第7話 謎のおっさん ヘンなおっさん

 室内での検査の後、良二らは支給された訓練服と称された、白の綿シャツとズボンを着るように指示された。着替え完了後、2人は案内に従い屋外の訓練場へ向かった。

「ん? どうした良くん、浮かない顔だな」

 平然とした口調で誠一が尋ねる。

「いや、あの最後の検査……黒さん平気で受けてたよね……」

「ああ、あれか。自衛隊の入隊検査でもやったからな、懐かしかったなぁ」

と、誠一は笑いながら答えよった。ああ、経験者なんだ……

「クロダ様、キジマ様、こちらです!」

 ロゼに呼ばれた2人は容子・美月らと合流した。

 誠一が「よ、お疲れさん」と声をかけたが、2人は良二たちと目を合わさず顔を赤らめていた。

 さすがにピンときた良二は、先程の検査を彼女らが同様に受けている状況を連想し、とてもとてもヤバイ心境になった。どう言う顔すりゃいいんだろうな、こんな時?

 

 次は体力測定だ。

 が、アーカンソー将軍の姿は見えず、代わりに良二よりも若干小柄な軍人が待ち構えていた。

「え~、アーカンソー将軍が急用で立会かなわぬ状況になりましたので、私、訓練教官のランボー先任軍曹が、これ以降の検査を仕切らせていただきます」

 誠一と同じくらいの年齢だろうか? 結構年配の、如何にも古参兵士って感じの男だ。

 ランボーの説明によると測定項目はこれまた学校の検査と大差はなさそうだ。短距離走に高跳び・幅跳び、遠投などだ。

 ただ違ったのは、その結果である。

 映画の様に空を飛ぶとか鉄砲玉も跳ね返すとか、そんな派手ではないが、各測定結果は地球にいた時とは大幅に上回っていたのだ。

 短距離走、おそらく100mくらいだったが良二は7秒を切っていた。

 ボール投げは無かったが代わりに槍投げが測定され、良二も誠一も200m越え。

 JKたちも120~130mは飛んだろう。

 どれもこれもが地球では世界記録どころではないスコアであった。因みに男子の槍投げは敷地外の森へ飛び出してしまったので推定値である。

 懸垂も良二たちで80回以上、誠一に至っては200越えであった。

 やはり昨日話していたように、地球より引力が弱いのか? それともほかに理由が? ともかく何かが違っていそうである。 

 故に良二は、ちょっとしたスーパーマンになった気分になってきた。

 異世界に放り込まれた不安感も吹き飛ばすほどの高揚感。JKたちも、先程の検査の事も忘れるほどに、きゃいきゃい喜んでいる。

 体力に関しては、定番のチート能力を期待してもいいかも?

「いやあ、昨日の勇者様の記録にも驚きましたが、皆様もなかなかどうして素晴らしい! さすが勇者様と同じ異世界の方々、と言ったところですか」

 ランボーが笑顔満面で感嘆の声を上げた。

「はあ~、若い子はともかく、私はやはり歳を感じますねぇ。久しぶりに走ったら心臓が破裂しそうですわ」

 と膝に手を置いて音を上げる誠一。良二も、そりゃ、あの腹じゃなぁ、とニヤつきながら二人の会話を聞いていた。

「はっはっはっ、いやいや、ご謙遜を」

 などとランボーは、笑いながら誠一の後ろから肩をポンポンと叩いた。が、次の刹那、

――え?

ランボーは見ていた良二には信じられない行動に出た。

 誠一の真後ろ、誠一の視界から消えた瞬間、笑っていたランボーの顔は豹変し、腰に隠していた棒の様なものを振り上げて誠一めがけて振り下ろしたのだ。

「黒さん!」

 誠一の後頭部を狙い、迫るランボーの得物! 良二は思わず叫んだ。

 だが、良二が叫ぶより早く、誠一は目にも留まらぬ速さで反転すると左手でランボーの右手を払い、自分の右掌底を彼の顎に突き出した。

 しかし、誠一の掌底はランボーの顎は砕かず、寸前で止まった。

 止まったのは誠一の掌底だけではなく、その場にいた全員の動きも同じく、であった。

 それこそ、凍り付く、と言う言葉が一番、相応しいと思えるくらいに。

 そんな中で、

「……参りました、お見事です」

ランボーは呻く様な、絞り出す様な声で謝罪した。

「あまり趣味の良い試験とは思えませんねぇ……」

 誠一の声には強い警戒感と、結構な不満の思いが込められているのが、良二にも感じられた。

 さすが元自衛官か? 専門の訓練を受けた者のそつのない動き。良二は最悪の事態回避にホッとしながら驚嘆もした。

 JKたちは、いきなりのハプニングに身を寄せ合って怯えている。無理も無かろう。

 そんな中、

「お待ちください、クロダ様!」

と、ロゼが叫んだ。

「申し訳ありません! ランボー教官には私が無理を言いました!」

 良二とJKたちは、え? と言う顔でロゼを見た。

 彼女は言葉通りに申し訳なさそうな表情はしているが、それでもかなり警戒心の強い目で誠一を見ていた。

「ど、どういうことですか!」

 いきなりショッキングな状況を見せられて、容子は思わずロゼを問い詰めた。

「クロダ様……。クロダ様のご職業は鍛冶職人とのことでしたが……過去に軍隊、もしくは戦士のご経験があるのではございませんか?」

 あれ? 何で知ってんの? いや気付いたの? たしかに黒さんは自衛隊経験者だけど……などと困惑の良二。

「ご想像の通り、ずいぶん昔ですが軍に在籍しておりました」

 ――お、軍とか言っちゃうか? まあ自衛隊なんて言うよりわかりやすいけど。

「不都合があるのなら、理由をご説明いただけますかねぇ?」

 ランボーの手を放し、ゆっくりと間合いを取る誠一。ロゼとランボー同時に向かってきても対応できる位置を探してるのか?

 ――なんだよ、この張り詰めた緊迫感。心臓鷲掴みにされてるみたいだよ、なんなんだよこれ……

 召喚されてからこっち、良二は頭が混乱する場面が多すぎるとぼやく事しきり。まるで神経が呼吸するたびに削られていく気分だ。

 とは言え、良二の足しない人生経験では次々起こる事態を処理しきれないのはむべなるかな。

 それでも避けるわけにもいかない、目の前で起こっている事に向き合うしかない訳だが、それにしても……

 誠一が襲われる、これは良二やJKたちも同様に襲われる可能性があると言う事を、連想させる。

 俺たちにも異世界ならではのチートズル能力が! とか、ようやく不安が和らいできた矢先であるのにこれもんである。

 軍が自分らを排除しようとしているのか? でもロゼさん謝ってるし?

 良二は状況が全然把握できないでいる。先程の測定結果の高揚感も、どこかに飛び散ってしまった。

「本当に申し訳ありません。ご不快な思いをされたであろうこと、心からお詫び申し上げます!」

 ロゼの謝罪に、ふん、と鼻を鳴らす誠一。

「聞きたいのは理由ですよ?」

と付け足す。

「……今朝がた、馬車の中においてクロダ様は、私が侍女としてだけではなく、護衛も兼ねてると見抜かれておいででした」

良二たちの脳裏に朝の馬車内でのやり取りが過る。

「た、確かにそんなこと言ってたけど、え? 何でそんなふうに思ったのかなって、不思議だったけど」

 と容子。美月はおどおどして容子の腕にしがみついている。

 良二も容子の見立てと同じだった。ただのメイドさんだとばかり。いくら異世界だからって戦闘メイドとかそんな設定……あるの?

「肩」

 え?

「昨日、一昨日、お屋敷でのあなたの肩と今日の肩の高さが違っていた。お屋敷では左だけが下がっていたから、そちらのみ得物を吊っていたと思ってましたが、今日は両方下がってる。おそらく左だけではなく、両の脇に得物を仕込んでおられるのでは? 殿下の護衛のために」

 え、マジっすか? と思うものの声には出せない良二。代わりにロゼが深いため息をついた。

「邸内なら軽装でも予備の武器の補充は容易。しかし外ではそうも行かないから念のため両方に吊って来た。だから肩が両方下がっているのだと……」

「そこに気付かれましたか、私もまだまだですね……」

「たった二日ですがメイスさんやあなたが、フィリア殿下一筋に尽くしておられるのは俺にも伝わってきています。想像ですが今回も、殿下の身の安全の確保に端を発しているように思われますが?」

「どこまでもお見通しなのですね……ええ、その通りです」

「殿下の周りに不穏な動きが?」

「いえ、今現在はそのようなことはありません。しかしながら本日の皆様の測定結果に鑑み……皆様が元の世界にお帰りになられる1年後までの間に万が一、万が一でも殿下を脅かす存在となったらと……基礎的な能力だけではなく、その戦闘力も確認しておきたく……」

「……俺たちを確実に仕留める方策を練るため、に?」

 そう誠一に言われ、ロゼは思わず視線を逸らせてしまった。

「そんな!」

「あたしたちがフィリアさんの敵になるなんて!」

 JKからは魂のブーイングである。ロゼは返す言葉が無いか? ちょっといたたまれなくも感じる。

 しかしフィリアに仕えるロゼとしては彼女に纏わる全ての可能性を洗い出し、吟味し、対策を講じようとする姿勢は侍女長として当然であろう。

 敵対するかも? と疑われるのは不本意ながら、同時に良二はロゼの心境には理解したいと言う思いも同居していた。

 だが、誠一は言った。

「ふむ? それでどうですかね? 俺がもし、殿下の敵に回ったら? ロゼさん、俺に勝てそうですか?」

 そんな誠一の、モロに挑発的な物言いに、良二の背中には一気に冷や汗が走った。

 ――うっわっ! おっさん何を追い打ち掛けてんだよ! そこは「敵になんかなるはず無いじゃないですか、はっはっはっ」じゃねえのかよ!

「命を賭しても……止めさせていただきます……」

 ロゼは俯いたまま、やっと言葉を絞り出した。

「勝てるかどうかと……お聞きしてますよ?」

 誠一、更に追い打ちをかけるの図。

 おっさん、えげつねぇ~! 良二はあふれる冷や汗の中で、そう思わざるを得なかった。

「い、命を……賭しても……」

 ロゼは、勝てる、とはどうしても言えないようだ。むしろ既に敗北を覚悟してるというか……

 だが、それ以上に「勝てません」とは口が裂けても言えない、それがフィリアを護る戦闘メイドの矜恃と言うものであろうか。

 二十歳過ぎたばかりの良二では誠一の潜在能力は計り知れない。むしろ不気味なくらい。

 ロゼがどれほど強いかもわからないが、今の低頭しているロゼさんを見ると良二的には「もう勘弁してやれよ」状態であった。


 パチ、パチ、パチ……


 ふと、気の無さそうな拍手の音が良二の耳に届いた。

 音の方に視線を向けると、拍手していたのは誠一であった。

 この場で拍手? 良二、混乱2割増し。

「フィリア殿下は俺が思っている以上に、素敵で聡明な方なんでしょうね」

 ロゼは目を見開いた。誠一の口から出た言葉は、覚悟していた罵倒・叱責ではなく、包み込むような優しい口調だったからだ。

「メイスさんにしろロゼさんにしろ、おそらくはあのサラさんも、命を投げ出す事を厭わない、そう思わせるほど殿下は心酔できる方なんですね。あなたを見てて俺も心底そう思いましたよ」

 ゆっくり顔を上げて誠一を見つめるロゼ。

「正直なところ、殿下やあなた方には申し訳ないが、俺は殿下のことを100%信頼、それはしていませんでした。勝手にこの世界に連れてこられ、俺らが納得できる情報は与えられず……でも、イヤでも信じなければこの身がどうなるか分からず、無理にでも、ホント無理やりにでも信じなければ……自分にウソついてでも信じなければ家族とは、妻子とはもう会えない、その道筋すら失ってしまう……そういう苦々しい思いを……してましたから」

 冷や汗を掻きまくっていた良二たちは、やがて彼の言葉をじっと聞きいり始めた。

 粗削りながらも、自分たちの心情も代弁してくれているからだ。

「でもスッキリしましたよ、ロゼさん? 俺は殿下を信じましょう。あなた方が信じる殿下を俺も信じます。今ここで誓いましょう、地球に帰るその日まで……いや、よしんば帰れなくなり、一生この世界にいることになっても、俺は殿下の敵にはなりません。我が二人の息子の名に懸けて誓いましょう。この世界にいる限り俺は殿下の敵にはなりませんよ」

 誠一から出た予想外の誓いの言葉。それを聞いたロゼは再び俯き、肩を震わせた。

「お、俺も信じますよ、殿下の事!」

 良二も誠一に乗った。誠一の言った事、それは自分の心情そのままであったから。

「あたしも! フィリアさんのこと大好きです!」

「ずっと信じますよ、あたしも! だってフィリアさん、あたしたちのことちゃんと考えてくれてるもの!」

 容子も美月も続く。

「ありがとうございます……ありがとう……重ねてお詫び申し上げます、皆さまを試すようなことをして本当に申し訳ありませんでした。それと……この件は私の独断であることをどうか、お心にお留め置きを。殿下の命令、指示は一切あり得ないことを……」

「わかってますよ、顔を上げてください」

「はい……恐れ、入ります」

「ま、お屋敷でも俺たちに対してはもう、肩の荷は下ろしてくださいね。あ、ついでに袖口の得物もね」

「「「え?」」」

「もう……。本当にクロダ様には敵いませんね」

と、笑みを浮かべながらロゼが、手首をグッと逸らすと袖口から小刀がバシュッ! と飛び出してきた。

 良二・美月・容子、三人の顎がカクンと垂れ下がった。マジ戦闘メイド!

「まあ杞憂で済んでよかったですな、カーセル殿」

「はい、教官にもご迷惑おかけしまして……」

「あ、でも蒸し返すようで悪いけど、やっぱああいうの危ないよ、もし黒さんが普通の人だったら……頭殴られてたら冗談で済まないよ」

 美月がブー垂れてきた。ホッとして、余裕が出来たのだろう。

 まあ、確かにミツキの言う通り、こん棒とか、あんな勢いで殴られたら生死に関わる。

「ああ、実は……」

「あれ、紙だぞ?」

 ランボーがタネ明かししようとしたが、誠一が先にバラした。

「へ? 紙?」

 良二は先程に続いて、また顎が垂れさがりかけた。

「ほお、流石! バレてましたか~。実はアレ、紙の筒に色を付けて、こん棒のように見せかけたフェイクでして」

「遠目には本物に見えましたでしょ? 教育隊では名物なんですよ。ランボー教官の不意打ちをかわせば出世株だって」

 と、ロゼ。

「黒さん、いつ気付いたの!?」

 思いっきり目を丸くした容子が聞く。

「振り下ろされた時の風切り音、紙と木じゃ全然違うし、左手で払ったときの挙動は明らかに木より軽かったよ。だから気付いて寸止め出来たんだが……マジもんのこん棒なら教官の顎砕いてたと思う」

 マジで何モンだよこのおっさん! それでも腹の出た鉄工職人と言い張るんか?

「こりゃあ、かないませんなぁ。これほどの方なら鬼姫少佐の心配も止むを得ませんかな?」

「ちょ、教官! そのあだ名は!」

「え? なになに?」

「オニヒメショーサ?」

「実はカーセル殿は王女殿下に仕えるまでは、当第一師団騎兵隊に所属してましてな。教育隊当時は私が教官を務めており、その頃から素晴らしい才能をお持ちでしたわ。さっきの不意打ちでも2回目以降は全て躱されましてね。卒配後は若くして多大な戦功を次々上げられ続け、とんとん拍子で少佐にまで昇進したのですが、何せ融通の利かない一本気な性格でしてなぁ」

「お願いやめて、ちょ!」

 ロゼが懸命に遮ろうとするが、JK二人がチートパワーを以ってロゼを止めてしまった。こういう時の美月・容子の踏ん張りは殊のほか強いようだ。ロゼをしっかり押さえてやめさせない。先程の体力測定の結果からすれば、さもありなん。

「道理の通らない命令はガンと無視して軍法会議もなんのその。ある時の大規模な魔獣討伐作戦では、兵の安全を無視した無茶な命令を押し付ける幕僚幹部を一晩中、糾弾し続け……」

「やーめーてー」

「翌朝、他の兵隊が見たものは少佐に土下座で泣いて謝る幕僚たちであったと。その前に仁王立ちして睨みつける少佐の姿はまさに鬼の姫君と言うに相応しく……」

「へー! ロゼさんそんなすごいんだ!」

「カッコいいじゃん! バカ上司押さえつけて筋通すなんてさ!」

「お願い、もう許して……」

 人に歴史ありだなぁ~、としみじみ思う良二であった。


 検査も無事終わり、着換えるために誠一と共に更衣室へ戻った良二は戸を閉めながら、

「いや~、黒さんすごいね、戦闘力パネェじゃないの。ロゼさんの事、見抜いたのもすごいけどあの後感動したよ。ちゃあんと俺たちのことまで気遣ってくれててさぁ……」

と感嘆の声を上げたのだが、そこまで言うと、

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

誠一は、勢いで床が抜落ちてしまうんじゃないか? と言うくらいのドでかい溜息をついた。

 え? 黒さん?

「ヤバかったああぁ! ギリ切り抜けられたぁ! 生きた心地しなかった、なんだよあのハゲ、いきなり殴りかかって来やがって! 何考えてくれてんだよ!」

 え? あ、あの~、見抜いてたんじゃ……

「全く全く! 結果、紙だったからよかったもんのマジでこん棒だったらと思うとゾッとするわ! こっちゃただの職人だっての! 何とか斎だの何々の助だの、免許皆伝必殺剣技出せる達人じゃねぇっての!」

 お~い……おじさ~ん……

「息止まりかけるわ、心臓バクバクヒップホップするわ、血ィ逆流するわ! 寿命縮んだどころじゃねぇっての! こちとら人生とっくに後半戦なんだよ、ふざけんじゃねぇぞ戦闘侍女!」

 もしも~し

「勝手に高評価出して買いかぶりやがって、ああもう、ああもう!」

「黒さん……ランボーさんの気配察してたんじゃ……」

「後ろに目ぇついてるわけねぇだろ! 正面建物のガラスに映ってたんだよ!」

 いや、そこに気付くだけでも……

「でも、見事に攻撃払ってたじゃないの……」

「だから地球との特性差だって! 普段あんな早く反転できねえよ! この腹で何させようってんだよ! 腹筋6つに割れてるわけじゃねぇよ、横に3列だよ!」

 はあ、風呂で存じてます。

「でもロゼさんのことも見抜いたじゃん」

「あれくらいは一目瞭然で分かるだろ! 枯れても元陸自だ、装備有る無しの身体への負担は身をもって知っとるわ!」

 いやいや、俺たちにとっちゃそれ、十分すごいんですが?

「袖口の得物も?」

「服のシワ見りゃ何か仕込んでるのなんか分かるだろ! 二の腕と同じ太さで袖にシワが寄らないって有り得ねぇじゃねぇか!」

 いやいや! だからそんなん一介の大学生やJKじゃ気付かねぇって!

「素直に引き下がってくれてよかったぁ~。アレ、マジもんの仕込みナイフじゃねぇか。向かってこられたらヤバかったぁ~」

「フィリアさんを信じる云々てのも感動もんだったんだけど……」

「何言ったかなぞ、ろくすっぽ覚えちゃいねえよ! 思いつくセリフ並べてただけだよ! みんな昔観た映画や小説の引用ばっかだわ! 覚えてるのは息子の名前云々くらいだよ! でも、あんな祖父だの子供だのの名に賭けて~、とかリアルで言う奴いるか? 俺の先祖や親類に名探偵なんか居やしねぇぞ!」

 いやいやいや、さすが子を持つ親の言葉だと響いたんですけど……

「……午後の魔導検査やめたい……帰りたい……帰って部屋の鍵全部かけて毛布かぶって寝てしまいたい……」

 更衣室に誠一の泣き事が響く。

 返せよ……俺の感動……返せよ…… 良二の誠一を見る目がジト目に変わっていった。

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