第3話・地獄の渡し

 次の日、冒険者ギルドが運営する定期馬車に乗って近隣の大都市にある孤児院へと向かった。定期馬車は冒険者ギルドが素材や人員を大都市に輸送するものだ。

 定期馬車の乗り場にはヒルト達、冒険者のパーティが馬車に荷物を積み込んでいた。

「お、最後の積み荷がきたぞ」

 相変わらずヒルトは口が悪いようで、だけど口調がフレンドリーなものに変わっているから少し安心する。

「おぉ、昨日はすまなかったな。クロスだ! 今日はお前の護衛をさせてもらう」

「同じく、スリングだ」

「んで、俺がリーダーのヒルトだ」


 ヒルトのパーティは男ばかり三人組だ。全員が露出の多いポイントアーマーを着用しているせいで少々暑苦しい。

「よろしくお願いします、僕はサイスです」

 よく考えると、昨日は自己紹介をしていなかった。

「お前も武器の名前でお揃いだな!」

 ヒルトはそう言って、豪快に笑った。

 ヒルトというのはこの冒険者の名前の他に、剣の柄の部分を指す。クロスはクロスボウから取られているらしく、スリングもスリングショットからだそうだ。だが、全員が斧を持っているせいで、名前と武器は少しちぐはぐだ。

 そんな話をしながら、僕も馬車への積み込みを手伝った。


 すると、積み込みはすぐに終わり、ヒルトが馬車の馭者ぎょしゃ席に乗り込んだ。

「よし、出発するぞ! サイスお前は歩け! クロスとスリングがお前を鍛えてくれるからな!」

 意地悪で言っているとは欠片も思えない言い方だった。

 ゆっくりと馬車が動き出すと、クロスが話しかけてきた。

「ステータスは大事だが、それ以上に大事な身体能力があるんだ。それが、スタミナだ。これがあるとないとじゃ、頭脳労働以外は大違いなんだ」

「それが、僕が歩く理由ですか?」

「そうだ! ところで、お前は何になりたいんだ?」


 話は、歩く理由から夢の話へと変わる。

「僕は……冒険者になりたいと言ったら笑いますか?」

「あぁ、嬉しい話だからな!」

 そう言ってクロスは微笑んだ。馬鹿にして笑うんじゃなくて、喜んでくれるなんて思わなかった。

「冒険者になるのか!? 武器はやっぱり大鎌サイスか?」

 スリングが話に参加してくる。

「に憧れています」

「クロス、棒だな!」

「だな!」


「どういうことですか?」

 僕が訳も分からずにいると、クロスが説明してくれる。

「全ての長柄武器の原点にして頂点、それが棒だ! 大鎌使いも最低限これを扱えないと話にならない」



 そんな話をしながら道を進んでいくと、長い木の棒が落ちていた。

「ちょうどいい、これを使って長柄の基本を押さえよう」

 その棒を拾って、クロスが言う

「はい!」

 もう、何一つヒルトのパーティを怖がる理由なんてなくて、僕は棒を受け取って構えた。

「よし、馬車は止めたぞ!」

 馬車の上からヒルトの声が響いた。

「ありがとうございます」

 僕がヒルトに言うと、クロスは斧頭に革のカバーをはめて斧を構えた。クロス斧は長柄のポールアックスで、長柄武器の扱いは心得ているように見える。


「行くぞ、突貫工事だ!」

 僕が育つまでに与えられた時間は余りにも短かった。だから、一分一秒がおしい。

「よろしくお願いします!」

 僕が言い終わる前に、クロスの斧の柄が僕の棒を巻き上げ上に跳ね上げる。

「長柄武器の基本は柔軟性だ。柄が長いからその分いろんなことに使える。うまく使えば遠近感を狂わせることもできる」

 そんなことを言いながら、クロスは僕に三段突きを寸止めした。その三段のどれもが気付いたら目の前まで迫っていて、まるで虚空から飛び出したように思えた。


「先端に全体を隠したんですか?」

 遠近法によって、先端の面は他に比べ大きく見える。クロスはそれを利用して、先端の面の影に斧全体を隠していた。だから、それが目の前に迫るまでどれほど近づいているのかわからなかったのだ。

「センスがいいな。やってみろ!」

「はい!」

 言われるがまま僕はクロスに突きを繰り出すが、そのどれもがいなされてしまう。

「もっと相手の目線をよく見ろ。目線には意思が隠されてる」

 突きはその最たるものだった。相手の目線に正対しなければ効果を発揮せず、その先端の位置が相手に悟られてしまう。だからこそ、相手の目線をしっかり把握しなくてはならなかった。


「はい!」

 何度か繰り返すうちに、相手の目線というものを理解し始めた。すると、戦いが全て変わったように思えた。相手が今何をしたいのか、そして何をされるのが一番嫌なのかを朧げに理解できるようになった。

「こうですか!?」

 気がついたとき、その一撃はクロスに届いていた。


「センスがいいのは確かだ。だが化物の類だなお前は!」

 本当に嬉しそうにクロスが言う。

「ありがとうございます」

 だが、欠片も痛そうに見えないのは僕のステータスのせいだ。

「少し早いが、もう少し本気で動く。ついてこい!」

「はい!」

 次の瞬間からクロスの動きは急激に機敏になり、それに伴って目線もめまぐるしく変わる。僕はそれについていくのが精一杯で、防戦一方になる。


「これに技術だけで付いてくるようになったか!? 化物だ!」

 化物と言いながら、クロスは僕の成長を喜んでいる。僕はそれが嬉しくて、クロスから学べることを次々と吸収していった。

 そんなことを続けて3時間が経過した。



「そろそろ行かないと、ごまかせなくなっちまう」

 ヒルトが周囲を警戒しつつ言った。どうやら、僕とクロスが戦闘訓練を行っている間周囲を警戒していてくれたらしい。

「わかりました。クロスさん、ありがとうございました」

 僕たちは、そうして一番近い大都市を目指すのだった。

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