第11話 紅い瞳のライラ

「We are Free!」

 自由を手に入れた良二たちは早速、街に繰り出した。

 自由とは言っても、まだまだ市中の勝手がわからないので前回に続いてサラ、そしてメアに同行してもらって指導を受けることにした。

 良二ら4人は、身分が魔導戦闘団所属になったので規則によって外出時は帯剣が義務付けられることになった。街中で喧嘩のようなトラブル、犯罪行為に出くわしたら極力対処して治安維持に貢献するのが軍、魔導団所属兵士の任務の一つであるとのこと。

 特別遊撃隊は異世界人だけで編成される異質な部隊ではあるが、魔導団所属である以上、その責務は適用されるそうだ。

 刀剣などには全く慣れていない良二らには、いささか重荷ではあるが、短剣でも良いとのことで普段の動きに支障はなさそうだ。加えてこの短剣には魔導戦闘団の紋章がついており、身分の証明にもなる。

 前回の外出は日用品の買い物に追われ、じっくり見ることができなかったので、今回はJKたちもたっぷり堪能しているようだ。

 とは言え、一軒一軒思いつくまま回っては時間があっという間に無くなるので、まずは土地勘、道順を覚えるために一通り歩き回ることにする。

 途中、興味深い店などを容子・美月らは細かくメモしていた。

 商店街から少し離れると鍛冶屋やガラス細工等の工房が散見されるようになり、今度は誠一が目を輝かせ始める。

 ぐるっと一回りして、大雑把だが大体の案内を終えたサラは、

「ここらで少し自由時間にしましょう。2時間後に、ここのフードエリアに集合と言う事で」

と、4人に話しかけた。JKらは、キタ━━とばかりにお目当ての店を目指すべく、

「メアさん、さっきの装飾品店、行ってみたいの! お願い、案内して!」

と美月・容子はメアにガイド役も兼ねさせるつもりか、連れて行ってしまった。

「ようし、では俺も工房街に……」

 誠一もすっかり乗り気で、町はずれの工房街の方へ向かおうとした。

 だが、不意にサラに腕を掴まれた。

「おおっと……サラさん? なぜ俺の腕を?」

「クロダさま……貴殿には私が同伴させていただきます」

「え? あ、その……いやあ、お気持ちはまことに嬉しいのですが、私には故郷に妻と子供がいますので、サラさんの期待に応えるわけには……」

「何をタチの悪い冗談で誤魔化そうとしてるんです? お分かりですよね?」

「いや? 何のことだか……いやいや大丈夫だよ? 1人で行けるから」

 誠一がやんわり&誤魔化しで、サラの仕掛けた手綱をかわそうとしている。

「そうはいきません! 侍女長から言われてるんですよ、前回の外出でもちょっと目を離せばすぐどこか行っちゃうって! 行くだけならともかく、商品でもないモノをあれこれいじくってお店の方から、迷惑なんだよね~って何度も渋そうな顔されたって!」

 そんなことしてたのか……ロゼさん怒りたくなるわな、と誠一の性格・行動履歴からして納得の良二だった。

「あ、ああ、その件につきましては多大なご迷惑をおかけしまして、なんとお詫びしたものか……」

 誠一は愛想笑い+ビジネス謝罪モードに入った。だが、そげな言い草が通用するわけは無く……

「何と言われようと付いていきますから! 侍女長からの厳命ですから! それと私からの指示は順守すること! いいですね!?」

「は、はい、承知いたしました……うう、嫁の小言みたいだな~」

「何か仰いまして!?」

「いえ何も! よろしくお願いします!」

 背筋シャキーン!

「あ、キジマさまはどうされますか?」

「そうですね、この辺ちょっとブラブラしてますよ。ちょうど小腹も空いたし」

「承知しました。ここはどの通りからでも見えますので迷うことは無いと思いますが、気を付けてくださいね」

 そういうと誠一とサラは工房街へ向かっていった。


 黒さんは、単に好奇心だけでいろいろ弄ってたわけじゃないんだろう。自分の得意分野を活かして、自分たちの置かれた現状を分析していたんだ。

 自分は言われたままに案内され、言われたままに日用品を買い、ロゼさんに連れられてるだけでそんな余裕などなかった……


 後で聞いた事だが召喚直後、良二たちが驚いてキョロキョロしている時も彼はじっとしていた。

 半ば予想通り、保護メガネに隠れて目だけを動かし、衛兵たちを刺激する事なく周りの状況を掌握しようとしていたのだ。

 そして後方の様子は銀色メッキのバーナーに映して振り返らず確認していた。

 とっさに判断し、機会を逃さず機転を利かす……やはり歳の功か。

 はぁ……良二は自分の青さ加減に思わず溜息をついた。と、その時、

「だ~れだ?」

後ろから突然声がした。

 良二は声のした方へ首だけ振り向けた。

 すると目に入ってきたのは忘れもしない、あの見事な深紅の瞳と紅い髪……

 ――ライラ……?

 うん、この髪、この瞳、この声。思い出してきた。

 ライラだ。

 間違いなく、あの時の脳裏に焼き付いた瞳、髪、声……時間がたって、ぼーっとしかけていたライラの表情が一気に蘇り、目の前の彼女の表情とピッタリと頭の中でシンクロした。

 まさかこんなに早く、また会えるとは…… あれ? 普通、だーれだ? とか言う時は目を塞いでくるんじゃないのか?

 何でライラの顔が見える? てか近いよ、近い!

 と、一呼吸分の時間がかかったが、良二は今の自分の状況を理解した。

 自分は目隠しではなく、なんとライラに羽交い絞めされていることに、だ。

「一週間ぶりくらい~? やっぱ、また会えたね~」

「こ、こんにちは、ライラさん、先だってはどうも……あ、あのライラさん? この状況は一体……普通の『だ~れだ?』って目隠しとかが定番じゃあ……」

「ふふふ~、見事に決まってるでしょ? 動ける? ねぇ動ける?」

 ――え? あれ? 

 言われて確認した良二は、見事に固められ、身動き一つ出来ないこの状況に驚愕した。

 ――う、動けん!

 脇から回された彼女の腕はどこをどう攻めているのかわからないが、こちらの腕は全く動きが取れず、せいぜい指先しか動かせない。

 下半身も左足は無事だが、右膝部分をライラの右足に絡められ足首もピクリともしない、完璧である。

 さらに良二は気付かんでもいい事に気付いた。

 ――こ、これは!?

 気付いてしまった。

 この態勢だと必然的にライラの胸が良二の背中に密着してしまうことに、だ。

 ライラは決して爆乳ではない。だが、良二の背中にふくよかさを感じさせるくらいには大きい。

「あ、あのライラさん? そ、その……あ、当たってますけど?……」

「ん? なにが~」

「で、ですから……あの、その、お、お胸が……」

 何とか声を絞り出す、言葉も選べる限り選んだつもり。

「んふふふ~。当ててんのよっ! とか言ってほしい?」

 ――なに言ってんだこの人ー! てか、リアルでこんなセリフ聞くとは思わんかったわー! 何モンだー! 

 と、心の内で良二は叫びまくり。声を出したいところだが周りの状況も状況、無意識に喉にブレーキがかかり、それがさらに脳味噌に負担になったり、女性を抱いたこともないのに女性に抱きつかれるとか、お胸が密着するとか驚愕と嬉しさが混ざり合い、有り体に言えば……パニックである。

 そろそろ潮時と見たか、ライラは力を緩め良二を解放した。

「えへへ~、ごめんねぇ。ちょっと調子に乗っちゃった~」

 テヘペロである。

 だが、良二の方はゼー! ハー! ゼー! ハー! と呼吸するにも一苦労であった。

「でも良く来れたね~。確か10日に1回って言ってなかったっけ?」

「はー、いや、ぜー、ちょっと、急に、事情が、変わって……」

 息を整えながら良二が答えた。

「そっかぁ、よかったね~……ちゃんと通してくれたんだ……」

「え?」

「あ…… ああ、そうだ! こないだの約束覚えてる~?」

「え、約束……あ、串焼きのお返し!」

「うん! あのさあ、この先の屋台で新商品が出たそうなんだけど~、これがまた美味しいらしいんだよ~! 一緒にどうかな~?」

「ああ……それはもう、もちろん」

「いいのね? ん、嬉しい! じゃ、行こ~!」


 ライラに引っ張られて連れて行かれた屋台は、焼菓子の店であった。その前で立ち込める、甘く香ばしい香りをかぎながら、店頭で焼かれている菓子を見て、良二の目はしばらく瞬きを忘れた。

「…………今川焼き、だ…………」

 そこにキツネ色に焼きあがっている直径8センチ程度、厚み2・5センチ位の菓子。それを半分に切って展示されてるサンプルの中にはぎっしりの粒あん。そう、それは粉うことなき今川焼きであった。

「イマガ? 何言ってんだよ兄ちゃん。こいつはな、俺が考案した新商品、名付けて”パンジュウ”だ!」

「ぱん……じゅう?」

「そうよ! パンケーキの生地をちょいと改良して、中に饅頭のあんこを詰めたらこれが相性よくってな! パンケーキと饅頭、合わせてパンジュウだ!」

 ふんす! 屋台のオヤジはこれでもかっと言う鼻息と共に胸を張った。

 ――こちらにも饅頭があること自体、驚きなんですが……>良二

「まずは食って見なよ、ほれ、試食だ試食! ねえちゃんも!」

 良二は勧められるままにいまが……パンジュウを手に取った。

 しばしじっと見詰める良二。間近で見ても今川焼そのものである。

 甘い香りも生地とあんこのそれであり、間違っても辛いの苦いの、と言う味は無かろうと思える。

 とは言え、そこは異世界の食品、油断はできないが……しかして良二は、その懐かしさすら感じる香りに誘われて、意を決するがごとく、おもむろに食い付いた。


 カリ! 焼きたてのこの食感、歯を進めると間もなく皮の薄い部分から粒あんに到達し、同時にパンケーキよりしっとりとした弾力が粒あんとはまた違った、ほのかな甘さと相まって両の口元をくすぐる縁の厚み。

 更にあんこは大納言小豆もかくやと思わせる香りが鼻腔を突き抜け、その甘さはま・さ・に絶妙! 隠し味の塩加減も程良く効いており、これほどのパンジュウ……いや今川焼きを経験したことなどかつて有ったろうか! いや、無い! 名品だ!!

「おいしーい! おじさん、これすごいよ! めっちゃおいしい! これ、ぜ~ったい大ヒットだよ~! う~ん、生地とあんこの相性サイコ~!」

 ライラもご満悦である。

「だろう! ねえちゃん分かってるねぇ! 兄ちゃん、兄ちゃんはどうだい!?」

 良二はパンジュウに喰い付いたまましばらく止まっていたが、

「ん? リョウくん?」

やがて目にも留まらぬ速さで一気にガスガスガスッと食べ切った。

 軽く咀嚼し、ゴックンと飲み込んだ良二は手に着いた粒あんをペロッと舐め終えると、親父の眼を見据えて……言ったもんだ。

「……10個ください……」

「へ?」

「うん?」

「……いや、20個……20個ください!」

 顔を上げた良二の目はオヤジにGJと訴えていた。それに応えてオヤジもニヤリと満足げな笑みを浮かべ、

「へい! まいど!!」

と、気合を入れてパンジュウを焼き始めるのだった。


 フードコートから1区画ほど離れた、川沿いの公園ベンチに良二と一緒に座っていたライラは、目に涙を滲ませながら思い切り笑い転げていた。

「あーはははははは! すごいの見ちゃったぁ。どうだい兄ちゃん? 20個、20個ください、へい、まいど! って、きゃーはははははは!」

「もう勘弁してよ~」

 さっきからライラに何度もイジられ良二は凹んでいた。

「うん、確かにおいしかったもんね~。気持ちわかるよ~、10個でも20個でも欲しいよねぇ……20個……プーックスククク、あははははー!」

 良二はまたも深く嘆息した。続いてがっくりと項垂れる。

「あ、あれ? ああ、ごめんごめん、笑い過ぎた! ごめんなさい! ……?」

 慌ててライラが謝るも、項垂れたままの良二。

「あわわ、ホントにごめん! 傷つけちゃったんなら謝る! ごめん!」

 目の前で手を合わせて頭を下げるライラ。

「違うんだ……」

「ん?」

 合わせた手を下げて、若干小首を傾げるライラ。

 良二は続けた。

「俺の知り合い……いや先輩がさ、年配なんだけどすごく頼りがいのある人でさ。機転は効くわ冴えてるわ、しかも俺たち後輩や周りの人への気配りもすごくて、とても叶わないなぁって……。さっきのパンジュウ屋のオヤジさんでもそうだよ。自分でいろいろ考えて、自分の作った商品に自信をもって、堂々として生き生きしててさ、それに引き換え俺なんか全然……」

「……でもさ、リョウくんも仕事してるんだろ~? 帯剣してるってことは軍か官吏の仕事についてんじゃないの~? エリートじゃん!」

「実感……ないな。詳しくは言えないんだけど、志願したわけじゃなくて何て言うか……行きがかり上って言うか、流されていつの間にかって言うか……」

「……自信が無いって事かな~?」

「うん、そうだね……。もちろんやってみたい事もあるんだ、あれを使えばどうだろう、こう言うやり方やってみたいなとか……でも、それに失敗したらどうなるんだろう? 人に迷惑掛けちゃったらどうすればいいんだろうとか怖くなっちゃって……」

「そっか~……」

 良二は相変わらず俯いている。が、ライラは空を見上げて言った。

「そんなの……みんな一緒じゃないかなぁ~?」

「……」

「あたしもさ~、小さい時は大人ってすごいなって思ってたんだ~。自分もそれくらいになればかっこよく生きていけるって、ずっと思ってた。でもさあ、あたしも相変わらずなんだよね~。なんか全然大人じゃないなぁって、ハハ!」

 ライラは自嘲しながら頭を掻いた。

 聞いていた良二としてはライラが自分と似た思いを持ってることに、意外なような、ホッとしたような……

「今までにやったことなら自信あるよ? でも新しい事やるようになるとさぁ、やっぱビビっちゃうって言うかぁ……その、思うんだけど、パンジュウ屋のオヤジさんもそうなんじゃないかな~? 堂々としてるけど、売れるかどうかの自信なんてホントは無くてさ~……でもビクビクしながら売ってたら売れるものも売れないから、ハッタリでも何でも堂々としたふりしてさ~」

「ハッタリ……」

 良二は、あの防衛省の検査で見せた、誠一の醜態が脳裏を過ぎった。

「その先輩にさ、聞いてみたら~? どうすれば先輩みたいに自信が持てますか? って。多分だけど……意外な答えが返ってくる気がするよ~」

「意外な答え?」

「ん、だから、聞いてみな~?」

 意外な答え……意外な答えか……

「……うん、そうだね。聞いてみる」

 背中を押された気がした。

 良二はようやく頭を上げた。

「ありがとう。話したらちょっとすっきりしたよ」

「そりゃ何より!」

 ライラも、いつものハイテンションモードに戻ったようだ。

「さあて、あたしもそろそろ行かなきゃ~」

「え? 用事の途中だった?」

「仕事、おサボりしてた~」

「ちょ、ダメじゃん! 大分時間たつけど大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、いつものことだから!」

 余計ダメじゃん! と突っ込みたくなる良二。でもライラはどこ吹く風。

「楽しかったよ、また……会えるといいね~」

「うん、こちらこそ」

「次に会ったら、さっきの答え聞かせてね、あたしも参考にしたいし~」

「ああ。あ、そうだ、これお土産に」

 良二は二つ持っていたパンジュウ10個入りの包みのうち、一つをライラに渡した。

「え、いいの?」

「うん、話聞いてくれたお礼ってことで」

「そっかぁ~、うん、ありがとう、遠慮なく頂くよ!」

「じゃあ、気を付けてね」

「リョウくんもね、じゃあ、まったね~」

 ライラは元気に手を振りながら、雑踏の中へ消えていった。前の時と同じように。

 ただ今度は、良二も手を振って彼女を見送ったのが違っていた。それは進展と言っていいのだろう。だがしかし……

「あ……」

 良二は彼女の姿が見えなくなった途端、連絡先とか聞くのを忘れたことに気付いた。

 遅れて気が付く○○の知恵、じゃあるまいし、もう……などと、またしてもガックリ。

「でも……この世界じゃ、どうやって連絡を取り合ってるんだろ?」

 宿題が増えた良二であった。


 集合場所に戻って一時、良二は女子軍4人に恨まれていた。

「良さん、ひどいです……」

「………………」

「キジマさま、これはあまりと言えばあまりかと……」

「………………」

「キジマさまは外道ですか……」

「………………」

「良さんは女心がわかっていません……」

 4連発である。

「……だったら、パンジュウ食べるの止めたら……?」

「「「「無理ですぅ!」」」」

 メアと一緒に買い物に行った美月と容子は帰る途中、カフェでケーキの食べ放題セールを見つけてしまった。

 濃厚なクリームとフルーツ等に彩られた、見た目にも食欲をそそるケーキ・スィーツを目の当たりにしては逆らえるわけもなく、異世界の甘味をしっかり堪能してきたそうな。

 良二より先に戻っていた誠一とサラにもテイクアウトの分を振る舞い、腹十分目に達し「もう食べられない」とみんなご満悦だったところへ良二がパンジュウを見せたのである。

 サラとメアは未知の甘味に、JK2人は今川焼との再会に別腹が発動し、憑りつかれたように手を出してしまったのである。

「うう、美味しいですう……」

「美味しい、でもお腹が……服のサイズギリギリなのに……」

「体重計が怖い……」

「何で贅肉って胸に集まらないのかなぁ……」

 恨み言と泣き事を言いながらも食をやめない4人に、良二は思わず頭が痛かった。

 そんな良二たちを誠一は、パンジュウを堪能しながら生暖かい眼で眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る