第2話・冒険者ギルド

 家を出た僕は、冒険者ギルドへと足を運んだ。

「あの、孤児になってしまいまして」

 初めて会う人に声を掛けるのは本当に緊張する。ましてや、自分を嫌う理由を持つ相手ならなおさらだ。

 冒険者ギルドは孤児院を運営している。将来冒険者になるために、武器術一通りと、魔法を叩き込むのが主の孤児院である。そこにおいて、元貴族の孤児は嫌われる。ステータスが低く、冒険者になりにくいからだ。


「わかりました、それでは冒険者候補生登録をいたします」

 ギルドの受付は、極めて事務的に対応してくれる。ただ、それがありがたかった。

「よろしくお願いします」

 僕が言うと、受付嬢は一枚の用紙を机の上に差し出した。

「こちらにご記入をお願いします」

 そこには、名前を記入する欄があった。


 名前が無い旨を伝えてもいいが……、今から僕はサイスだ。

 ずっと使ってみたいと思ってた武器の名前だ。大鎌サイス、それは一撃必殺以外を決して許さない武器だ。だが、使い手は龍さえ一撃で屠ったとされている。

 名前の欄にはと書いて、レベルやステータスを記入する。その際、ステータスを受付嬢に開示する。ステータスに嘘を書かせないためだ。


 僕がステータスを開示する間、受付嬢はずっと口を押さえていた。余りにも惨めなステータスだからだろう。だが、僕のステータスはこれでもLv1から考えるとになっているのだ。

「はい、では承りました。定期馬車は明日ですので、それまでは当ギルドの寮が二階にありますのでお使いください」

「はい」


 手続きを終え二階に向かおうとすると、そこに素行の悪そうな冒険者が目の前に立ちふさがった。

「聞いてたぜ、お前元貴族のくせに冒険者候補生になるんだってな」

「やめとけ、クズみたいなステータスなんだろ?」

 彼の冒険者仲間らしいすわったままの冒険者たちも、口々に野次を飛ばしては笑っている。

「申し訳ありません、ほかに行くとこもないので」

 僕はただ謝って、それをやり過ごすことしかできない。人間が怖いのだ、反撃などできようはずもない。


「はっはっは、こいつはゴミステータスの上に意気地なしだ!」

 心の中では今に見てろと毒を吐きながら、表では卑屈に乾いた笑いを漏らす。

「ははは」

 関わりたくないと思わせれば僕の勝ちだ。僕は一人でいい。

「何笑ってるんだ? 悔しくねぇのか? ご立派なお貴族様が冒険者風情に馬鹿にされてるんだぞ! どうした? かかってこい!」

 僕がまともに貴族として生きられたなら、食ってかかることもできただろう。今の自分に欠片でも誇りを持てたら、戦う選択肢を持てたかもしれない。


 だけど、僕には貴族の誇りなど欠片も無い。生まれて、今まで貴族扱いなんてされたことがないからだ。

「ゴミステータスなの、その通りですし。僕、忌子ですし。生まれるべきじゃなかったそうです」

 それでも、死ぬのが怖いから生きている。自分に絶望するのが怖いから、自分をいいように考えているだけだ。本当に自分が誰かの役に立つ人間なのか不安で仕方ない。

「おい、あんまり卑屈になるなよ。悪かったって、ほら解体屋とかの道もあるから」

 僕があまりに卑屈になっているせいで、さっき僕をなじってきた冒険者が僕を慰めている。気を悪くしたのでなければいいが。


「ありがとうございます、すみません」

「いいって、俺ガサツだからこんな時、どうやって慰めていいかわかんないけどよ。お前もよっぽど辛かったんだよな。まだ若いのに親に捨てられてよ……」

 ガサツな冒険者というにはあまりに優しい声に、目頭が熱くなってつい俯いた。

「おい、泣くなよ。こんな時はどうしたらいいんだ……」


 ガサツな冒険者がうろたえると、そこに壁際に立っていたフルプレートの鎧を着た冒険者が口を挟む。

「部屋まで案内してやれ」

 深く渋い、男の声だった。

「わかった、ありがとうなローガンさん」

 ガサツな冒険者はフルプレートの冒険者ローガンに軽く会釈すると、僕を見てゆっくり言った。

「ついてこい。案内してやるから!」

 そこから、歩きながらガサツな冒険者の世間話と後悔の話を聞いていた。


 ガサツな冒険者はどうやらヒルトという名前らしい。ヒルトが言うには、冒険者には暗黙の了解で、親に愛されなかった子供には優しくしなくてはいけないというものがある。冒険者の多くが冒険者候補生だった孤児であり、親の愛を受けられなかったからだ。ヒルトは僕が貴族らしい服装をしていたことから、家での冷遇がなかったと思い込んだらしい。


 やがて部屋に着くと、ヒルトは言った。

「ゆっくり休め、それと……冒険者候補生としての生活、辛いだろうがくじけるなよ」

「ありがとうございます」

 ガサツで怖い冒険者だったが、今はもう怖いとはかけらも思わくなっていた。それどころか、ヒルトはいい人なのだと思うようになっていた。

 だが、これから訪れる冒険者候補生としての生活が本当の地獄だとこの時の僕はまだ知らなかった。

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