第11話 また海かよ
どんがらばっしゃぁぁぁん、という景気の良い音がニホン海に響く。
「わぁっぷあっぷどわっぷ、あぁびっくりしたぁ」
「ごぼごぼごぼご、だだぁぁっ。だ、大丈夫? ユウコごぼごぼご」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ」
「う、うん。エルフは水との相性はいいから、このきなんの木さえあれば水深1,000メートルでも溺れることはないのよ」
「泳ぐのに水深は関係ないと思うが、それは良かった。私も水練はやっているから溺れることはないが……」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ」
「ひとり、溺れてる子がいますね」
「ついさっきぼくが助ける、とか言っていたような気がするのだが」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ。いいから助けてごぼぼぼぼ」
まったくもうと文句を言いながらふたりは、体重100Kg以上もあるふいんきを両側から支え、泳いで砂浜のある岸までたどり着いたのであった。
「ぜぇぜぇ。なんて重たいのよ、この子は」
「ママん、ごめん。良く考えたら僕、水の中に入ったの始めてだったのん」
「それはもう分かってるよ! それよりどうして海に転送なんかしたのよ!」
「海に転送したつもりはないのん。ただ」
「ただ?」
「転送の距離が足りなかったみたいなのん」
ニホン列島は弓のようにそっくり返っている。ホッカイ国(のイシカリ)からイズモまで直線で結べば、そのほとんどが海の中である。
そんなことも知らないふいんき(ハルミもユウコも同じである)は、ただ言われた方向に転送を試みたのだ。
ところが、術に不慣れだったのか身体が未成熟だったのか、あるいはその両方か。転送距離が足りずに3人は途中の海に落っこちたのである。
「それでいまココ」
「いまココじゃないっての! できないのなら最初にそう言いなさいよ」
「だ、だってできると思ったのん」
「思っただけでやらない! 危うく土左衛門になるところではないか。あぁあ、大切なニホン刀がびしょびしょ」
「ハルミさん、塩水は鉄の大敵よ。真水で洗って乾かさないと錆びるわよ」
「そうか、そうだったわね。ミノオウハルはともかくニホン刀は良く斬れるというだけで普通の鉄だもんね。それに服もびしょびしょで寒いし。どこかで暖を取らないと命の危険を感じるわ」
「ガクブルガク。そう言われたら急に寒くなってきちゃった。秋とは言えここらの海は冷たいね。まずは暖まりましょうよガクブル」
「なんか怖がってるようにも見えるのだが。だが私も寒いのは同じだ。幸いこの浜の奥は林になっているようだから、そこでたき火をして暖まろう」
「うん。でも、木が密集してて入れるとこなんてあるかなぁ」
「そうだった。先に大きな木だけでも切ってしまおう。そういうことは私に任せろ! えいやぁぁぁっ!」
かけ声とともにハルミがミノオウハルを一閃すると、大きな木が次々と音を立てて崩れ落ちた。それを数度繰り返すと、手で持てるぐらいの大きさに裁断された薪と30メートル四方ほどの広場が出現した。
「す、すごいのん!」
「中央部は切り株さえも残ってないわ?!」
「あとから整地するのは面倒くさいので、少しだけ平地にしておいた」
「それをこんな一瞬で……ユウさんがハルミさんを大切にしている理由が分かった気がする」
「ん? 私は少しも大切にされた覚えはないのだが」
「え?」
「え?」
「なにそれ怖いん」
「怖いってなんだ。私は別に大切になんかされてない。今回だってスクナに簡単に持って行かれちゃったし」
「それはハルミさんがオヅヌさんとの戦いに夢中になってたからでしょ」
「それはまあそうだけど。あれは戦いなんかじゃかった。稽古をつけてもらってたんだ」
「楽しそうだったん」
「そ、そんな、そんなことは……ちょっとあったけど」
「そのニホン刀だってユウさんにもらったんでしょ?」
「そ、それはまあ、そうだけど。前のは折れちゃったし、エースさんにもらったのは婚約破棄したとき返しちゃったし」
「それでユウさんに泣きついてもらったんでしょうが」
「泣きついたっていうか、交換条件でな」
「交換条件?」
「おっぱい、188揉み権と引き換えに」
「あら、それなら私は10振りぐらいもらってもいいわね」
「そ、そんなに!?」
「そりゃ、おっぱい係だもん、えっへん」
「ユウがこっちに来て最初に揉まれたのは私だぞ!」
「なんの自慢大会なのん?」
「そ、そうだ、こんなことしてたら風邪を引いてしまう。ユウコとふいんきは薪を集めてあの平らな部分に適当に積んでおいて。私はあの流れ込みのあるところで刀の塩分を落としてくる」
「分かった。でも私、火起こしなんかやったことないんだけど?」
「そんなもん、僕に任せるん」
「あんたに任せたからこんな状況になってんだけど大丈夫?」
「あ、あれは、苦手分野だから。火起こしなら得意なのん」
「そういえばそうだったね。ふいんきは火竜なんだっけ。水は苦手だけど火は得意か。じゃ、これに火を付けてよ」
「ほいのん。ぼわっ!」
「あぁあぁあぁあぁ!! ダメじゃないの。全部燃やしたら」
「あ、あれ。加減が難しいのん」
「薪が全部一瞬で灰になってしまったじゃない」
「はい」
「くっだらねぇこと言ってんじゃないの!!」
「ご、ごめんなの。まだボケの仕方が良く分からないくて」
「そんなもん覚える暇があったら、火加減を覚えないさいよ。はぁはぁ。なんで私がツッコみ役なのよ。ユウさん、どこにいるの。早く会いたいよ。このメンバーはボケばっかりで大変よ」
「ユウコ、誰がボケだって?」
「あ、ハルミさん。お帰り」
「お帰りじゃないわよ。それで薪はどこ?」
「ここはどこ?」
「僕は誰なん?」
…………ツッコみ不在は不毛である。
「状況は理解した。もう一度薪を集めて来て。火は私がつけるから」
「う、うん。こんな感じでどう?」
「しこしこしこしこしこしこしこ」
「なんかHな音がするわ」
「どこが? しこしこしこ。あ、ついた。ふーふーふ」
「おおっ。薪が燃え始めたのん。ママんはすごいのん」
ハルミは就職先の市役所で治安維持課の一員として働いており、初歩的なサバイバルの訓練を受けている。火起こしぐらいは得意なのである。
ついた火で暖をとり、濡れた服が乾いたら再出発である。
そして。
どんがらばっしゃぁぁぁん、という景気の良い音がニホン海に響く。
「わぁっぷあっぷどわっぷ、あぁまたこれなの? もう」
「ごぼごぼごぼご、だあぁぁっ。なんでまた海の中なのよ!!」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ」
「またひとり溺れてる子が」
「もう放っておいて陸に上がろうか」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ。そん、そんなこと言わずに助けてごぼぼぼぼ」
ふいんきの転送は再び3人を海の中に落としたのであった。ユウコとハルミは、ふたりでふいんきを支えながら陸に向かった。
「ばっしゃばっしゃ、ねぇこれをあと何回繰り返したらイズモに着くのかしら?」
「ざぶざぶー、さっぱり分からない」
「僕にもさっぱりごぼごごごご、手を、手を離さないでごぼぼぼ、お願い」
「あーあ、せっかく乾かした服がまたびしょ濡れよ」
「私のニホン刀もまた塩水に浸かったじゃないの」
「ごめんごぼ」
そして着いた陸地で、ハルミは川に洗濯に。ユウコは山に芝刈りに。
「違うから。そんなに違ってないけど、私たちお伽噺の老夫婦じゃないから!」
「なんか服がしおしお」
「ユウコの表現が良く分からんが、海水に浸かった服から塩が浮いてざらざらだ。着ていて気持ち悪いな」
「やっぱりこれも川で洗濯すべきね」
「あ、うん、まあ、そうだな」
こうしてふたりは着ているものを全て脱いで、流れ込みでざぶざぶ洗い、乾くまでたき火で暖まった。
「さて、そろそろ行くのん」
「じー」
「じー」
「な、なんなのん? その尊敬の眼差しは」
「「してないわっ! 疑いの眼差しを向けてんだ!」」
「でも、他にどうしようもないのん?」
「そ、そりゃ」
「そうだけどな……」
いまの3人の状況は、現在位置が分からない、船に乗ろうにも港がどこにあるのか分からない、お金もほとんど持っていない、助けを求めようにも民家さえ見当たらない。この場所からでは、ふいんきの転送だけが唯一の移動手段である。
そして。
どんがらばっしゃぁぁぁん、という景気の良い音が再びニホン海に響く、のである。
「もういい加減に海から離れなさいよ!」
どんがらばっしゃぁぁぁん、という景気の良い音が池に響く。
「海じゃなきゃ良いってものじゃないでしょが!」
どんがらばっしゃぁぁぁん、という景気の良い音が川に響く。
「もう、もう嫌だ私。この子を殺して私も死ぬ」
「こらこら、ハルミさん。こんなことぐらいで死んでたらエルフの心意気に抵触するわよ」
「知らないわよ! グレーゾーンの法律みたいに言わないで」
「ダウンロードだけならOKみたいな?」
「ついこの間、違法化されたようなのん」
「だから、話を混ぜるな! 危険!!」
「だがそうだった。こんなことぐらいでくじけていては、護衛としてユウに申し訳が立たない。一刻も早くイズモに行かないとユウが危険だ」
何がどう危険なのか、そんなこと分かって言っているわけではない。しかし、実際にユウは結構危険な目に遭うのである。ふいんきが現地に到着することによって。
「もう服とかこのままでいいから、転送してもらいましょう」
「どうせまた水に落ちるだろうしな。ふいんき、もうこのままで良いから転送しろ。でもなるべくなら、水の中は避けろ」
「分かったのん。今度こそうまくやるから」
「なにをどううまくやるのか分かってるよね?」
「落ちる場所が塩水じゃなくなっただけ成長の証なのん」
「「そういうことじゃないわ!!」」
3人の苦難の旅はまだまだ続くのである。
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