第8話 ネゴシエーター
「おや? そこにいるのはオウミではないか。そちらはミノウか」
「オウミとおとどめなされしは、拙者のことでござるかノだ」
「いつの時代の魔王だよ。俺だよ、ムラクニのオヨリだ。久しいヤオ」
「おおっ、オヨリか。ほんと久しぶりだヨ。ヤマトに仕えるようになってめっこり会わなくなったが、元気だったかヨ」
「めっきりだ。相変わらず文字列の改変が好きなようだな、ミノウは。俺はずっと元気ヤオ」
「これはかんぽの才というのだヨ」
「どこの簡易生命保険ヤオ。それを言うなら天賦の才だ」
「才能とは言わないと思うノだ」
「で、どうしてオヨリはここに来ているヨ?」
「俺はヤマト様の代理としてこのお祭りには毎年出席していたのだが、本人が後からやってきてしまったので、なんだか良く分からん立場になってしまった。それより、噂には聞いてるヤオ。お主ら、人間の眷属になったそうだな。魔王ともあろうものが、いったいなにがあったヤオ?」
それはかくかくしかじかでと、このふたりのいつものちゃらんぽらんで盛りに盛った話をオヨリは聞かされた。だがそんな説明にも関わらず、正しく現状把握できるのがこの男である。
「そういうことか。アメノミナカヌシノミコト様のご判断なら、間違いはないであろう。しかしお主ら、いつからここにいた?」
「我は最初からいたノだ、オヨリ」
「我もいっしょにいたヨ」
「いや、なんか答えになってないのだが。最初っていつヤオ?」
「まあ細かいことは良いではないかヨ。それにしても久しいヨ。ヤマトの居心地は良いのか?」
「ここは呼ばれた神だけが来られる場所だから、全然細かくはないのだが。俺は多忙を極めておるヤオ。ヤマト様に見込まれてしまって、仕事は山ほどあるヤオ。時々はミノに帰っているが、8割がたヤマト国在住ヤオ」
ムラクニノオヨリ。真っ黒に日焼けした精悍な顔つき。痩せ型・長身であるためひょろっとした印象を受けるが、武芸百般に通じ、剣、弓、槍のどれをとっても常人に劣るものはひとつもないと言われるほどの剛の者である。
しかもそれだけではない。茶の湯、雅楽、半田付け、和歌、三味線などにも精通しており、話し相手を飽きさせることがないという特技も持っている。文武両道を絵に描いたような男、それがムラクニノオヨリである。
「なんか不思議な特技が混じったノだ?」
「この世界に半田付けがあるとは初耳ヨ」
「マイ・半田ごてを持っているぐらいヤオ」
「「ふぁぁぁっ!?」」
オヨリがニホン史に登場するのは、かつてニホンをまっぷたつに割った戦争(ジンシンの乱)のときである。テンムとテンチによる兄弟の覇権争いである。
そのとき、オヨリはテンムに仕える一介の小姓(舎人)に過ぎなかった。
オヨリの出身地はミノ国のカガミハラ村という、どこかでゆるっとキャンプをしていそうな女の子と同じ名前を持つ土地である。
カガミハラは、泥岩や砂岩からなる台地の上に乗っかった土地である。
伏流水が豊富なため飲み水には困らないものの、田んぼを作るだけの水量が確保できないことと水はけが良すぎるために、米作には向いていない土地なのである。
そのため、草ばかりが生える不毛の台地である。
だが、人口は決して少なくはない。ミノ国やオワリ国はニホンで有数の穀倉地帯であり、そこで獲れたコメをアズマやヤマト・カンサイに安全に運ぶために、どうしても通らないといけないルート。それがカガミハラ台地である。
大きな山も谷も川もなく、平坦で安全な道。それはここにしかないのだ。
そのために、古来より争いの絶えない土地でもあった。
オヨリがまだ10代のころ居住していた集落は、近隣の豪族に攻められて敗れ、逃亡を余儀なくされた。そしてたどり着いたのがアンパチ村(ミノ国の最西端)というテンムの直轄地であった。オヨリはそこで頭角を現し、そのままテンムに仕えるようになった。
そしてまもなくジンシンの乱が起き、テンムはミノ国を味方に引き入れる算段をしていた。そこで白羽の矢が立ったのがオヨリである。
ミノ国はオヨリの出身地であり、土地勘や人脈があるだろうと期待したこともあるが、オヨリの目端の利く才を見抜いてもいた。
それで、ミノ国を味方につけ兵を出させろという、無謀とも言える命令を下したのだ。
ミノ国は東西の交通の要所であるだけでなく、穀物の一大生産地であり人口も多い。そのため、どの陣営もここを味方につけるべく動くのが普通であった。
争奪戦である。ミノ国からすれば、一番良い好条件を持って来たところに味方になればいいのである。
我らを味方にしたいのならば、それ相応の報酬を寄こせと、強気でいられる立場なのである。
ところがオヨリはその弁舌を駆使しし、ほぼ無条件でミノ国を味方につけ、さらにオワリ国、ニオノウミ国、イセ国、イガ国、エチ国などの諸国をことごとく味方にしてしまったのだ。
弁舌ひとつで関ヶ原以東の勢力を全てテンムの味方につけたオヨリは、さらにミノで情報統制することによって、テンチ側の使者が東側に手を伸ばすことを防いだのだった。
それによってテンチ側は味方を集めることができず、戦いに敗れたのである。
テンムに勝利をもたらせた最大の功績者がオヨリであり、オヨリはその功により、平民の出としてはニホン史上初めて神の位を手にしたのである。
ニホン史上屈指のネゴシエーターである。
テンムのあとを継いだ魔王・ヤマトは、その能力を買ってオヨリを腹心とし領地経営を担わせている。いまではオヨリなしでは、ヤマト国は存在しえないとまで言われるほどの実力者だ。
「とはいってもな、俺の魂はミノ国にある。子供のころに遊んだ野山を忘れることはできんヤオ」
「お主をヤマトに取られたのは、我にとっても痛恨の極みだったヨ。早く帰ってこいヨ」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、俺たちの村が困窮していたときに、手を差し伸べてくれたのがヤマト国の人たちヤオ。その恩も忘れるわけにはいかん」
「義理堅いやつなノだ」
「こやつの存在に気づくのが遅れたことが、我の最大の後悔ヨ」
「それで、ヤマトの代理とはどういうことなノだ?」
「ヤマト様は今でこそ魔王であるが、元は仏教の人でニホンの神々とも交流があったヤオ。だけど魔王の立場ではこの祭りに出席できないので俺は代理という話だ。だが、それもラーメンとやらのせいでうやむやになっているようだ。お主らははどうしてここにいられるヤオ?」
「話が一回りして最初に戻ったノだ」
「我らはユウにくっついて来ただけだヨ。一度来てみたかったし、バレなきゃいいだろみたいなヨ」
「なんだ、眷属なら入れるのか。それは知らなかった。それにしてもミノウもオウミも、その適当さは変わってないな。ある意味安心したヤオ」
「眷属が入れるかどうかは知らないヨ。我らは勝手に入っただけで、これは内緒ヨ」
「もうみんな知ってると思うけどなぁ。さっきから俺たち注目の的ヤオ?」
「「テレクサイノだヨ」
「お主らの感想は聞いてない」
「そういえば、オヨリはどっちについてるノだ?」
「イセ様……というかオヅヌがアマテラス様を支援している以上、そちらにつくしかないヤオ」
「風が吹けば桶屋が飛ぶような話なノだ?」
「桶屋は飛ばないヤオ。ヤマト様とオヅヌは仏教戦争以来の盟友だ。仏どもの侵攻を防いだのはオヅヌだが、戦争を停めたのはヤマト様だ」
「そりゃそうだが、ふたりの仲が良いとは知らなかったヨ」
「我なんかいつ戦争が終わったのかも気づいてなかったノだ」
「のんきか!」
「ニオノウミは侵略されるほどの土地がないから、軍隊が来ても通り抜けるだけヨ」
「あのときは街道で魚を高値で売って、しこたま儲けたノだわはは」
「近江商人はたくましいヤオ」
「そういえばイセも来てるノだな。同じ魔王の我らは無視してイセだけ呼ぶとはずるいノだ」
「ずるいとか言ってやるな。アメノミナカヌシノミコト様の呼び出しだ。逆らえるはずはないヤオ」
こうして3人が旧交を温めていると、それは突然やってきた。
ユウ「分かった、あとは俺に任せろ!」
みんな「「「ふぁぁぁぁぁっ!?!?!」」」
「な、なんだ。なにが起こったヤオ?」
「我はもう慣れたノだ」
「我も理解できるようになったヨ」
ユウは神々を順番に事情聴取し、それをスクナがまとめることで現状の把握をした。そしてひとつの解決策を思い付いたのであった。
「800人からいる神々の全員に事情聴取したのもすごいヤオ」
「それを我らが旧交を温めているスキに終わらせてしまったノもすごい」
「それは作者が端折ったのだと思うヨ」
(うるさいよ)
「それで、俺に任せろのひとことで場面展開なノだ」
「この話ではまれによくあるパターンヨ」
「お主らのニホン語がおかしいのはともかくとして、いったいなにが起こるヤオ?」
「「そんなこと我らに分かるわけがないノだヨ」」
「威張るとこじゃないヤオ!」
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