第12話 一度にみっつ

 そして。


 どんがらばっしゃぁぁぁん、という景気の良い音がふたたびニホン海に響くのである。


「あぁ、もう。どこが成長の証よ。逆戻りじゃないの!」

「ほんとはわざとやってるんじゃないわよね?」

「わざとじゃごぼごぼ、わざとじゃないごぼごぼごのん」


「ユウコ。水の苦手なこの子が、わざわざ水のあるところを選ぶはずはないと思うぞ」

「それもそうだけど。だけどハルミさん、そうでもないかも知れないわよ」

「どういうことだ?」


「右側は池だからそっちにだけは打っちゃいけないときにきまって、池に向かって打っちゃう初心者ゴルファーっているじゃん?」

「なんの例えよ、それ。ゴルフってなに?」

「さ、さぁ?」


「わけの分からないこと言ってないで、もう一度飛ぶのん」

「今日はもう止めようよ」


 ユウコに泣きが入った。


「それは私も考えていた。もう陽が暮れてきたしな。これ以上海に落ちると、ほんとに命の危険が」

「どろちんぱっ」

「「わぁぁおっ!!」」


 そして3人はふたたび海の中である。


「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ」

「まったくあんたって子は、人の言うことを聞きなさい!」

「止めろって言いかけたのに、なんで転送しちゃう……あれ?」

「ごぼぼぼぼ?」


「いま、あんたなんて呪文を唱えた?」

「ごぼぼぼ。転送ってこれしか知らないのん。どろちんぱっ、ってあっ」


 期せずして発動したその魔法で、3人は砂浜に移動した。


「短距離転送ができるのなら、最初からやってよ!」

「そうか、やっと分かった!! ふいんき、あんたその呪文どこで習った?」

「えっと、親切な魔王さんが教えてくれたのん」


「魔王って、オウミ様かミノウ様かイズナ様?」

「ううん、カンキチ様のん」


 記憶力の良い読者は覚えておいでであろう。どろちんぱっとは、143話でカンキチが使った忍術と魔法を組み合わせた転送魔法である。これは短距離専用移動魔法である。


「それが原因だぁぁぁぁl!!!」

「な、なん?」

「あんた、その魔法は短距離専用よ。だからちっともイズモに着かないし、必ず水の中に……ってそれは関係ないかもだけど着くわけないのよ」


「イズモってそんな遠いところだったのん?」

「そりゃ遠いわよ。ミノより向こうだし」

「ミノってどこなん?」

「えっと、あっちのほうかな」

「いや、もうちょっとそっちのほうじゃない?」

「じゃあ、真ん中とってあの辺に飛ぶのん」

「だからだいたいでやるなっての!」

「どうして間をとる必要があるのよ!」


 ニホン地理の分かっているものはこの中に誰もいないという罠。


「でも海岸線沿いに行けば、そのうちに着くわよね?」

「近くには行けると思うけど」

「海岸線ってまっすぐじゃないのん」


 ここまでの道筋を一番分かっているのは、転送を繰り返して来たふいんきである。とはいえそのふいんきも、イズモの場所が分かっているわけではない。


「それでここはどこなんだろ?」

「転送……短距離? 転送を29回繰り返して着いたとこのん」

「ちゃんと数えてたのか。それじゃあ1回に付き、どれだけ飛んだのかってのは分かる?」


「毎回距離が違うので、まったく分からないのん」

「処置なしだな」

「現在地も方向もまるで分からないってことね。ハルミさん、この調子だといつイズモに着けるか、というより本当にイズモに向かっているのかさえ疑問だわ。知らないうちに行きすぎても分からないわよ」


「ほんとね。確かめるまもなく飛んじゃったからなぁ」

「困ったわねぇ」

「でも方向はだいたい覚えているから、何回かやればそのうち着くと思うのん」


「イズモってだいたいで着けるほど大きな街だっけ?」

「いや、大きければ着けるってものでもないでしょ。イズモが目的じゃなくて、ユウのいる神殿に行くのが目的よ。行きすぎたらもうおしまいね」


「そこは運任せなのん」

「運任せでするなっての!」

「今日はここで泊まって、明日また次の移動方法を考えましょう。まずは現在位置を知らないと」

「僕はまだまだいけるのん」

「私らが限界だっての!」


 そしていつものようにハルミが川に洗濯に、ユウコが山に芝刈りに。


「それはもういいから」


 ハルミが整地をして、ユウコが薪を集めて、それをふいんきが。


「ぼわっん」

「「全部燃やすなって言ってるだろ!!」」


 と毎度ののように全部燃やし尽くしたのである。


「お前はもう口を出す……いや、火を出すな!」

「ま、まだ加減が分からないのん」

「もういいから、ふいんきはなにもぜすにじっとしてなさい」


「ふぅ、また薪作りからやり直しか」

「ハルミさん、手間をかけるわね。積むぐらいは私がするからね。ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは」

「ユウコ、切なくなるからその歌は止めてくれ。#の字型に組めばいいから。あとは枯れ草に私がしこしこしこしこ」


「だからHなかけ声止めて」

「どこがHなんだ、しこしこしこ?」

「そのしこしこよ!」

「そんなに言うならユウコが火を付けてみろ!」

「な、なんでハルミさんが切れてるのよ」


 ふたりとも寒さと疲れで、苛立ってきているのである。びしょ濡れの服のままで、口げんかを始めた。


「そもそもユウコはなんで付いてきたんだ」

「ついて行く気なんかなかったわよ。ふいんきの転送に巻き込まれただけよ」

「だったら避けていれば良かったじゃないか」

「私がそんなフットワーク良いわけないでしょが」

「そんなこと自慢するな。おまけならおまけらしく静かにしてろ」


 そもそもふたりはユウを巡って三角……ならぬ五角関係の間柄であり、もともと仲違いの要素をふんだんに持っている。だがいままでは、仕事の(というかユウとの)関係であまり接点がなく、こうした事態が起こりにくかっただけである。


 だが、ふたりとわけの分からない魔物1匹との苦難の旅は、ふたりの関係をことさらに悪化させた。


「な、なにがおまけよ。私なんか14人もユウの子がいるのよ!」


 普段は温厚なエルフだが、ユウコには引けない理由もある。14人の子供たちだ。彼女らはユウの個人資産で養育しているのだから、その伝手を失っては子供たちどころか里の命運さえ危機に瀕するのである。


 だからといってハルミと戦ってどうする、という理性はすでにユウコにはない。ハルミにいたっては最初から戦い大好き少女だ。売られた喧嘩は必ず買うのである。むしろ売ってくれたことを感謝するぐらいである。


「それはユウが養っているというだけで、あんたはヤッてないでしょうが!」

「それをいったらハルミさんもヤッてないでしょ!」

「生々しい個人情報を漏洩させるのはやめるのん」

「「あんたは黙ってなさい!」」

「くぅぅのん」


 こうした論争は不毛である。しかし不毛であるがゆえに、感情だけを高ぶらる効果は抜群である、それは相手が引くまで続いてしまうのである。


「な、なんかイヤなのん。ママんもハルミも好きなのに争うのを見るのは辛いのん。だけどちっとも話を聞いてくれないし、困ったのん」

「「一番話を聞かないお前が言うな!!」」


「どうしてそういうときだけ、声が揃うのん。もういいや、飛んじゃお。どろちんぱっ!」

「「うわぁおっ!?」」


 そしてふたたび3人は夕暮れの海の中へざんぶりと。


「わぁぁ、ふいんき、なにをしてくれたのよ!」

「まだ足りないのん、どろちんぱっ!」

「ぎゃぁぁぁ」


 ふいんきも多少は自分に非があることが分かっているようである。しかしだからといって、どうしたらいいのかはさっぱり分からないのである。そのため自分にできる唯一のこととして、転送を選んだのである。


「いや、このややこしい場面でそんなことしても、うおっぷ。波が高くなってきたな」

「ごぼごぼこうなりゃ私だってヤケよ! 喰らえ、しゃっきーん!!」


 ユウコはそのキャラから軽く見られがちであるが、攻撃9,820を誇る立派な超級魔人である。いま発動した攻撃魔法は中級程度の魔物なら、100体ぐらいまとめて葬れるほどの威力がある。


 その攻撃魔法がハルミを直撃した。そして着ていたものを引き剥がした。


「痛っ痛っ。ユウコ、とうとうやったわね。私に刃を向けておいて無事で済むとは思わないわよね」

「あ、しまった。ついやっちゃった。あ、でも、刃は向けてないからセーフ?」

「んなわけあるかぁ! もう怒ったごぼごぼ。ここは海の中だ。私も遠慮しない。おちんちんスラーッシュ!!」


「おちんちこ、じゃなかったかしら? ってわぁぁぁぁ、なんかいっぱい飛んできたぁぁぁ痛い痛い熱い痛い熱い」


 どうして痛い熱いぐらいで済むのか、それは謎である。しかし、ユウコもまた、着ていた服はズダボロになってゆくのである(お約束)。かくして、魔人同士の魔法大戦争が勃発した。


「あいた、あいたたた。ふたりのその魔法が微妙に痛いのん」

「「あんたはジャマだからどいてなさい!」」


 ちょうど間に入ったふいんきにもその魔法はズブズブと当たっている。さすがに硬いウロコが攻撃を貫通させるようなことはしないが、それなりに痛いようである。


「じゃ、じゃあ、仕返しの仕返しでしゃっきーんしゃっきーんしゃっきーん!!」


 とユウコが攻撃すれば。


「なんかお金を借りてるみたいだから止しなさいよ。おちんちんスラーッシュおちんちんスラーッシュおちんちんスラーッシュおちんちんスラーッシュ!!」


 とハルミが返す。返すたびに数がふえて行くのは定期。


「わぁ、4倍になって帰って来たごぼごぼ。じゃ、仕返しのいくつか目よ。おちんちんスラーッシュ!!」

「……?」

「……って私が言っても出るわけないか、てへっ!」


「おかしなボケをはさまないの! おたがい魔法耐性があるから魔法攻撃ではあまりダメージが通らないのね。それなら、いっそニホン刀の錆びにしてくれるわ、とぉぉやぁ」


 魔法攻撃で衣服はもうほとんど糸になってしまっているが、本人たちにはちょっと痛い、熱いぐらいのダメージしかない。


 それでハルミはもうひとつの自慢である「斬鉄の剣士」の称号を利用した物理攻撃に出た。これはまかり間違えば、ユウコを3枚に降ろすことも可能なほどの斬れ味のある斬撃である。


「私をマグロみたいに言わないで!」


 しかしその斬撃はしっかりした足場があってこその威力なのだ。水に浮いたままの不安定な姿勢では、ただ幼児が闇雲に刀を振り回すのとさほど変わらない。


 そんなことも忘れているハルミは、ニホン刀を上段から振り下ろす。だが、水中なのが災いして力は入らず、しかもそのときやや大きな高波がハルミを襲い、切っ先の方向を誤らせた。


 切っ先が向かった先にいたものはふいんきであった。


 折悪しく、ふいんきも雰囲気を変えようと(わはは)ふたたび転送魔法を唱えようとしていた矢先であった。バカのひとつ覚え、というかそれしか思い付かなかったのだ。


 呪文のため空を仰ぐふいんき。その丸出しになった喉元に、手元の狂ったハルミのニホン刀の切っ先がちょろっと触れた。


 そこはふいんき(というかドラゴン全般)の弱点であるアゴ下三寸のところにある1枚だけ逆向きに生えたウロコ。そう、有名な「逆鱗」である。


 ヤッサンが研ぎ澄ませたニホン刀の切っ先が、ドラゴン唯一の弱点を突いたのだからたまらない。


「ふぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁどろちんぴゃはがががががががぁぁぁぁぁぐわぉわくぁwせdrftgyふじこlp」


 転送呪文とふいんきの悲鳴と、あとなにかたまによくある不思議な呪文が重なった声である。さらに悪いことには、このときふいんきは何回目かの脱皮をし始めていた。大人の階段登る君はまだシンデレラである。


「いや、ふいんきだろ?!」

「いきなり大きな声出してどうしたのよ!」


 そんなふたりの慣れないツッコみも耳に入らず、ふいんきの転送と脱皮、そして悲鳴が同時に発動した。

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