大きく口を開けたままよろけて、コロネのカスタードクリームがパンの口からこぼれ落ちた。


 おじさんの足元にいた仔犬はしっぽを振って、こぼれたクリームを食べた。

 仔犬はかわいそうに、ずっとお腹を空かせていたんだ。


 おじさんは、その仔犬をコロと名付けて、家に連れて帰った。

 可愛いコロに、奥さんは大喜び。


「最高の結婚記念日のプレゼントだわ。ありがとう、あなた!」と大感激だ。

 おじさんはすっかり忘れていたけれど、この日はふたりの結婚記念日だったんだ。


 仔犬のコロは孤児みなしごで、ひとりぼっちで帰る家もなかった。

 おなかをすかせて行くあてもなくトボトボ歩いていると、ちっちゃい天使が現れて、おじさんの足元に連れて行ってくれたというわけさ。


 一度は悪魔の勝利と見せかけて、実はすべて天使の計画通り。

 孤児みなしごの仔犬は、おうちができた。

 結婚記念日を忘れていたおじさんは、奥さんに愛想を尽かされずにすんだ。

 その上、毎朝毎晩のコロの散歩でカロリーの消費ができて、おじさんの体系もギリギリセーフ、奥さんの許容範囲を保っていた。この点でも、愛想尽かしをされずにすんでいる。

 すべて、コロネのおかげなのであった。めでたし、めでたし。




客M「だからぁ、なにが言いたいわけ?」

客N「そのコロちゃんが、コロネのお当番なの? 犬なのに?」


 まさか。ここは猫のお菓子屋さんですぞ。

 さて、お客さんたち、そろそろ本日のお当番さんがだれだかわかった


客M「そのダジャレ、無理矢理すぎて、開いた口がふさがらない」


 おや、いいところを突いてきましたね。『コロネ』の中に、お当番さんの名が隠れているのですよ。

 ヒント。開いた口を閉じてごらんなさい。


客N「口を閉じたけれど、わかんない」


 お客さんの口じゃないですよ。コロネの口をですよ。


客N「コロネの口?」

客M「『コロネ』の真ん中のって、くちにも見えるよね。コロネのを閉じると、『コ_ネ』、『コネ』—— あっ、わかった! 金眼銀目オッドアイのとび三毛猫のコネちゃんだ!」


 正解です!!!

「雨粒宝石こはく糖*雨垂れお昼寝きんぎょくかん」のお当番でおなじみのコネちゃんの再登場です。コネちゃんは、” ツッコミ上等しましま三毛猫コミちゃん”のおねえさんでもあります。




「たいへんお待たせしました。日替わりお菓子のコロネです」コネちゃんが、作りたてコロネを持ってきました。「洋風の名前ですけど、実はコロネも日本生まれの菓子パンなんですよ」


客M「そうか。ここの見出しは【日本のおやつ】だもんね」

客N「コロネおじさんの長ったらしい話で、気が付かなかった」


 三毛猫さんは、そつがない。コネちゃん、説明、ありがとうございます。


 コネちゃんは、にっこり笑って続けます。

「本日の猫のお菓子屋さんのコロネは『開いた口がふさがらないコロネ』と申します。あまりの美味しさに、もっと食べたくなって、アーンと開いた口がふさがらないコロネだからです。チョコレートクリームとカスタードクリームに加えて、ホイップクリーム、コーヒークリーム、抹茶クリーム、ストロベリークリーム、レモンクリームもご用意しています。クリーム色々、お味も色々、幾つ食べてもですよ。セット販売もご用意しています。『開いた口がふさがらないコロネ』のコンプリートセット、お試しになりませんか」



 やっぱり、上手の可愛い三毛猫のお菓子屋さん。

 本日もお買い上げ、ありがとうございます。

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