第10話・幻想
僕はオスカー様に連れられて冒険者ギルドの修練場にやってきていた。
「よし、じゃあティア1冒険者として最低限の戦闘能力があるか確認するぞ」
冒険者のティアは数値が大きいほど経験豊富な冒険者の証である。それとは別にステータスを評価したランクが存在している。その二つは、依頼を受注する際の目安として依頼表に記載される。
冒険者のティア1は戦闘訓練の経験を持つという意味であり。依頼遂行中の戦闘に、最低限対応できることを保証するランクである。
これを証明するために僕はオスカー様と模擬戦をしなくてはいけない。
僕が手にするのは取り回しが容易な、模擬刀だった。刀剣の類は扱いに慣れていない。僕は孤児院で一度も訓練を受けられなかった。だが、きっとそんなことは関係ないのだろう。そう、思った。
「はい……」
僕は見様見真似の構えをとる。体に染み付いた、目線の動きだけは忘れずに。
「サイス君、正直に答えて欲しい。得意な武器はなんだ?」
オスカー様がその構えを見て言った。
僕が困っているとオスカー様はさらに続けた。
「君の目線の動きは、戦いの基本を知っている人のそれだ。だけど、剣の構えはまるで見様見真似だ。だから、ほかに得意な武器がある気がする」
僕は忘れていた。僕が得意なことも、何を目指していたのかも。僕に秀でたことなんて何もない、一年の孤児院での生活が僕がそう思う土台を作り上げていた。
「わからないんです……」
「なるほど、じゃあ総当りだ。最初は
オスカー様はそう言いながら、僕に木製の大鎌を渡してくる。
渡された大鎌は、剣とは何かが違った。長くて、大きくて、持っているだけで湧き上がる万能感があった。
「一発大当たりだ!」
オスカー様が笑った。
歩いて、僕の正面に、再び剣を構えながらゆっくりと話す。
「君はきっとそれが得意だ。まず構えが違う。それは、多少なりとも扱ったことがある人の構えだ。そして、目が違う。それは、強い人の目だ。だから、先手は頂く」
その瞬間、僕は幻想の中にいた。
『もっと相手の目線をよく見ろ。目線には意思が隠されてる』
誰かの声が脳内で木霊する。
オスカー様の目は僕の右肩を捉えている。
パッと視界が開けて、オスカー様が急に小さく見えた。
剣を振りあげている。右肩から僕の体を斜めに両断する袈裟斬りだ。
気づいたときには体が動いていた。
大鎌の長い柄を突き出して、僕はオスカー様の攻撃を、その攻撃が力を持つ前に潰していた。
さらに、体は気づいたときには踏み出していた。一歩前へ。
そして、体が押し出した大鎌が、オスカー様を僕の目の前に運んでいた。
「ぐ……降参だサイス君」
オスカー様が僕なんかの一撃で地に伏している。僕はそれが怖くなって、大鎌を取り落としてしまった。
「どうした? サイス君」
足がすくむ。肺はまるで空気を拒むように、どれだけ息をしても苦しさを癒してはくれない。
手がしびれ、視界が暗転した。
「うおおおぉぉえ!」
喉を切り裂くように、胃袋が裏返り、その内容物を地面にぶちまける。
『何よけてんだよ!?』
頭の中で何かが僕を叱責する。冷めた瞳が僕を見つめている気がした。
「落ち着け!」
オスカー様の叫ぶ声が、ひどく遠くに聞こえて、僕の意識はゆっくりと暗転していった。
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