第4話 魔素異変

 時は遡って500年ほど前。

 当時のエスエリア防衛拠点の長、後のエスエリア王国初代国王となるフェンは、突如目の前に開かれた門の前で、自分の死を覚悟した。

 最初に開いた門の目撃情報そのままのものが、今いきなり目の前に現れたのだ。聞いていたものより些か小さい気もするが。

 ――終わりだ……今に、この門から魔獣がなだれ込んでくる……そうか……ここまで、か……

 自分の死を悟ったフェン。しかしながら、死を目前にしながら、フェンの心持は不思議な気分だった。

 拠点の長として民を守り切れなかった悔恨と、今の、この苦しみから解放されるのだという安堵感、しかして恐怖は些かも無かったように思う。

 眼前に訪れた自分の死に、フェンは心身ともに全ての力を抜いた。己の死を受け入れたのだ。

 ところが、そんな自分を叱咤するような声が彼の耳に響いてきた。

「諦めるのが早すぎるのではないか?」

 ――幻聴……か? いや、それにしてはしっかりと聞こえた気が……

「違うのか? 目がすでに死にかけておるが?」

 ――聞こえる、やはり聞こえる。どこだ?

 フェンは顔を上げた。自然と門に視点が移る。

 死を前にして、フェンは自分が壊れたかと思った。

 何故なら魔獣が出てくるはずの門からは、細身で髪の短い、人間で言えば30歳前半くらいの女性が歩み出てきたのだから。

「あ、あなたは……」

「まず、名乗れ」

「あ、ふぇ、フェン……」

「うむ。フェン、だな? 我が名はホーラ。時空を司る最上級神である」

「さいじょう……きゅう、かみ? ……神さま?」

「フェン、そなた以外の5人の王や長をこちらに呼びたい、構わぬか?」

 フェンは何がなんだが全く分からなかった。夢見心地とは、この事を言うのだろうか? 彼は、ただ「は、はい」と生返事するしかなかった。

 ホーラと名乗った女神? は、「よし」と頷くと右の人差し指をこめかみに当て、

「了承を得た、参れ」

と、ここに居ない誰かに話しかけた。ホーラが言い終わるや、部屋の5か所がボウッと光りはじめ、人影が次々と現れ始めた。

 1か所に3体、計15体。5人の人間を含め、人だか、人外か分からない者たちが、フェンの部屋に集まった。

 だが人間は誰か分かった。5人の人間はフェンと同じく、呆気にとられた顔をしているからだ。

「揃ったな? では、全員名乗るところから始めるか。我は時空の最上級神ホーラだ」

「私は天空の最上級神ウェン。ドラバントの長と火王を連れて来たわ」

 ウェンと名乗った女神は、かなり少女っぽい外見だ。紺色の髪をツインテールにしているから尚更か。

 続いて火王と呼ばれた、痩身ではあるが背の高い男が名乗った。

「魔界の火王プロマーシュ。此度は同僚のケツを拭きに来た」

 えらく不機嫌そうである。

「そういう言い方は無いだろう? 元々君たちの失態なんだよこれは。っと僕の名はポリペイアン、海の最上級神だ」

 脚まで届きそうな紫の髪を貯える、大変お胸の大きな女神さまがプロマーシュを諫めながら自己紹介。

 次に名乗りを上げたのは、この中で一番背が高く、ビルダーの世界ランカーがちびるほどの筋肉体質のガタイを持った、おそらくは男の魔族だ。

 高すぎる背丈のせいか、顔は影がかかってるような印象であまり見分けがつかず、しかしてその声は、地の底から湧き出るような太い声だ。

「吾輩は魔界の覇王ブレーダーである。此度は我が同胞の行いが元で、貴殿らに多大なる損害を与えてしまったこと、大変申し訳なく思う」

 フェン達、人間代表組は錯乱一歩手前であった。

 魔獣事案だけでも頭に回す血が足りないのに、魔界の王だの女神さまだのに押しかけられても……しかし、彼らの言葉から、今回の原因は魔界にありそうだ、と言う事は何となく理解し始めている。

「確かに今回は魔界の不祥事ですけど、しかしながら、彼らにだって止むに止まれぬ事情というものがありますし……」

「名・乗・れ」

「ああ、ごめんなさいホーラ。私はディーテといいます。愛を司る最上級神ですわ」

 見るからに優しそうで暖かそうで、全てを包み込んでくれそうな瞳の女神さまが若干茶目っ気を出しながら名乗った。

 次いでパッと見、12~3歳くらいの少年ぽい魔族、

「あ、あの……魔界の冥府王シラン……と言います。こ、この度は誠にどうも……」

そう、か細い声で名乗る冥府王は、なんか自信無さげそうに何度も何度も頭をぺこぺこしていた。

 そんな彼の、魔王らしからぬ行状を見かねたのか、隣にいた女性の魔族が半ば呆れた口調で話し出した。

「シラン様、あなたも魔界8魔王に名を連ねる中のお1人です。その戦力は魔王の中でも1、2を争うほど。もっと自信を持ってお話しなさいませ」

 黒い清楚なドレスに身を包み、穏やかに話すその魔族は、ドレス以上に漆黒の髪に赤い瞳、ポリペイアンほどではないが美しいお胸にキュッと搾られた腰をお持ちの、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 言われたシランがショボーンとしていたところ、

「名乗れと何度、言わせる?」

イラついたホーラが若干音量を上げて言ったので、彼は更にビビッてしまった。自分に言われたわけでもあるまいに。

 対して黒ドレスの魔族は、

「……大魔王陛下の命令で参りましたが、あなた如きに仕切られる謂れはありませんが?」

と、しれっと言ってのけた。

「貴様……」

 なんだかこの二人、妙に刺々しい口調で言い合っているが……

 そんな中、慌てて間に入ったのは男性神……かな? 見た目は若そうだが、顔も身体もなんだか特徴らしきものが無い。

 名前は思い出すものの、顔や体つき等、がどうしても思い出せない、イメージできない、そんな感じ。

「ままま、落ち着いてお二方! 今はそういうのは置いといて、ね、ね? ああ、僕は酒と癒しの上級神カルバと言います。上司のマリアルさまの代理で……」

「あの子、まさかまた二日酔い? 酒を司る神が酒に飲まれちゃダメじゃん。転生早まっても 知らないんだから」

と言いだした褐色の肌を持つ女神は、

「私は豊穣の最上級神エイシヤ。この度の人間界での災害には、心からお見舞い申し上げます」

とホーラが切れる前に名乗った。

 ぽっちゃりとは言うには憚る程度の、ふくよかさを持った女神さまだ。

「私は魔界の黒王って呼ばれてるアイラオです。お姉ちゃ……いえ、この黒いドレスの方は夜王ラーさんです、よろしく!」

 黒王と言う名の割には彼女の肌は結構白く、銀髪をポニーテールにして活発そうな女性型魔族が、夜王ラーの分も合せて自己紹介。

 さて、どん尻に控えし魔族は……

「申し訳ございません!」

 いきなり土下座である。

「小官、魔界8魔王の末席を汚しております、智龍王ローゲンセンと申します! 此度は小官隷下の魔族の失態により、多大なご迷惑をおかけしたこと、お詫びの言葉もございません! 今回の件、我が命に変えましても終息させる所存! どうか平に、平に!」

 全身鱗に龍の顔、見事なたてがみも素晴らしい龍人が、頭から生えた凛々しくも見目良い2本の角が床に突き刺さらんばかりの、それはもう見事な土下座。

 斯様に百花繚乱な個性あふるる自己紹介を受けて、人間組はもう何が何やら……などと言う言葉では現せないほど自失していた。

「ローゲのとっつぁんよぉ。そこまで卑屈になる事ぁねぇじゃねぇか。こうしてケジメ付けに来てんだからよぉ」

 そんな人間組の混乱をよそに、めんどくさそうに零すプロマーシュ。

「プロマーシュ様に同意でございますわ。ローゲンセン様? 曲がりなりにも魔界8魔王に名を連ねる御身が軽々しく土下座など」

 と、ラーが続く。

「話が進まん! ローゲンセン、説明せよ」

 ホーラが軽く語気を荒げる。

「敬称が抜けておりますわよ、最上級絶壁胸部神様?」

 この場にいた人間を含む全員がビキッ! と言う音を聞いた気がする。

 なるほど良く見ればホーラは、それはそれは見事なペタンコ胸であった。

「……何か言ったか、三界一の腹黒女。いや、男の喰らい過ぎで…や…の方が真っ黒だったか?」

 今度は全員がブチっという音が響いた気がした。ラーさんは清楚な身なりとは裏腹にお好きなのだろうか? 

 それはさておき、睨み合って硬直しているラーとホーラは放っておいて、

「まったく。言い出しっぺが話停めてどうするんだか。ほら、先生。人間の皆さんにお話を」

と、エイシヤに促されてローゲンセンが、今回の事件の顛末を説明し始めた。


 事の発端は魔界における魔獣の大増殖である。

 もともと魔界は天界や人間界よりも魔力の元である魔素量が非常に多く、魔素が生物の死骸等に集束して孵化よろしく実体化すると魔獣が生まれる。その様な新生や、交尾による繁殖を繰り返し、知的生命体に進化した種族である魔族、野獣並みで進化の止まった、いわゆる魔獣と呼ばれる種族等に分かれていったとされるらしい。

 知的生命体である魔族と魔獣の違いはそのまま、知力や理性の差あたりで区別されており、いつからそうなったかは非常に長寿な種族がいることも相まって、よくはわかっていない。故に現在においては、魔族の遺体に魔素が取り付いて復活しても知性は無く、魔獣として分類されている。

 魔界でも魔獣は魔族が狩ったり飼育したり使役したりする対象である。その生活ぶりは人間界とさして変わらない。

 狩った分はやがて連鎖を経て魔界の自然に帰り、また生まれ出でるのである。ざっくり言うとそんな感じ。

 正直なところ魔素の起源と言うのも不明である。

 更にその魔素が、連鎖の中で増えていくのか減っているのかも不明なのだが、今現在が困っていないので誰も気にしてなかったのである。

 ところがある時、魔界内で魔素が急激かつ大量に噴き出したのだ。

 その魔素によって誕生する魔獣は通例の5倍、あるいはそれ以上と推測された。魔獣の新生、繁殖の数が桁違いに増えていったのである。

 本来、魔族は魔力・体力において人間より秀でている傾向にあるので、通常の駆除等は問題は無いのだが、とにかく発生数が多く、狩っても狩っても湧いてくるので、やがて手に負えなくなって来たのである。

 魔素量を異変以前の濃度に出来なければ、永遠にこのままであろうことは想像に難くない。

 魔界の学者たちは魔素が大量発生した原因を追究するのはもちろん、異常濃度となった魔素を魔界から排出する方法も研究された。


 実のところ、この頃すでに魔界と天界は相互にその存在を認識していた。

 魔族の魔法力と天界の神通力(呼称は違うがどちらも同じである)による感能力はお互いを感知出来ていた。

 更に三界は複雑に、ともすれば単純に絡み合っており、他の二界の安定が自分らの安定であることも知っていた。故に天界も魔界も、それぞれ必要以上に干渉してこなかった。

 時には好奇心に負けた者が魔力を使い、あるいは絡み合いのスキをついて侵入すると言う事はままあった。

 また意図せずに、そのスキにはまり込んでしまった者もいた。

 蒸発・神隠しの類であろうか。


 それらのことは三界の安定を危うくするほどのモノではなく、無視してもいい程度だった。

 しかし今回は違う。魔界に噴き出した魔素を放っておいて魔界が不安定になれば他の二界にも影響が及びかねない。

 何とか魔素を排出・処分しなければならないわけだが、一体どこに捨てるというのか?

 魔素自体を圧縮し封印する? いや圧縮や封印自体も魔力を使わなければならない。根本が同じでは喰い破られるのにそれほど時間はかかるまい。

 星の海(宇宙)へ放り出す? ダメだ、そんなことができる魔法も技術も無い。

 これと言った解決策は無く、時間が無駄に過ぎていき、魔界での魔獣による被害者は増える一方であった。

 8魔王や、その上に君臨する大魔王がその気になれば一気に魔獣を半減させることは可能だ。

 だが根本的な解決にはならない、問題は魔素の総量だ。

 それに8魔王の本気攻撃では、他の二界にも影響は必至である、それはマズい。

 そこで考え出されたのが、星の海へ投棄――からの発想で、異世界への逆召喚による排出と言う方法だ。

 異世界からの召喚を行う魔法、これ自体はこの時点よりも昔、既に完成されていて古くから未知なる技術や能力、知識の獲得などに使われてきた。

 一般の魔族と桁外れの能力を持つ8魔王級の魔族は、その時に召喚された異世界種族の末裔では? と、まことしやかに言われていたものである。

 その後、召喚魔法は世界を不安にこそすれ、安定には寄与しにくいとされ、封印されて来たのだが、それを逆に利用しようという案が出てきた。

 召喚魔法陣の標的と転送先を逆に構築すれば、魔素を異世界へ輩出できるのではないか? と。まあ排出された異世界はえらい災難である。

 が、魔界としてはそうも言っていられない、事は一刻を争う。

 まずは試験的に荒れ地に一本道を作り、その先に魔法陣を構築し、起動させて一定時間、転送の門を開く。そこに魔獣を誘い込み、異世界、若しくは異空間に飛ばしてしまおうというのだ。

 作戦はすぐに発動された。

 逆召喚魔法陣はいつでも起動できるように魔導士たちが待機し、魔獣誘導部隊が魔獣の群れを引き連れてくるのを待つ。

 やがて誘導部隊第一陣が魔法陣に向かって多数の魔獣を引き連れてきた。

 鼠のような小型の齧歯類系の他、兎や犬に猫らの小型魔獣、馬、牛系の大型魔獣。果ては身の丈3mを超す人型の魔獣までが囮部隊を捕食しようとまんまと誘い出された。

 起動は誘導部隊が通過したわずかな時間を狙って行われた。タイミングを合わせ、8人ほどの魔導士が魔法陣を起動させる。

 すると次の瞬間、魔法陣に大穴が開き、誘導された魔獣どもは想定された通りに、次々と異世界へ飛ばされていったのだ。

 引き連れてきた魔獣は最後の一頭まで、全てが魔法陣の穴に吸い込まれていく。

 成功だ! 

 正に計画通り。

 期待通りの戦果を治め、魔族軍の誘導部隊、待機部隊ら全軍の兵が歓喜した。

 ウオオオオオォォォォォォーーーー!

 一斉に勝ち鬨があがる。魔獣問題に光明が見えて来たわけで歓喜の声にも力が入っていた。

 第一陣の成功に気をよくした魔界軍は、間を置かず第二陣・第三陣の作戦の決行が承認された。

 第一陣において逆召喚法式の効果が実証され、第二陣以降は各地で同規模の魔法陣が展開され、三陣目、四陣目と回を重ねるごとに効率化が図られ、これと言った問題も起こらず、魔獣の追放作戦は順調に推移していった。

 その後、第五陣まで計画通りに消化されていった実績から、次の第六陣では規模を大幅に拡張されることに計画は変更された。

 それまでは一回の作戦に付き、千頭から多くて二千頭弱の魔獣を処理出来ていたので、第六陣は一万頭、あるいはそれ以上を処理できる規模まで拡張されたのである。

 各地とも、誘導路の本数も増やされて、作戦が発動されると各方面から続々と、それまでよりも遥かに大量の、数倍の魔獣を魔法陣に誘導させていったのだ。

 大型化した魔法陣を制御するため、魔導士たちも相当数増員され、考え得る万全の準備で以って起動準備に入った。

 だが、時に現実は無情なもので、人智を越えた自然現象というものは常に潜んでいるのである。その予想外の事態がこの時、魔法陣近くで起きてしまった。

 増員された魔導士によって展開された巨大魔法陣、その今までより強力な魔力に当てられたのか、その現場のすぐ近くで大小さまざまな魔獣が大量に発生してしまったのだ。

 もちろん不測の事態に備えて護衛隊は配置されてはいたものの、あまりにも虚を突かれ、その数は護衛隊を無力化するに十分な規模だった。

 近辺の小動物はもちろん、昆虫類辺りの小さな生物まで魔獣化して、魔界軍に襲い掛かって来てしまったのだ。

 鼠たち齧歯類から変化した魔獣が、兵士たちに取り付いて身体を齧りまくり、羽虫の魔獣は、まるで散弾さながらに目や鼻を襲い、視力を奪われ、あるいは窒息させられたり、魔獣化した蟻など兵に憑りつくや、身体の穴と言う穴から侵入し、内部から喰われていくと言う、まさに阿鼻叫喚。そこへ誘導された大型の魔獣がまでもが突貫し、得も言われぬ地獄絵図が展開された。

 第五陣までの成功で気が緩んでしまっていたのも原因の一つだろう。魔法陣を制御していた魔導士たちも同様に、発生した魔獣たちに次々と襲われ、倒され、喰われていってしまったのである。

 更に中途半端に起動を始めていた魔法陣に魔獣が乱入、加えて襲われた魔導士による防御や攻撃魔法が入り乱れて魔素が干渉しあい、暴走・拡大を始めてしまった。

 図らずも門は構築できたのだが、門の大きさは桁違いに膨張した挙句、術式は迷走し、転送先が一番手近な所へ変わってしまったのだ。

 そう、人間界に。



「小官隷下の学者・魔導士が不測の事態の対処法をおろそかにしてしまったこと、いくら悔やんでも悔やみきれませぬ!」

 一通りの説明を終えたローゲンセンは再び、詫びを入れた。

「自分ばかり責めないでよローゲンセンさん。魔法陣護衛隊は僕の指揮下だったんだし……力及ばず、ほんとうにごめんなさい」

 シランも頭を下げる。身長150㎝にも満たない少年風の面持ちだが、背中に生えているご立派な翼がフェン達を圧倒していた。

「自分の非を認めて素直に謝るのはいい事よ? でも今はこれからのことを相談しなきゃ」

 とウェン。

「あ、あの……」

 人間の中の、シュナイザーと名乗る男が、やっとの思いで口を開いた。

「ん? なあに?」

「私たちは助かるんですか?」

「もっちろんだよ。そのためにあたしたちは来たんだからね!」

 そう言いつつウェンは、あまり存在感の無い胸を張って言った。無いと言ってもホーラほどではない。

「先程説明した、最初に開いた門は魔界の魔導士が総がかりで閉門に成功した。が、人間界に流入した魔獣は残存総数の1/2にも昇った。これから我らが駆除する作戦を実行するので、その周知と許可をいただきたい」

 と、覇王ブレーダーが人間界に干渉する許可を求めた。

「魔獣を倒してくださると?」

「左様、我ら魔族と共に天界の神々も手を差し伸べて下される」

「おおお……」

 正に天啓、まだ脳裏に混乱が残るものの、人間の王・長たちにはこの申し出を断る理由などはない。希望が見えるのなら文字通り、藁にもすがる思いだったのだから。合議するまでも無く、答えは全会一致だろう。

「魔獣がいなくなれば我々はまた元の生活に戻れるんですね?」

 涙交じりの声でブラッカスの長、ガーランが訊いた。

「そう簡単には行かねぇ」

 ガーランの問いにプロマーシュが若干非情な口調で答えた。

「問題は魔素だ。魔獣を倒しても魔素の量はそのままだ。魔界に全部送還も手だが、そうするとまた同じ事の繰り返しにも成りかねねぇんだ」

「だから虫のいい話で悪いんだけど、魔獣の討伐を手伝う代わりに人間界で魔素を引き取って欲しいんだ」

 アイラオが続く。

「三界の中で魔素が一番少ない……いや、ほとんど無いのが人間界なんだよ。天界でも多少引き受けるつもりだけど、やはり人間界にお願いしたいところなんだ。もちろんデメリットだけじゃないよ」

 ポリペイアンがそう言うと、続けてディーテが受け取る。

「人間界は魔素がほぼ無いため、魔法学・魔法技術が全く進歩していません。そこで天界や魔界の魔法に関する知識・技術を皆様に提供したいと思います」

「我らに……魔法を……?」

「皆さんの生活は激変します。強力な攻撃魔法は大きな獣と同等に戦えますし、灯を燈す魔法により夜の闇におびえることも無くなり、その手間をかけて起こしていた火は一瞬で起こせるようになり、水や風を思い通りに導くことも可能になります」

 睨み合いに飽きたホーラとラーも加わってきた。

「つまり魔獣の発生を抑えるには魔素を他で消費するしかない。放っておけばまた魔獣の素になってしまう可能性が高い」

「しかし人間界でもこれから魔獣は生まれてくるでしょう。でも魔素を分散することで生まれる魔獣が巨大・凶悪化することもまた避けられると思われます」

「つまり今、防衛拠点として分かれてる6か所で国、もしくはそれに相当するものを改めて興し、相互に不可侵条約を結んで共に発展するんです。人口が増え、魔素の消費量が増えればその分、魔獣も減ると言う事になるんじゃないかと」

とカルバ。

「これで失われた命が戻ってくるわけではありません。しかし、せめてもの償いとして、人間界の復興の足がかりが確立した暁には、小官が腹掻っ捌き、以て鎮魂といたしたく……!」

 相変わらずのローゲンセンである。

「龍人のとっつぁんが腹切ったくらいで死ねるのかよ?」

「黙れ若僧! 茶化すでないわ!」

「結構です! 結構ですから! 自決なんてしてもらっても!」

 いたたまれずアーゼナルの王ミウトが叫んだ。

「どのみち我らだけでは滅びを待つだけだ。この上は神々や魔族の方々におすがりする以外に未来は無かろう」

 トラバントが魔王や神々の提案に承知の意向を示し、当然の事ながら他の長たちもこれに同意した。それ以外に打開策などない、正に一択。

 かくして天界・人間界・魔界の三界は、この時点で相互に繋がって今現在の世界へと構築されていくのである。


                 ♦


「とまあ、経緯・詳細はかなり大雑把ではありますが、この時に今現在の世界の基盤が出来上がったのです。図らずも魔獣の脅威が減った魔界からは、魔獣退治・魔法の指導以外にも復興の労働力が提供され、お互い感情的な紆余曲折等有りましたが、それらを乗り越えて、今の三界の繁栄を手にできたのです」

 メイスは大雑把と言うが、4人にはこれだけでもかなりの情報量である。

 全員「はぁ……」と返事するくらいしか反応できなかった。

 ファンタジードラマ、と言うか、長いお伽噺でも聞いているような気分であった。

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