第3話 お勉強の時間

 あれから4人で小一時間ほど話を続け、お互いの趣味や好み、生活状況などを語り合い、その後まもなくお開きになった。

 3人と就寝の挨拶をして自室に戻った良二は、キングサイズより広いベッドに身を預け、あまりにも、あまりにも劇的な一日を思い起こしていた。

 とは言うものの、脳内はまだまだ纏まりが付かない。

 第一これほど脳に負担をかけたのは、20年ちょいの人生の中で間違いなく、この日が一番だ。

 そんな中でも、

――このまま眠って、目を覚ましたら、いつもの自分の部屋……

などと言う、夢オチさながらの期待も、わずかではあるが残っていた。

 だが、良二のそんな思いも現実は容赦なく否定してくれた。

 件の期待を思った直後に睡魔を感じ、意識が途切れた次の瞬間、既に朝が来ていたのだ。

 もう心身ともに疲れていたのは間違いはなかったが、全く熟睡にもほどがあるってくらいの爆睡、これも人生初めてだ。

 だるさの残る体を起こし、自分のアパートの部屋より広いんじゃね? って思えるくらいのベッドを見渡すと、昨日、起こったことが現実なのだと改めて思い知らされた。


 窓から差し込む爽やかな朝の光を浴びながら、良二はとても爽やかな顔とは言えないビミョーな表情で身体を窓枠に預け佇んでいた。

 自分たちの世界とさして変わらぬ日差し……

 さして変わらぬ空……

 さして変わらぬ風……

 だが大地に目を移すと全く異なる世界である。

 遠くに見える街並みは、確かに中世欧州風と感じることもできるが、やはり何かが違う。

 屋根の形? 色? 聴こえてくる音? 

 度を過ぎた爆睡のせいか、頭はまだボーっとしている。考えが纏まるどころか、考える事すら億劫になりそうだ。

 しかし、

 ――異世界、だよな……

これだけは認めざるを得ない。間違いなく自分は今、異世界にいる。これは現実だ。

 1年後……1年後まで、ここで生きていかなければならない。


 コンコン……

 ノックの音が響いた。その音に、条件反射の様に「あ、はい!」と答える良二に、

「おはようございます、キジマさま。朝食の用意が整いましたので、食堂までご案内させて頂きたく……」

と、ドアの向こうからメイドの声。 

 良二は「わかりました」と返事をし、少し身なりを整えると(昨夜は服もそのままでベッドに沈んだ)廊下に出て、そのメイドに食堂まで案内してもらった。

 容子・美月、それと誠一にフィリアも既に来ており、良二が最後だった。

 まずは待たせたことを皆に詫び、勧められるまま席に着いて、用意された朝食を頂く。

 イタリアか、フレンチブレックファーストを思わせる料理を前に軽く合掌した後、まずはスープに手を付けた。

「皆さんは同じ宗派なのですか?」

 はい? と質問された4人はキョドった。

「皆さま食事前に、同様に合掌なされたので……」

 良二は質問の意味は分かるものの、どう言ったら……と、戸惑い、対面の容子・美月を見たがやはり同様なようで……2人の視線は良二の右にいる誠一に向けられ、ついでに自分もそれに倣った。

 3人から任せた! とばかりに目線をよこされた誠一は、俺かよ! てな表情になったが、ひと息つくと話しはじめた。

 自分らの世界では様々な宗教・宗派があるものの、わが国では概ねどの宗派も合掌して食事をすることが多く、神に感謝する、糧となった生物の命に感謝する、目の前の食事に関わったすべての人たちに感謝するなど、個人がそれぞれの思いを込めている感じ等々説明した。

 細かく言えば色んな事例を並べねばならないが、キリがないのでその辺は適当に。

「そうですか。世界は変わっても、恵みに感謝すると言う気持ちは変わらないのですね」

「そう言えば、こちらの世界は神さまと直接触れる、というか対面することができるようなのですが、オクロさまでしたか? 先日同席されたという……」

 逆に誠一が質問した。

「はい。とは言っても、そうそう頻繁にお会い出来るわけではありませんが……特にオクロさまくらいの上級神や、その上の最上級神の方々とは王族と言えど、生涯でも手で数える程度しかありませんね」

「神さまに位があるみたいですね?」

 良二が突っ込んでみた。

「その通りですが、詳しく説明しますと長くなりますので……」

 フィリアは説明を一旦切り上げて、食事を続けながらお聞きを、と断り、

「私はこのあと王宮に赴き、昨日の儀式について報告、今後の対応策について協議に加わるよう命じられております」

と、今日これからのことを説明し始めた。

「その間、私の側近であるメイスが、皆さまに今回の事や、こちらの世界情勢・状況についてご説明いたします」

 昨日と同じくフィリアの左右に控える2人のうち、右に立っている金髪碧眼の女性が軽く頭を下げた。

「本日の協議では皆さまの今後についても議題に上げられますので、私は皆さんにご迷惑のかからぬよう努力するつもりでございます。そこで結論が出るまでは、皆さまには当家に留まっていただくことになり、皆さまの自由を束縛することになってしまいますが、何とぞご容赦ください」

 沈痛な面持ちで話すフィリア。

 昨日今日、会ったばかりな上、今回の事件の張本人である彼女を信用するには引っ掛ることが多すぎるが、正直なところ良二はフィリアが責任を感じて自分らに尽力してくれてるのだと思い始めた。いや、思いたくなってきた。

 でなきゃ、自分の足元がヤバくなるわけだし……

「それでは私は王宮に向かいます。後のことはメイスに任せてありますので、なんでもお尋ね下さい」

 と言い残し、フィリアはもう一人の側近と共に食堂を出ていった。

「改めまして、私はフィリア殿下の側近として侍女長を務めております、メイス・パレットと申します。以後お見知りおきを。この後、食事が終わられましたら別室へとご案内いたします。そこで、今現在の皆さまの状況について、ご説明させていただきますので宜しくお願いします」



 というわけで食事もそこそこに(良二もJKも昨日の今日で食が進むはずも無く、完食したのは誠一だけだったが)良二たち4人は、昨日最初に通された応接間に案内され、メイスの説明を受けることとなった。

 机の上には既に地図らしきものが広げられていた。どうやら、この世界の地図らしい。

 細かいところはわからないが、この世界は大雑把に5つくらいの大陸が存在している。

 地図を見ていると、その形状、配置は、なんとなく地球と似てないか? 良二がそう感じるのは、そういう風に脳が補正してしまっているせいだろうか?

「なんだか、あたしたちの世界と似てる……」

 地図を見ながら容子が呟いた。

 ――あ、俺だけじゃなかった……

 メイスが、私の予想、と前置きしながら、

「おそらく今回の召喚魔法陣は、異世界の中から我々の世界と良く似た情景の世界を検索し、更に勇者の素養を持つ人物を特定されるように働いていたのだと思われます。魔法陣構築の際に、我らの世界によく似た場所なら、可能性が高いのではないか? との仮説が支持されていたとの噂を聞いておりました。それはさておき……」

 メイスはエスエリア王国を取巻く世界情勢について話を移した。

 ざっくり言うと、地球で言えばヨーロッパ全てがエスエリア王国。

 アフリカに相当するダロン王国。

 アジアを中心としたアーゼナル皇国。

 南北アメリカあたりに位置するシュナイザー帝国。

 中東インド辺りがブラッカス公国。

 豪州とムー大陸をくっ付けたらこうなるか? てな感じの大陸がドラパント王国。

 この6つの大国が存在している。

 御多分に漏れず、この世界も地球と同様に戦争の連続で、各地で縄張り争いが続く歴史であったという。

 それが今現在、6つの大国のパワーバランスが保たれるようになったのは、今より500年ほど前に天界・魔界が発見されたからだと言う。



「発見……ですか?」

「新たに見つかったというより、認識できるようになった、と言うべきでしょうか」

 何だろう? 煮え切らない返答だが、メイスも、うまく表現できないのだろうか?

「天界とか魔界とか、この地図ではどのあたりですか?」

 容子が聞いた。示してもらえれば、こちらも状況がわかりやすい。

 が、メイスの答えは、

「ここです」

と胸のあたりで両手を広げるというものだった。

「「「「へ?」」」」

「ここが天界であり、人間界であり、魔界なのです」

 4人とも20秒ほど固まってしまった。一言で言えば意味わかんねー! である。

 だが、ラノベに感けていた良二は、ふっと思いついた。

「多次元世界……とか、並列世界?」

「当たらずとも遠からずな感じです。つまり、この空間には三界が同時に存在し、三界をもって、この空間が存在しているのです」

 なんかSFやファンタジーでそんな設定あったよな~、と思わずにはいられない良二であった。

 容子や美月は、何だか良く分からないって顔をしているが、誠一はコクコクと頷いている事から、理解はしているようだ。

 メイスが説明を続ける。

「当時は今のような6か国ではなく、大小多くの国に分かれていました。現在、アーゼナル皇国とエスエリア王国との国境を抱える、ベルナン伯爵領もその一つでした。水源地帯を争う戦いが起こっていたのですが、その最中、戦場のど真ん中に、いきなりが開いたのです」

「門? 天界か魔界への通路?」

 誠一が質問した。

「その通りです。開いたのは魔界との通路でした。その時、魔界に生息していた、夥しい数の魔獣が人間界に流れ込んできて、その場の兵士たちに手当たり次第に襲い掛かったのです。戦場にいた兵士は両軍ともで5千人は居たそうですが、一人残らず食い殺されたと言われています」

「ひっ!」

 5千人の犠牲者。今の不安な心情も相まって、美月の口から小さな悲鳴が漏れた。

「ま、魔界が攻めて来たんですか?」

 震える声で容子が聞いたところ、メイスは、

「違います」

と、ケロッと答えた。

 すっかり魔界の侵攻かと思った良二、おそらくは誠一も、緊張していた肩がガクッと垂れ下がった。

「当時の魔界では魔獣の大増殖が問題になっておりまして、何らかの手段を講じねば魔族の方々の生活にも支障が有るとのことで頭を悩ませていたそうです。それに対処するため、魔族の魔導士らが思考錯誤の末に考案した、魔法による駆除方法が確立されました。その方法は、初期の頃は成功し、かなりの効果があったそうなのですが……とある事故により魔法が暴走、魔界と人間界の間に門が出来てしまい、そこから魔界の魔獣がなだれ込んできたのです」

 魔族が魔獣に手古摺るの? 何か引っ掛る良二。

 魔獣って魔族が隷下に置いたり、使役したりするもんじゃ? などと。

 とは思うものの、自分の頭にラノベのイメージがこびり付いてるだけ? とも考え直す。

 少なくとも、今自分らの居る場所では、魔族も人間も、魔獣に手古摺ってる、それが現実なのだと。

「居り悪く、開いた先が死者、負傷者だらけの戦場でしたので、血の臭いや死臭に刺激された魔獣たちの勢いはすさまじく、流れ込んだ魔獣の数は数十万頭とも数百万頭とも。魔獣はその国境を中心に東西南北、食料である人間を求めて広がり始め、諸国は縄張り争いなどしてる場合ではなくなりました。互いに休戦し、手を取り合って魔獣を撃退することでこの窮地を脱するしかありません。その防衛線が大きく6か所に別れ、今の6大国の元になったとされています」

 メイスは地図の6か所を、指し棒で小さく丸で示した。今現在の王都・帝都の場所のようだ。

「人が生きていられる土地は、一時期は今の1/5以下まで縮まったといいます。魔獣の中には食材として利用可能な個体もいたらしいのですが、肉だけで生きていけるわけも無く、各国ともにどんどん疲弊していきました。人口は半分にまで減ったとも……当時の各王は幕僚たちと連日協議の繰り返しでしたが、形勢を有利に導く手段も無く、絶望に近い日々だったと言います。」

 ふうっ、と一息ついたメイスは、更に続けた。

「しかし、魔獣の災難が突然起こったように、救いもまた突然現れました。ある日、時を同じくして6か国の王の前に突然、新たな門が開いたのです」

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