第28話
俺は目が覚めると異世界にいた。
どうやら現実世界で死んでも、この世界では関係ないようである。
俺は少し安堵した。しかし、もう向こうの世界には戻れない。
姉さんの治療費を稼ぐという目標もついえた。
俺は動揺していたが、周りの人にこの悩みを悟られるわけにもいかず、立ち振る舞いはいつも通りにするように心がけた。
昨日はシュリの村へ行く途中にある別の村に泊めてもらい、今日はそこからシュリの村へ向かうところだ。
そして、朝起きてしばらくすると俺とシュリは昨日テイムした魔物を連れて、村を発った。
村を歩き始めてすぐにシュリがとあることを言いだした。
「サトウ様、この子に名前を付けましょう!」
「確かにそうだな。呼ぶときに困るもんな。何かいい案はあるか?」
「クロ」
クロ……。
「そんなのでいいのか?」
「だめですか……?」
シュリは本当にクロという名前にしたいみたいだ。
「分かった。クロにしよう」
シュリは笑顔になり、クロをなでなでする。
「良かったね、クロ」
するとクロはどういうわけか俺の股の下に入り込もうとしてくる。
俺が避けるとまた入り込んでくる。
「どうしたんだ?」
「もしかして……、私たちを乗せたいんじゃありませんか?」
なるほど!
確かにこいつの体なら2,3人乗っても耐えられそうだ。
よいしょっ!
俺がクロの上に乗ると、喜んでいるのか尻尾を振っている。
「シュリも乗りなよ」
「はい」
シュリも俺の後ろに乗り二人載ったが、普通に動けそうだ。
クロに乗ってシュリの村へ向かうことにした。
「クロ、あっちの方角だ。いいな」
クロが小さくうなずく。
そして、一気に走り始めた。
思ったより早いスピードが出る。
風に当たって気持ちよかった。
「気持ちい~、このままだと、すぐについてしまいますね」
「ああ、そうだな」
そのままクロは走り続け、本当に1時間ほどでシュリの村まで着いてしまった。
村へ着くと村人たちが出迎えてくれた。
「お帰り、早かったですな」
バジルが出て来て俺たちに言った。
「クエストの途中、たまたまこの村を通ることになったので、寄り道しました」
「そうでしたか。ところで妹殿のご様子があまり良くないようです。一度会ってやってください」
シュリの顔が一気に不安でいっぱいになる。
「分かりました」
シュリは走って自分の家に向かって行った。
「ネネ!!」
シュリの妹であるネネの部屋に入って行った。
「シュリお姉ちゃん!」
シュリはネネとハグをする。
「バジルがネネの容体が悪いと言っていたので、心配したのですよ」
「心配してくれてありがとう」
バジルはああいっていたがネネは元気そうだ。たた、顔色が悪く、あまり健康そうな感じはしなかった。
俺はネネと目が合った。
「初めまして、サトウだ。よろしく」
「へ~、これがお姉ちゃんの彼氏?」
「ちょっと、ネネ!」
「あははは、お姉ちゃん顔が赤くなってる~」
「もう~」
「ゲホッゲホッ」
ネネが急にせき込み始めた。
「ネネ!もうゆっくりおやすみなさい」
「うん、そうする……」
こうして俺とシュリは部屋を出ていった。
「ネネは小さい頃から体が弱く、あまり外に出たことがないのです。だから、私がお金をためて、ネネが喜びそうなものを買ってやりたいのです」
シュリは優しい子だ。俺にも姉さんがいたから兄弟を思う気持ちはよく分かる。だから、シュリと妹のネネのためにも、クエストを成功させると心に誓った。
この日はシュリの村で旅の準備をし、翌日からの本格的なクエストの道のりに備えた。
ドラゴンが住む山へはおそらくクロに乗っても2日はかかるようだ。
俺とシュリはその間の食べ物や飲み物の準備をした。
今日はシュリの家で寝ることにした。
もし、現実世界で死んでいたら、もう向こうでは目覚めないだろう。
起きたら茜に会えることに期待しながら、眠りについた。
しかし、起きるとやはりシュリの家だった。
やはり、現実世界にはもう戻れないようだ。
向こうの世界で俺は死んでしまったようだ。
茜にはつらい思いをさせてしまって申し訳なく思っている。
が、そんなことを言っても仕方がないので、俺はこの世界で精一杯生きるしかない。
「シュリお姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
妹のネネが寂しそうにシュリに言った。
「おいしいもの買って戻ってくるので、楽しみに待っていなさい」
「おいしいもの!」
妹の顔に笑顔が戻った。
「なので、ネネ、体には気を付けてください」
そう言い残して、俺とシュリは村を発った。
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