6.次の町へ
次の日。
〈宿り木の杖亭〉で休息を取った3人は朝食を食べていた。
昨晩の事態の後、ユーシズの自警団に報告しグレイヌの身柄を拘束させた。
幾ばくかの報奨金を受け取った後、ひとまずは宿に戻り休息を取ることにしたのだった。
朝食の最中、サナプは冷たい声でバズへと告げた。
「そういえば、貴方のあの借金。盗賊ギルドのツケになってるから」
「!?」
思わずスープを口に運んでいた、木さじを取り落してしまう。
「あぁ、バズはん。もっとお行儀よくせな、メッやで?」
「いや、ちょっと待て。ちゃんと説明してくれ?」
サナプは涼し気な声で淡々と説明する。
「私があの商会に入り込んでいたのは邪教と繋がりを探るためだったのと、返せなくなった債務者のリストを入手するため」
最近出入りしていたのは商会のメンバーになりすまし、裏で情報を握るためだったという。
「昨日までには任務を終わらせるつもりだったのだけどね。誰かさんのせいで少し伸びてしまったわ」
「そいつは悪かったよ」
悪態に対してバズは適当に返事を返す。サナプはそのまま話を続けた。
「私の依頼主の〈月神の寝室〉という盗賊ギルドが〈グレイヌ商会〉に貸していた資金を回収するために債務者のリストを欲しがっていたってわけ。それで、債権は全部〈月神の寝室〉に移っているから、こんどはそっちに返済することね」
「……は?」
「安心していいわ。今日からの利息はつけないってことらしいから、ざっと106万7000ガメルくらい。まぁ100万ガメルね。端数はオマケしてくれると思うわ」
「はぁ!?」
それを聞いてペルラはケラケラと笑っていた。
「バズはん、それは残念やったなぁ。昨日ので終わりやと思ったのに」
「とんだ無駄骨じゃねぇか!」
「こんどはそっちの借金返さんとなぁ」
ペルラは笑いながら、バズの汚した机を拭くために席を立つ。その隙にサナプが小さな声で語りかけてきた。
「……どんな甘言であの子を誑かしたのか知らないけど、あんまり嘘が大きくなりすぎないうちに本当のことを言ったほうがいいと思うわ」
自分でもわかっていたことを指摘され思わず押し黙ってしまう。
「あの子のためにも、そして貴方のためにもね」
冷たい声。
バズは何も言うことができず、思わず話題を変えてしまう。この少女に一つ聞きたいことがあったからだ。
「昨日、どうして俺が前衛だってすぐにわかったんだ?あの時俺は後ろにいただろ」
「……そんなの分かるわ。私から逃げ切った債務者なんて只者じゃないし」
「そいつはどうも。逃げ切れる脚本だったってだけだ」
「まぁ、あの商会なんかより〈月神の寝室〉の方がよっぽど怖いから、あの時捕まっていた方が良かったんじゃないかと思うけどね」
サナプは息を吐いて暗く笑った。
やがてペルラが布巾を持って戻ってくる。テーブルにこぼれたスープを拭きながらやっと再会できた親友へと話しかけた。
「それにしても、サナプと合流できてよかったわぁ!これからしばらくあんじょうよろしゅうな!」
「ええ、ペルラ。頼りにしているわ。それでこの男もこれから一緒に行動するわけ?」
サナプに指をさされ、バズはきまりの悪そうな顔をする。
「バズはんは“あの人”についてなんか知っとるって」
「へぇ、そうなの」
サナプはそれを聞き、何かを理解したような顔をする。
バズは先程のサナプの言っていた、本当のことを言うのであれば早い方がいいということを思い出し声をあげようとする。
「あのな、ペルラ……」
「せやけど、借金無くしたら教えてくれるっていう約束やったから、もう少し契約延長になってもうたなぁ」
しかし、ペルラに上から言葉を被せられ機会を逃してしまう。彼女は更に続けた。
「せやから、もう少しお供いたしますで。バズはん」
例の“報酬”が先延ばしになってしまったというのに、彼女は少しだけ嬉しそうな様子だった。やはりこの少女の笑みを跳ね除けることは難しかった。また、その場に流されてしまっているな、と感じながらもバズは答えを返す。
「あぁ、俺も頼りにしてるぜ。ペルラ、それにサナプも」
昨日の戦いを見れば、この二人が頼りにならないということはないだろう。
グラスランナーの少女は少し呆れた様子だったが、気を取り直し二人に問う。
「それで?これから貴方達はどうするの?」
「そうだな、やっぱり〈月神の寝室〉に直談判か?」
「〈月神の寝室〉の本拠地はマカジャハット王国ね。ここからじゃ結構遠いのよ」
サナプはブルライト地方の西方に位置するマカジャハット王国を挙げる。石を投げれば画家に当たると言われるほど芸術文化が盛んな国だ。しかしここユーシズ魔導公国からはかなり遠い。
「でもそれくらいしかないしなぁ。当面の目標はマカジャハット王国やな」
「まぁ、直接頼み込めば割の良い依頼を出してくれるかもしれないわね。だけどその前に」
サナプは昨晩盗み出した羊皮紙を取り出して眺める。
「先に行きたいところがあるの」
それは邪教の集団からグレイヌへと宛てられた指令書。その指令の一つが気になるのだという。
「商会からの武具や例の麻薬を届けるようにと指示されているところがあるんだけど、ハ-ヴェス王国とかグランゼールあたりの栄えた街ってのは分かるわ」
「ハーヴェスにもやっぱり邪教の集団はおるんやな……」
「そいつは当たり前だろうよ。それで、何が気になるんだ」
「一つだけ、あんまり知らないような小さな町が指定されているのよ」
「……確かに聞いたことねぇな」
「えぇ、さっき女将さんに聞いたら、ここから馬車で3日くらいのところですって」
「確かに近いが、そこまでして例の邪教を追う必要は……」
「いいえ、ブルライトで何かを企んではるんやったらそれは許せへんなぁ」
ペルラの胸の前で拳を握りこみ、その目は正義の炎で燃えたぎっていた。
サナプはその様子に静かに微笑み、バズへと言った。
「残念ながら、うちのお姫様はやる気みたいね。それに〈月神の寝室〉へのいい手土産になると思うわ」
「……まぁ、他に当てもないしな」
そう言って仕方なく首肯する。
バズは再び例の指令書に目を落とした。
そこには〈“忘却の町”オルビード〉と記されていた。
***
リプレイ・プロミス 第1話
「夢見るおっさんタビットと方言メリア」 了
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