第4話・ドン底

「お世話になりました」

「おう、お前も頑張れよ!」

 僕はヒルト達冒険者パーティに別れを告げると、振り返って冒険者候補生の孤児院へと向かった。


 孤児院に入るとその瞬間に僕に向けられた目線はすべてが軽蔑を帯びていた。

 僕が着ているのが貴族の服なせいだろう。

「あの、孤児になってしまって。ロードル伯爵領から来ました」

 僕は院長と思しき老人に声をかけた。

「ハッ、お偉い貴族様がまた威張り散らしにやってきたか!? お前はもう貴族じゃない、わかってるだろうな!?」

 僕は忘れていた、ここでは元貴族は徹底的に忌み嫌われる。それは、昔元貴族が威張り散らしたことも影響している。

「はい、わかっています」

 僕は、ただ相手の顔色を伺うしか無い。


「よし、それでいい。それなら着替えてもらおうか……。貴族の服だいい値が付くぞ」

 そう言いながら老人が僕に手渡したのは粗末な麻の服だった。それも奴隷が着るような、一枚の布をどうにかこうにか服に加工したようなものである。

「これは……?」

 あまりの粗末な服に僕は思わず聞き返してしまう。他の冒険者候補生たちも少しましな格好をしている。

「お前の服だ。何か問題か?」

 それをまるでほかの冒険者候補生と同じかのように勧めてくる。


 僕はそれを着るしかないのだ。貴族の服と比べれば、僕は奪われたことになる。だが、住む家の事を考えれば与えられていると考えるしかない。

「わかりました……」

 言われるまま、僕は服を受け取った。

「何をしている、早く着替えろ」

 しかしそれには飽き足らず、その場で着替えろというのだ。

「わ、わかりました」

 僕が服を着替えている間、院長は僕の服ばかりを見ていた。

「いい染料使ってやがるな……。全く、お偉い様の服は高く売れそうだ」

 院長はそんなことばかり言っている。それで少しは僕の扱いがマシになることを期待した。


「よし、着替え終わったら懲罰紋だ」

 懲罰紋はHPに関係なく体罰を与えることが出来る奴隷紋の改変魔紋だ。多くは軍隊で採用されているが、それを子供に使用することはまずない。奴隷紋と同じく、被刻印者には首元に魔法陣が浮かび上がる。

 そんなものを僕に刻印しようというのだ。他の誰にも懲罰紋の刻印は見受けられないというのに。

「元貴族特有の処置ですか?」

 思わず僕は聞き返してしまう。この魔紋が奴隷紋と違う点は死の強制ができないことだけである。


 それは絶対服従と、ほぼ同義だ。

「口答えをするのか?」

 言外に、口答えをするなら受け入れを拒否すると言っているようなものだ。

「わかりました……」

 既に服も奪われてしまった、僕にはもう受け入れるか危険な森で生きる選択肢しかない。その上後者は今の僕では生き残ることはできないだろう。僕が倒せるのは辛うじてアルミラージだけだ。それも死と隣り合わせの勝利を収めるのがやっとだろう。

 今僕は死にたくない。棒術を教えてくれたクロスさんのためにも。


 そう思って、僕は服の首元をはだけた。

「それでいい」

 僕はこの選択を後悔することになった。

 奴隷紋や懲罰紋は抵抗されても刻み込めるように、一瞬で刻印できるようにしてある。木版に刻んだ魔法陣をそのまま焼き付けるのだ。

「うぐ、あああああぁぁぁぁ」

 魔法陣を焼き付ける際、痛みを伴うというのは知っていた。しかし、それがあまりに痛くて思わず僕はうずくまってしまう。

「何をしている、立て」

 痛みも収まらないうちに、院長は僕を叱りつける。

 立たなければきっと、懲罰紋を有効化されてしまうだろう。その時の痛みは今も超えるだろう。


「は……い……」

「よしそれでいい。働いてもらうぞ」

 そう言いながら、院長は僕を清掃用具の入ったロッカーに連れて行く。

 道中、誰も僕と目を合わせようとはしない。それどころか、陰口を叩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る