第11話・龍の霹靂

 目が覚めると、そこには知らない天井があった。

 いつもなら感じる背中の痛みは無く、代わりにあるのはしっかりと休息を取れた感覚だった。

 起き上がって自分の寝ていた場所を見るとそこは、高級感のあるベッドだった。

「おはようございます」

 声のするほうを見ると、ソフィア様が優しく微笑んでいた。

「お、おはようございます」

 知らない場所で目覚めたことが、何よりも恐ろしかった。


「ここは私たち、龍の霹靂の家です。龍の霹靂は私たちのパーティネームです」

 そう言いながら、ソフィア様はエンドテーブルの上から林檎を手に取り小さなナイフで剥き始めた。

「ひっ」

 僕は思わずナイフに驚いて声を上げた。

「怯えないで、私は絶対にあなたを傷つけたりしませんから」

「は、はい」

 その頃には、ソフィア様は林檎をむき終えていて、ナイフをしまっていた。


「胃がびっくりしてもいけないので、すりおろしますね」

 そう言いながら、ソフィア様は風の魔法で林檎を細かく砕いていく。

 形がなくなってしまうほど細かく砕かれたりんごは、底の深い皿に乗せられ、それをソフィア様がスプーンで掬って僕の口に運んだ。

「あの、自分で……」

 言い終わる前にソフィア様が口を挟んだ。

「ダメです。私に甘えなさい」

 ソフィア様は可愛らしくウィンクをして、それを強行した。


 大人しく口を開けて、ソフィア様の成すがままに僕は受け入れる。

 口の中に広がるのは、とても優しく瑞々しいりんごの味だった。幸福感に包まれ、何度も下の上で転がす。そのりんごの味がしなくなるまで。

「美味しい?」

 ソフィア様はそれを見て嬉しそうに微笑んだ。


「はい、とても美味しいです」

 思わず、口をついて出るのはそんな言葉。

 とても久しぶりだった、人間らしい食事は。

 だけど、僕の中で何かが『泣くな』と言う。

 そのせいで、僕はこの感動に涙を流すことはできなかった。

 ソフィア様は、僕が林檎をまるごと一個食べきるまでずっと食べさせていてくれた。

 その間、僕がオスカー様と戦った時のことなど一言も話さずに。


「よく聞いてね。サイス君は冒険者になりました。それで、私たち龍の霹靂がトレーナー登録をしました。トレーナー登録っていうのはね、新人冒険者を上位冒険者がサポートする仕組み。だから、いつまででもここにいていいんですからね」

 ソフィア様は僕に優しく語りかける。

「ありがとうございます」

 いつ、ソフィア様たちが僕に冷たくする時が来るのだろうか。そんなことを考えながらも、僕は一生分の優しさをもらった気でいた。


 ドアがノックされる。

「オスカーですか?」

 扉越しに、ソフィア様が問いかける。

「あぁ、あとオリバーもいる」

 それを聞いたソフィア様は僕に問いかけた。

「二人を入れてもいいですか?」

「はい」

 どんなに優しくしてもらっても、信じることのできない僕はそう答えるしかなかった。


「入ってください」

 ソフィアさまが言うと、扉が開いてオスカー様とオリバー様が入ってくる。

「元気かい? サイス君」

 オスカー様が僕に尋ねる。

「はい、申し訳ありませんでした」

 僕が試験のことを謝ると、オスカー様は口元に指を立てた。

「しー、そのことが君の中で辛い記憶になるなら忘れてくれ。そんなことより、君は冒険者になれたんだ。喜ぶべきだよ」

 オスカー様は、そう言ってニッカリと笑った。


「それよりステータスを見せてくれよ、どんな能力でオスカーに……あで!」

 オリバー様がそう言うと、途中でオスカー様に頭を殴られる。

「忘れてもらうって話をしたばかりだろう。このバカ!」

 頭を殴ったオスカー様は、オリバー様に小さな声で言っているが、その声は僕にも聞こえていた。

「すまんすまん、ともあれステータスを見せてくれ」

「わかりました、<ステータス>」

 僕が言うと、空中にステータスボードが浮かぶ。お世辞にも高いとは言えない僕のステータスがそこに記されていた。


 ―――――――――――――――――

 レベル5

 HP16/16

 MP16/16

 筋力16

 魔力16

 素早さ16

 器用さ16

 スキル:天賦の才(大鎌)

 称号:絶望喰らい

 ―――――――――――――――――

 だがひとつだけ、スキルが追加されていた。


「天賦だ! すげえぞ、天賦だ!」

 オリバー様は僕のステータスよりもスキルを見て大はしゃぎをした。

「オリバー声を抑えろ」

 オスカー様はオリバー様をなだめると僕に近づき言った。

「天賦の才は、対応した行動を取るまで隠されたスキルなんだ。でもこれを持っているということは凄いことなんだよ」

 サイスという名を自分につけたことを初めて、良かったと思えた。

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