第12話 突然の初陣

 立ち直った4人と良二たちは買い物も終えて、帰路に着こうとした。が、少しでもカロリー消費量を稼ぎたい女子軍の意見具申により、研修がてら遠回りで帰ることになった。

 目抜き通りと違って、夜の闇に覆われ始めた裏通りの街並みは街灯も少なく、異世界4人衆は肌寒さすら感じた。

「そう言えば王都の治安はどんなものなのかな?」

 誠一がひとりごとを言うように尋ねた。

「王都の治安維持は軍が兼務しておりますので、街の隅々まで行き届いております……と言いたいところですが、人が多くなると邪心を持つ者もまた、増えてしまうのが世の常でございまして……」

 質問を受けてサラが説明。

「空き巣、傷害、強盗、詐欺、殺人……残念ながら様々な犯罪は無くなることはなく、昼間はにぎやかな街も、やはり夜は警戒せざるを得ず……」

 異世界であっても、そんなところは変わらないんだなぁと思う良二。逆に見れば、地球と同じく人が寄り集まって社会が出来ているのだから、変わると考える方がおかしいのか?

「夜の繁華街とかはあるんじゃ? 飲む・打つ・買うも人の世の常だけど……」

 と、誠一。

「はい、そう言った盛り場はもちろんございます」

「やっぱり物騒なのかな?」

「ヨウコさまが言われるように、そう考える方は多いのですが実は皮肉な事に、こんな裏路地よりそういった場所の方が治安がいいのです」

「そうなんですか?」

「……いわゆる暗黒街とか反社会的とか言われる連中が取り仕切ってる?」

「その通りです、クロダさま。彼らは盛り場の店の直接経営や、組織外の店舗でも経営者から用心棒代などを集め、代わりにトラブルがあった場合の仲裁役を担っています。仲裁と言っても腕っぷしで解決することの方が多いのですが……彼らが目を光らせているおかげで、面倒を起こしそうな連中がおとなしくしてるんです」

 へーっ、なるほど皮肉ねぇ、とJK2人。

「日本も昔はそんな侠客ってのがいたらしいけどね」

「今じゃ映画の中にしか居ねぇだろうなぁ」

「タチの悪い組織だと、娼館で働かせるための女性や少年を詐欺まがいに連れて来たり、その片棒を担ぐところも。表立ってはいませんが、人身売買も組織的に行われてるとか」

「うわぁ」

 美月が顔をしかめる。

「売春は違法にはならないので?」

「許可制ではありますが一応は合法なんです。もっともヤミ娼館などもあるにはありますが、興味……ございます?」

 誠一の質問に答えたサラを含め、女子全員の白い目が誠一に向けられた。

「合法の娼館でしたら、ご紹介もやぶさかではありませんが……」

 とか言いながら、女性陣による道端の犬のクソでも見る様な視線を食らった誠一は、

「い、いやあ、もう歳ですから……それにこれでも所帯持ちですし……は、ははは」

引きつった笑いで誤魔化した。

「でもそうなると俺たちも強盗やら暴漢に襲われたりとか?」

 矛先が自分に向く前に良二は話を逸らした。

「大丈夫でしょう、皆さまの様に帯剣してる方は軍か魔導団所属ですから襲ってくる命知らずはいませんよ。それに皆さまの強さに勝てる強盗なんて」

 メアが楽しそうに答えた。最近の、誠一との手合わせを喜んでいる彼女は、良二らも同様に高く評価しているようだ。

「でも、あたしケンカなんかしたこと無いしぃ」

「人を相手に闘うとかできるかなぁ」

「そういう時は黒さんに任せようよ。元自衛官だし」

「おいおい、足洗って何年たつと思ってんだよ」

「いやぁご謙遜、あの組手すごかったですし」

「我ら特別遊撃隊の隊長さんだもんね!」

「因みに……」

 サラが補足のために入ってきた。

「お屋敷には明日にも魔導団特別遊撃隊の看板が立てられます。看板が立てられる以上、格としては中隊と同格になります」

「中隊? 4人しかいないのに? 小隊どころか分隊にもなりやしねぇ」

 思わず誠一が突っ込んだ。誠一の感覚では中隊と言えば、総勢150人から200人規模の部隊であるからだ。

「看板を立てると言うのはそういう事なんです。言い忘れましたが遊撃隊発足と同時に、クロダ様は魔導少佐に任官されました」

「はあ!?」

「他のお三方は魔導中尉となります」

「うお! 何かカッコいい! 小林中尉に敬礼!」

「ヤダ美月ったら、あなただって松本中尉殿よ!」

 はしゃぐJKたちを尻目に、困り眉毛で肩を竦める誠一。

「陸士長止まりの俺がいきなり幹部士官さまかよ、冗談じゃねぇなあ。士長以下なんてバイト扱いだったのによぉ」

「黒さん大出世だねぇ、今度奢ってもらわな……うわ!」

 ドン! 軽い冗談を飛ばそうとニヤついた良二の背中に何かが勢いよくぶつかって来た。おかげで良二は危うく転倒しそうになる。

 良二の声に反応してサラとメアは戦闘メイドモード入り。脇の得物に手を掛け周囲を見渡し、警戒態勢をとった。

 フラついた脚を踏ん張ってこらえた良二が振り返ると、そこには小汚いボロ服を纏っている、美月たちと同じくらいの年齢の少女が転がっていた。あわてて良二が抱え起こす。

「ごめん、大丈夫? ケガは無い?」

 良二は少女に問いかけた。だが返事がない。

「どうしたの? 痛いところある?」

 もう一度話しかける。

「タ、ス……ケテ……」

 少女は、消え入りそうな擦れた小声で、呻くより小さな声で言った。ホント、何とか絞り出したような震えた声だ。

「え?」

「タス……ケテ」

「たすけ? 助けてって? ……ん?」

 誠一とサラが近寄ってきた。少女の体は小刻みに震え、目の焦点も合っていない感じだ。

「サラさん、この子の目……」

「……薬、ですね……」

 ――薬? 何? 

 バタバタバタ!

 首を傾げる良二の耳に、なにやら人――それも男のモノとすぐ分かる太くて重い足音が聞こえて来た。その足音は明らかにこちらに向かって近付いて来ていた。

 良二がそちらに目を移すと、少女が出て来た路地から、男が二人飛び出してくるのが見えた。男たちは姿を現すなり、きょろきょろと周りを見回している。

 この少女を探しているのではないか? 良二ならずともそれを連想するほどドンピシャのタイミングだ。

「どこに行きや……お、居た居た」

 こちらに気が付いた男どもが近寄ってくる。口の利き方だけでも即、それとわかるくらい、如何にもヤクザっぽい印象の連中だ。

「すまねぇな旦那方、その子はうちの店の子でね」

「ご迷惑をかけたようで、今から連れていきますんで」

 男どもは一見、下出に出たかの顔つき・言い方で誠一らに断りを入れると少女の腕を掴もうとした。しかし、

「お待ち下さい。今、お店と言われましたが、どちらのお店ですか?」

サラが男と少女の間に割って入って詰問する。

「あ? あんたらには関係ねえよ。さっさとその子渡しな」

 サラの言い方ひとつで、面倒が増えたか、と察知した男は若干凄みを含めながら言い返してきた。

「彼女は我々に救援を求められました。許可証のある真っ当な店舗でしたらともかく、もしも非合法なお店ならば、それなりの対処をさせていただきますよ!」

「ああん? どこのメイドさんだか知らねぇが、余計な事に首突っ込むんじゃねえよ」

 男がサラに片眉を歪めるだけ歪めて、一段と凄みを利かせて睨んできた。

 だが、

「え? アレ……」

もう一人の男が良二や誠一の腰の物……吊られている短剣の柄を見て狼狽し始めた。その視線の先は柄に刻まれた五芒星の紋章であった。

「あ、アニキ! マズいっすよ、あいつらの短剣、紋章入りだ!」

「なんだと! う、ま、魔導団の星紋! まさか……」

 2人は短剣の紋章から良二たちが魔導団員であることを察知、顔色を変えた。

「か、嗅ぎつかれたんじゃ……」

「う……い、行くぞ!」

 ヤクザ共は踵を返すと脱兎のごとく、来た道を逆走した。

 それを追い、サラと誠一が路地の入口に近づいて身を隠し、連中が逃げた方向の様子をうかがう。

 路地の一番奥の店舗らしき扉前、それに隣接する様に馬車が停められ、女性が数人、荷台から降ろされている最中だった。手は縛られ、脚にも鉄球の有る枷がつけられている。

 状況からしてその店舗は娼館、もしくはその手の人材を一時収容する施設であろうことは容易に想像出来た。それに加えて彼女らに架せられた手枷・足枷である。

 合法組織なら同意を得ているはずであり、そんな拘束具の類は必要ないはず。

 で、有るならば導かれる答えは……

「マズいぞー、魔導団だー!」

「何ぃ!? 今日の不寝番は歩兵連隊じゃないのかよ!」

 ヤクザ共がアワくった様に騒ぎだした。ハチの巣を突いた、と言うほどではないが明らかに動揺しているのが見て取れる。

「タイムリーだな、アレはさっき話してた……」

「ええ、人身売買組織ですね」

「歩兵だったら楽だったみたいな物言いしてるな」

「連中は腕っぷしは人一倍ですが、魔力は大したことはありません。魔導団は遠隔攻撃を得意とする兵が多いですし」

「とは言え、こっちは魔法をやっと使い始めたヒヨッコばっか。接近戦も、ど素人……敵は左に3人、馬車の所で2人ないしは3人てところか……サラさん、俺とでいける?」

「なんとか」

 ――え?

 良二たちに戦慄が走る。

「ハァ……面倒だが黙って見ているわけにはいかんしな……」

「黒さん! まさか」

 ――やる気なのか? あんなヤクザ然としたゴロツキ相手に? 軍や治安組織とかに任せた方が……ましてや俺や容子たちは只の学生だよ!?

 急激に湧きあがる緊張感に、良二の心臓が早鐘さながらの速度で波打つ。

「仕方無ぇ、ここで下手うつと住屋を間借りさせてもらってる殿下の名にキズが付く。居候している紋章持ちが犯罪現場を素通りなんて、殿下の顔に泥を塗るも同然だ」

「あ……」

「恐れ入ります。メア! 一番近くの屯所に行ってちょうだい! 警務隊の応援を!」

「承知!」

 言うが早いかメアは全速で駆け出した。さすが猫人族、凄まじい加速で駆けていく。

「良くん! この子や美月ちゃんたちと、ここで待機しろ! 応援が到着したらこの路地へ誘導するんだ!」

「は、い……」

「多分、連中はここまで人手は裂けれんだろうが、もしも来たら……その時は全力で自分たちの身を守れ」

「え? あ、あの……」

「無理して戦う必要はない。その少女と、君たち3人の命を守ることを第一に考えろ。ヤバけりゃ俺らを置いて逃げても構わん、いいな!」

「は、はい!」

 良二は震える声で返事した。声が裏返っているのが自分でもわかった。

 置いて逃げろ――平時なら、そんなことを言われて二つ返事など返すはずもない。やはり幾許いくばくかの逡巡が有るはずだ。

 だが今の良二の脳内はそんな余裕さえなかった。

 他方、サラは壁に張り付き、連中の動きを警戒しつつ脇から短剣を抜き出した。完全に戦闘モードにスウィッチしている。

 続けて短剣を左に持ち替え、右手で内腿に仕込んでいた投げナイフを3つ取り出す。

「左、お願いできますか?」

「わかった、連中の気がこちらに向いたら『ゴウライ』をかますから目と耳を守って」

「承知しました、では!」

 サラの合図とともに誠一ら二人はヤクザ共に向かって突撃を開始した。

「来たぞー!」

「相手は二人か!? 蹴散らせ!」

 サラとともに接近する誠一。ヤクザ共との距離をうかがいながら誠一は念を込めた。

「ゴウライ!」

 誠一が叫ぶと、ヤクザ達の足元に10センチ弱の雷球が現れた。

 若干の放電を伴ったその球は、一瞬で小さく集束したと見えた刹那、


バアァン!


眩い光と耳をつんざく轟音を発し、連中の目と耳に突き刺さった。

 雷魔法によるスタングレネードだ。

「うわぁぁ!」

 かつて経験した事の無い光と音に、連中の動きが止まった。

「きゃー!」

「目がー! 目が痛ぇ! 焼けるー!」

 効果アリ! ヤクザどもと、気の毒だが巻き添えを食った女性たちの悲鳴が一斉に上がった。

 目か耳か、どちらを先に押さえるか判断出来ずに手をジタバタさせ、文字通りの錯乱状態だ。

 それに乗じて、サラは投げナイフを右の2人に投げつけた。

「ひ!」

「うわ!」

 ヤクザどもはゴウライからの立ち直りもままならない内にサラの投げナイフによって完全に態勢を崩された。

 機を得たサラは一気に間合いを詰め、右手に持ち替えた短剣で二人のヤクザを矢継ぎ早に切り払った。

「ふごおぉ!」

 成すすべなく血しぶきを上げ、うずくまる男たち。一人は腕の腱を斬られ、一人は脇から刃を入れられ肺を損傷、呼吸するたびに激痛が走り、身動きが取れなくなっていた。

 誠一は左側に突っ込むと、3人の内、ゴウライをまともに見て転倒している奴の脇腹を踏ん付けて肋骨を粉砕し、その前にいる2人の首筋に二本指をあて高圧電流を流す。

 2人の体は誠一の左右で小刻みに痙攣を起こし、「ブベベベベベ!」と声にならない声を上げた後、失神した。

 制圧に成功!

 サラはそう判断し、売られた女性たちに駆け付けようとした。

 だが、

 ――ハッ!

馬車の陰に潜んでいた大男がサラの前に現れた。偶然にも馬車が盾になる位置に居た大男はゴウライの影響を受けずに済んでいた。

「うおおお!」

 大男はサラの行手を阻まんと大刀で斬りつけてきた。

「く!」

 サラは即座に距離を取った。自分の短剣と奴の大刀では間合いが違いすぎる。

「サラさん!」

 気付いた誠一が助っ人に入ろうとする。しかし、

 バァン!

 店舗の扉が全開。中から新たな攻め手が押し寄せて来て、誠一の動きを止めた。

 ――こりゃ、まずいかな?

 誠一は短剣を抜いた。

 

 路地の陰から様子を見ていた良二は、2人の命がけの実戦を目の当たりにし、極度の緊張で脚が震えてくるのを止められずにいた。

 命を懸けた戦い……言葉にするのは容易いが、生まれて初めて経験する、呼吸も苦しくなるほどの張り詰めた空気、それに伴う緊張感。そこから繋がるこの脚の震え。

 これが戦場か?

 映画やドラマではこんな描写も珍しくは無いが、それが自分に降りかかるなど、思いもしなかった。

 しかし、震えたままでは援軍の誘導も、美月らの護衛もままならない。何とか抑えないと……

「くそ! 止まれ、脚止まれ!」

 小さくうめくが震えは押さえても殴っても止まってくれない。

 何か別の刺激を……剣先で刺してみるか? いや、その痛みがこれからの行動に仇となってはシャレにならない。

 そう考えた時、雑のうに残っていたパンジュウを思い出した。

 あの甘さなら……

 もう、なんにでもすがりたい、理屈なんかどうでもいい! 良二はパンジュウを取り出してかぶりついた。

 甘い! 砂糖たっぷりの、あのベッタリした甘さ!

 良二は甘さを感じ取れた。昼に食べた時よりもっと甘く感じる。

 甘さの刺激が口から頭の方へジワッと広がっていき、やがて脚の震えが引いていく、引いていく……。

 ふーっ! ひと息つく良二。戦闘の景気づけに今川焼とは、藁をも掴むと言うか、イワシの頭か……まあ、それでもとにかく少し落ち着けた。

 肺が痛くなるほど緊張していた呼吸も幾分、楽になった。スィーツ・パワー恐るべし。

 と、息をついたばかりで、

「ヒィ!」

美月の悲鳴が聞こえてきた。

 隣の路地からヤクザが回り込んできたのだ。その数2人。それぞれ長剣と山刀で武装している。

「こっち!」

 良二は美月らの手を引っ張り寄せた。ヤクザとの間に立つ。

「きゃ!」

 今度は容子の声だ。見ると反対側にも1人回り込まれた。こちらは両腕にカギ爪を仕込んでいた。

 都合3人! 逃げ場所は誠一らが突っ込んだ路地だけ。

「美月ちゃん! 火球、火球だ!」

「え! で、でも、あんなの人に撃ったら……」

「いいから! やって!」

「う、うん!」

 良二に言われ、美月は胸の前で手を広げ念を込めた。

 やがて小さな火球が現れ、ヤクザ共を「う、ヤベ!」と怯ませる。が、しかし、

ボフッ! 

と、気の抜けた音とともに、火球は消滅してしまった。

「あ、あれ?」

 もう一度念を込める。

 ボフッ! まただ、火球が育たない。

「あれ? あ、あれ?」

 美月が動揺し出した。どうしても火球を作りきれない。

「あれ? どうして? どうして!?」

 美月の混乱が激しくなってきた。当然のことながら念を集中しきれず、魔法が発動できない状態に陥った。

「あ?」

 それを見たヤクザ共が、下卑た笑いを浮かべながら威勢を取り戻してきた。

「へ、脅かしやがって。とんだヘボ魔導士サマだな」

「まあまあ年頃か。とっ捕まえて纏めて売るか?」

 長剣を構えるヤクザ。

 こちらは短剣持ちしかいない。しかも剣術に関しては全くの素人で接近戦は不利、と言うより、てんでお話にもならない。

 ――魔法で戦うしか……しかし俺は水の魔法しかまだ使えない……でもやるしか……

 良二はイメージした。

(放水!)

 かざした良二の手から水柱が飛び出した。

 消火栓なみの水柱、とまではいかないが、まともに食らったヤクザが水圧に負け、「ぐわ!」という声とともに後ろに吹っ飛んだ。

 狙いを変え、もう1人にも放水を食らわせ転倒させる。

「と、突、風!」

 容子の声が聞こえた。

 若干どもりながらも、容子は風魔法で突風を起こし、反対側のもう一人をふっ飛ばすことができた。

「うお!」

 思わぬ突風攻撃に地に倒れるチンピラ。

 だが所詮は水と風、とどめはさせない。ふっ飛ばしたとは言ってもせいぜい転倒させる程度であり、ダメージを与えられるほどの威力はない。

「け、ただの水か。ビビって損したぜ」

 ヤクザ共もそれに気付いたようだ。立ち上がり、再び良二らを狙い始める。

 ――あ、足止めすら……ち、ちくしょう……

 早々に手詰まりだ。あとはもう女子たちを誠一とサラの方へ送るしか。

「こっちへ!」

 良二は3人を引きつれて路地に入った。

 だがサラと誠一はまだヤクザを制圧できていなかった。

 美月は技を出せない、少女の手を引く容子に自分のサポートは頼めない。

 このヤクザ3人だけでも自分が引き受けないと。誠一に言われたように何とか彼女たちだけでも……

「容子ちゃん、黒さんたちの方へ! 敵が来たら何とか風で追い払って! 俺はここでこいつらを食い止める!」

「で、でも」

「行って!」

「う、うん!」

 良二は盾になるのが精いっぱいだった。それもどれほど抑えられるか皆目見当もつかない。こんな今の自分では、彼女たちの事は誠一にお願いするしかない。

 無念さも引っ掛けながら容子らを見送って振り返ると、ヤクザ3人はもう良二の目前であった。

「うりゃ!」

 気の早い一人、長剣を持ったヤクザが、まだ遠い間合いなのに剣を振ってきた。

 もうちょっと詰めればヒットしたのに、このヤクザの剣術センスも大したことは無さそうではある。

 が、残念ながら良二は、それ以下だ。

「うわ!」

 じっとしてても当たらなかったのだが、初めての斬り合いに過敏に反応して大袈裟に後ろにのけぞってしまい、しかも踏ん張りきれずに良二は尻餅をついた。

「へへ! な~んだ、てんで素人じゃん?」

 良二の無様な姿に、ヤクザ共は余裕綽々である。

 ――水……水……

 良二には水しかない。水以外の属性は、まだ殆ど鍛えていない。

 格闘戦のセンスも無いに等しく、身体強化魔法もあまり意味をなさない。せいぜい防御にしか。

 ――もう一度放水して、せめて時間稼ぎを……

 ダメだ、間合いが近すぎる。1人飛ばしてる間に他の2人に仕掛けられてしまう。

 剣を投げても無駄。その後は格闘戦しか選択肢はなくなるし、良二はその基礎訓練すらしていない。

 ――水だ、水で剣を……出来ねえよ! 水でどうやって剣と斬り合いを……

 しかし、

 ――ん? 水で、斬る……?

良二の脳裏に、過去の、とある記憶が過ぎった。

 ――斬れる、水で斬れるんだ! 

 良二はイメージした。イメージしながら右手の人差し指で、文字通り真中のヤクザを指差した。

「あ? その指で斬りあおうってか? おつむ壊れましたかぁ~」

 3人の真中で良二の指差しを嘲笑う長剣のヤクザ。

 だが次の瞬間、その長剣は突然、笑い声も体の動きもピタッと止めた。

 あれ? と言いたげな顔で自分の左肩を見る。

 一本の細い糸みたいなモノが左肩に刺さっている。

 その糸状のモノは糸と言うにはあまりにも真っすぐで、目で追うとその先には良二の人差し指があった。指の周りには非常に細かいが高速で飛び散る水飛沫のようなものが見える。

 ――ウォータージェット!

 良二は腕ごと上へ振り上げた。

 糸の様な水柱は何の抵抗も無く、良二の思う通りに振り上げられた。曲がることもなく、しなることもなく、意図するままに真上に振り上げられた。

 と、その次の瞬間、

プシャー!

水柱の通った長剣ヤクザの左肩から、血が噴水よりも勢い良く、派手に噴き出した。

「ひぎゃー!」

 長剣ヤクザは痛みより、その出血量でパニックになった。

 カシャーン!

 持っていた長剣を落とし、慌てて手で押えるが指の隙間から溢れる血は止まらない。抑えたせいで血の行き先が変わり、自分の顔にもぶっ掛かって来る。

「わ! 血、血が! わぁー!」

 元長剣は今まで見たこともない勢いで噴き出していく自分の血を見て、赤く染まっていく自分の手や上着、眼に掛かった血のせいで視界までも赤くなっていく中、奴の頭は極限まで混乱した。噴き出す血から逃げるように走り回り(逃げられるわきゃ無ぇ)屈んだり蹲ったり仰け反ったりと正に狂乱パニック

「ひぃ! ひい! ひいいぃぃー!」 

 元長剣ヤクザは散々暴れまわり、あげくに頭を壁に全力でぶつけてしまい、あえなく失神した。

「な、なんだ、何が起こった!」

 返り血を浴びた残り二人のヤクザもパニクり始めた。


 良二が繰り出した魔法技はウォータージェット切断をイメージしたものだ。

 中学の時の社会科見学で工作機械メーカーの工場で製品試作で見せてもらった、超高圧力で射出される水で金属その他の素材を高精度で切断するアレだ。

「な、なんだよ、水しか使えないんじゃねえのかよ!」

 水ですが何か?

 などとボケる余裕もなく、良二は良二でイメージ通りの魔法が出せて相手を撃退した高揚感と、吹き出した血が自分の技によるものだという、恐怖にも似た罪悪感が入り混じり、腕が先程の脚のように震えだす。

 だが、その腕の震えを懸命に抑え、照準を左のカギ爪ヤクザの腹に合わせて第2射を放った。

「ヒィ!」

 命中! 的になったカギ爪の口から悲鳴が漏れる。だが、まだ震える腕ではド真ん中とはいかず、かなり外側にズレた。

 が、十分だ。

 そのまま横に薙ぎ払うと、こいつの腹からも、さっきの長剣ヤクザ同様に血が噴き出した。

「わ! あわわ! 血! 血ィ~!」

 カギ爪ヤクザはこれまた先程の奴と代わり映え無く動転し、気絶こそしなかったが傷口を抑えながら転げまわった。

「な、なんだよこいつ……!」

 残る一人は今にも目の玉がこぼれるんじゃないかと言うほど目を見開いていた。

 場数も踏んでいないヘタレの若僧だと思っていたら、ほんの数秒で見たこともない妙な技で仲間を血まみれにされてしまった。

 初めての戦闘で混乱した良二たち以上にこの山刀ヤクザはパニクっていた。

 良二はそんな山刀ヤクザに、おそらくは良二本人も気付いていないくらいの狂眼さながらの視線で睨みつけ、3度目の狙いをつけた。

「ひぃ!」

 最後のヤクザは山刀を放り出して一目散に逃げだした。

 良二は人差し指を突き出した右手に左手を添えて(拳銃におけるカップンソーサー的なスタイル)指鉄砲よろしく構えて逃げるヤクザ背中に照準する。再び念を込める良二。

 ――撃つ! ……え!? 

 だが、そう思った良二の目に、ヤクザの逃げる先にいる通行人だろうか? 二つの人影が映った。

 マズい! もしも彼らに当たったら……良二は躊躇した。

「逃げられる!」そう思った刹那、良二は3人を含めた景色が一瞬波紋のように揺れた気がした。

 バサ! その波紋の端っこでヤクザは突然、糸の切れた操り人形のように、くちゃっとその場に崩れた。

 ――え? なに? 何が起こった……? 

 良二は目を凝らしてみた。

 あの二人は……? 何者か? こげ茶色のローブを目深に羽織り、顔も伺えない影二つ。

 呆然とする良二の耳に、いや、耳と言うより頭に響くような声が聞こえたような……

「ふ~ん、水なのに面白い使い方するんだねぇ」

「この発想は無かったよね、手伝わなくて良かったかも?」

 少女? それと少年ぽい声……それでいて、何か重そうな声。

「パンジュウ坊やか……覚えておこ!」

 少女らしき声で話す人影が去っていく。

「ああ、待ってよぉ」

 少年らしき方も少女を追いかけて、路地を曲がった。

 思わず良二も追いかける。だが路地に出て周りを見渡すも、二つの人影は忽然と消えていた。

 ――一体、何なんだ、今の……

 呆気に取られていると、今度は遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「キジマさまー!」

 メアが警務隊を引き連れて戻って来てくれたのだ。



 一方、側での戦闘はまだ続いていた。

 サラと誠一の踏ん張りで容子らに賊が襲いかかる事は無かったが、こいつらがなかなかに手強い。得物が不利な事もあって決め手に欠けていたのだ。

 加えて数も多い。おまけに誠一の腿の外側には不覚を取ったか、短剣が刺さっていた。

 誠一は強力なプラズマ系の魔法を使い、連中を一掃したかったが、下手をすると女の子たちも巻き込んでしまう恐れがあり躊躇した。

 何よりまだ、その手の大技の練度が足りない。何とか間合いを詰めて一人づつ短剣で斬るか、感電させるか……

 と、その時、

「警務隊だー!」

ヤクザの一人が警務隊の到着を叫んだ。とたんにヤクザ共は脱兎のごとく逃げ出し始める。

 ――間に合ったか……

 見る間に散って行くヤクザ共。駆け付ける警務隊の足音を耳にして、ホッと一息つく誠一。

 だが、そんな中で、

「いやあああああ!」

正に絹を裂くような女の叫び声。大刀のヤクザが色気を出したか、行きがけの駄賃とばかりに一人の女を連れて行こうとしていたのだ。

「お前だけでも! だけ居れば!」

「放してぇ! いや! いやああああ!」

 ヤクザが懸命に抗う女を力づくで抱えようとした時、

「手ェ、放せよ」

彼奴の背後から誠一の声が響いた。

「その汚ぇ手を放せ!」

 言うと同時に、誠一の手の平いっぱいのハンドスタンが、バンッ! と言う音とともに、ヤクザの心臓を背中から直撃した。

「カハ!」

 誠一もへばって来ており、手加減する余裕はなかった。彼奴の心臓は、おそらく焼き付いて黒焦げになってしまっただろう。

 大刀ヤクザは、ぐはぁ! っとか言いたげな口をしていたが、実際は小さな呻きにも近い声だけを絞り出して、その場に崩れ落ちた。

 欲を掻かなきゃ逃げられたかもしれんのに、アホな奴である。

「大丈夫かい?」

 誠一は襲われていた女に手を差し伸べた。

 ショックだったのだろう、なかなか動くことが出来ずへたり込んで震えている。

 女の前にしゃがみ込んだ誠一は、彼女の目から自分の視線を離さないまま彼女の手を取り、立ちあがるのを促した。二人してよろよろと立ち上がり、誠一が短剣で彼女の腕の縄を切る。

 改めて見直すと、その女はすらりとした細身のスタイルで、まだ怯えている蒼い目の上には見事なケモ耳がついていた。

 狐の獣人、しかもシルバーフォックスだ。



 戦闘が終わり、警務隊による後始末と事情聴取が始まった。良二も誠一らと、やっと合流できた。

「おう、お疲れ。みんな無事だったようだな。良かったよ」

 誠一が良二や容子らをねぎらう。

「いきなりの実戦、大変だったろうがな……みんな、よく生き残ってくれた」

「黒さん、俺……」

 誠一に、縋るように声を掛ける良二の目は疲労とショックのせいで、まともに開いていなかった。

 無理もない話だが、それでも誠一は良二の気持ちを持ち上げるように元気づける。

「……浮かん顔だな。3人も仕留めたんだろ?」

「いや、その……無我夢中で……」

「生き残ること以上の勝利があるか? 君はよくやったよ、胸を張れ」

 言われて良二はうんうん、と頷いた。だが頭の中はまさに、心ここにあらず、な状態だった。誠一が自分を労ってフォローしてくれていることも分かってはいるのだが、反応を返すのもままならなかった。

 結果は良好、自分の果たしたことに何ら問題は無いはずだ。

 とは言え、初めて人を斬るという経験はまだ若い良二には重たい。

 闘ってる最中は夢中だったが、落ち着いてくるとやはりヤクザ共から噴き出した、あの血飛沫が脳裏に浮かんでくる。

「ごめんなさぁい!」

 後でいきなり美月が泣きだした。その大声のおかげか、良二のぼーっとした脳内も若干、正常に振れて来た。

「ごめんなさい! ごめんなさい! あたし、あたし、魔法失敗して、みんな危ない目に遭わせて! 役立たずで! みんなの脚引っ張って! ごめんなさい!」

 両手で顔を覆い、人目憚らず泣きじゃくる美月。

 何の役にも立てず、文字通りの足手まといになってしまった美月の叫びは、そのやるせない気持ちを涙とともに吐き出すかのようだ。

「……美月ちゃん?」

 誠一はそんな彼女に近寄り両手で包むように、そっと抱き寄せた。

「魔法の失敗なんかどうでもいいよ。さっき良くんにも言ったろ? 生き残ることが勝利だって。美月ちゃんは生き残った。勝ったんだよ。それ以上の事なんか必要ない。今日、人に守られたんなら、明日は守れるようになればいい。……そのために明日からまた訓練に励めばいい」

「……グス! ひくっ!」

「また、一緒に訓練しよう。な?」

「……うん、うん!」グシュッ、ズズッ、グスッ!

 涙でむせぶ声で返事する美月。また一段と誠一にしがみ付いてしばし泣き続けた。

 そんな二人を見て、良二が自嘲気味に息をついた。

 やっぱ適わないなあ……

「容子ちゃんもご苦労様だったね」

「はい、みんな無事でホントによか……って黒さん! 脚! 刺さってる刺さってる!」

 言われて見ると、確かに誠一の右脚腿にはまだ、あのナイフが刺さったままだ。

「ん? ああ、刺さってるな」

「刺さってるなって! 早く抜かなきゃ!」

「警務隊に回復士の方がいますから呼んできます!」

 メアが慌てて回復士を呼びに行った。

「だ、大丈夫ですか! クロダさま!」

 こちらも慌てまくりでサラが伺う。しかし当の本人はケロリンコ。

「え? ああ、まあ痛いけど我慢できないわけじゃ……」

「なんで!? 刺さってんのよ!?」

「あ~、俺は昔から痛みには鈍感でさ。幼稚園の頃、頭怪我して縫ったんだけど幼児の頭に麻酔は危険てことで麻酔抜きで縫われてなあ……でも、泣かなかったらしいし」

「「「…………」」」

「虫歯の治療中に居眠りしたこともある」

「「「…………」」」

 かなわねぇ……マジ、かなわねぇ……



「王都警務隊不寝番当直ゴロンド少尉であります。この度のご助勢、心より感謝します、クロダ魔導少佐殿!」

「ご苦労様です、少尉。あ~、申し訳ありませんが部下が大変疲れておりますので……我が隊への事情聴取は明日ではマズい、ですかねぇ?」

 思わぬ初陣に良二たちは、特に精神的にも疲労困憊なのは明白。ダメもとで誠一が聞いてみた。

「問題ないと思われます。拉致されていた女性の証言との整合性を検証する方が先でしょうし、逃亡した賊も捕らえましたし」

 ゴロンドに快く受けてもらい、誠一はふーっと安堵の息をついた。思ったより早く帰ることが出来そうだ。

 しかしその前に、

「あの……」

良二は聞きたいことがあった。

「路地での3人は、あ、あのう……」

「路地の3人……おお! お見事でしたなキジマ中尉殿! あんな見事な切り口は見たことが無いと回復士も言ってましたよ」

「あ、いや、ですから……」

「あんなに楽に塞げた傷も珍しいと言ってましたな。よほどの達人と名剣でなければ、あんな風には斬れないと!」

 などと、ゴロンドは良二の手柄に賞賛する事しきり、ずいぶん興奮してらっしゃる。

「……」

 だが良二が聞きたいことはそこじゃない。

「じゃあ連中は一命はとりとめたんですね?」

 誠一が助け舟を出した。

「ええ、悪運の強い連中ですよ。並みの剣や剣士なら傷がふさがらなくて死んでたところでしょう。まあ回復しても重労働の刑以上の処罰は間違いないですがな、はっはっはっは」

 ウォータジェット切断の傷と回復魔法は相性がいいのだろうか? 

 ともあれ良二は心底ほっとした。

 例え悪人と言えども、人の命を背負うのは良二にはまだ早かろう。

「じゃあ、引き上げるとするか」

 誠一が全員に声を掛けた。

 迎えの馬車が来たと連絡があり、良二たちはやっと屋敷へ帰れることとなった。

 なったのだが……

 ぴとっ

 誠一の腕に、ピッタリしがみついて来た人影がひとつ。

 ぴとっ

「あ、あの……」

 ぴとっ

 最後に助けたあの狐っ子である。

 ぴとっ

「あ、あのう、お嬢さん方はその、警務隊の方々に保護して頂けるそうなので」

 ぴとっ

「まずは病院で治療と健康診断を受けてですね……」

 ぴとっ

「その後、組織の悪行について証言を……」

 ぴとっ

「全て終われば家族や友人の元へ……」

 ぴとっ

「……どうしよう……」

 しらねーよ>3人

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