第6話 悪魔出現

 「す、凄いじゃない私」


 やれば出来るんだ、こんなにもお客さんが集まるなんて。もしかしたら、新たな才能の開花かしら。それとも、看板娘の私が美しいからなの。


 プラカードを抱きしめながら自惚れるニコを押し寄せる客達が押し倒した。


「もう、私の姿が見えないの」と、地面に尻もちを付くニコは食堂の方に目を向けた。


 店内に入りきらなくなった人が外に溢れている。


 トット食堂だけでなく隣の二軒の店も押し寄せる客でパンク寸前だ。


 普段の昼時の光景を知らないニコは、これが普通だと思い込んでいた。


 しかし、何かが変だ。食堂に入ろうとする人以外も食べ物を求め彷徨っている。


 次第に通りは人で溢れる。露店に群がっていた人々などは、お金も払わず食べ物を奪いだす始末だ。


 生のまま野菜や果物や肉にかぶりついていた。


「おーい、ニコ! 外は良いから、中に入って手伝ってくれ」と、食堂に入ろうとする人を押しのけながらトットが叫んでいた。


 もう、しょうがないわね。なんて人使いの荒い奴なの。


 鼻息が少々荒くなったニコは、立ち上がるとお尻に付いた土を両手で掃った。


「お聞きなさい、飢えに苦しむ民衆どもよ! これは、デーモン族の仕業なのですわ。今こそ我らの神アンゲル様に助けを求めるのですわ」


 通りの真ん中で両手を天に掲げながらアンゲル教の女官サテラが信者を増やそうと大声を張り上げていた。


 平和な時代に勇者が必要とされないのと同じように、神にすがるほどの苦境や脅威が無くなれば宗教も廃ってしまうのだ。


 これ以上信者が減ってしまうと、教会運営に支障をきたしかねない状況にまで陥っていた。


「さあ、うっ・・・、皆さん、あがっ・・・、私の、・・・がはっ・・・。もう、いい加減に人の話を聞きなさい」と、正気を失った人々にサテラは揉みくちゃにされていた。


 昔、勇者認定をする為に訪れた教会で神官達が着ていた青色のローブと同じ姿のサテラが気になったニコは、地面にうつ伏せで倒れる彼女に近づいた。


「ねえ、ねえ。あなた、そんな所で何してるの?」


「見て分からないですの、信者を増やそうとしているのですわ。あなたこそ、その男を意識した嫌らしい格好は何ですの」と、丸く開いた胸元から解放されるニコの胸を指先でつついた。


「きゃん! ちょっと、いきなり人の胸をつつかないでよ」と、ニコは胸の谷間を手のひらで隠した。


「ふん! 私より少しばかり大きいからって、図に乗らないで欲しいですわ」と、砂としわだらけになったローブを叩きながら伸ばした。


「あなたさっきデーモン族の仕業だと叫んでいたけど、本当にそう思っているの?」


 グイっと前のめりになってニコに顔を近づけたサテラは、ニコから目を離さず上空を指さした。


 サテラが指さす方向へニコは顔を向けた。


 そして、彼女の目に映ったのは・・・。


 なんと宙に浮く黒色の丸いフォルムをした翼の生えた犬だった。


 見た目も大きさも柴犬ぽっくて愛らしいのだが、紛れもなく食欲の悪魔シバべロスだ。


「ハン、ハン、ハン・・・グッギー! ハン、ハン、ハン・・・グッギー!」と、耳をすませば遠吠えが聞こえて来る。


 一見すると危害のなさそうな悪魔シバべロスの発する遠吠えは、脳にある満腹中枢を強烈に刺激する。


 その声を聞いた人々は、食べても食べても満腹感が得られなくなり、胃が破裂するか窒息死するまで食べ続けてしまうのだ。


「あっ、あれは、犬ぽい何かがフワフワ浮いてるじゃない。あれが、何だって言うのよ」


「そうよ、あれがデーモン族のシバべロスですの。見た目と違い凶悪なんですわ」


「へえ、どう見てもカワイイ生き物って感じだけど。あれがデーモン族なの」


「その様子だとデーモン族を見るのは初めてなのかしら。私のような高貴な女官は、常日頃から怪異を目にしているから直ぐに見つけられますわ」


「は、は、初めてじゃないもん・・・」と、何故かニコは、しおらしく恥じらう態度を取った。


「それにしても変ですわ」と、サテラは考える人のポーズを取った。


「何が変なの? 私の着ている服の事じゃないわよね」


「あなたのハレンチな服なんてどうでも良いですのよ。どうして、あなたはデーモン族にたぶらかされないのかしら。普通なら幻覚と幻聴で周りの人達と同じ様になるはずですの」


「そんなこと言われても知らないわよ。あなたこそ、何ともないじゃない」


「そりゃあそうですわ、わ・た・く・し・は、女・官・で・す・の。神に仕える者がデーモン族の術にかかる訳無いですわ」


「そうか、なら私は勇者だから大丈夫なんだ」


「えっ、あなたは勇者ですの?」と、全否定する目でサテラはニコを見つめた。


「そうよ、ほら、これが勇者の証なの」と、チャイナドレスの半袖を肩まで捲し上げ腕を見せた。


「こ、これは、勇者の紋章ですわ。あなたの紋章、光ってるけど大丈夫ですの?」


 サテラに指摘されたニコは、初めて紋章が光っているのに気が付いた。


 紋章が光り輝く時は、どんな時だったかな。


 こめかみに指を当てるニコは、消えそうな過去の記憶を辿り辿って城の書庫で見つけた資料に書かれていた記述を思い出そうとした。


「そうだ、確か興奮したら紋章が光るんだった・・・様な気がするけど」


「はあー、どうして興奮したら光るのですの。それが本当ならこんな状況であなたは、何で興奮しているのですの。変な性癖でもあるの・・・」と、サテラは軽蔑の眼差しになった。


「ち、違うわよ! 私には変な性癖なんてないもん。それに興奮なんてしてないもん」


「それなら、どうして紋章が光っているのですの。あなたの答えが、そもそもおかしいのですわ」


 サテラにツッコまれたニコは、チッと舌打ちをした。


 人を変態呼ばわりするなんて、ムカつく女官だわ。


 えーと、何だったのかな。どんな状況になったら紋章は光ったのかな。


 再度考えるニコは、数年前に読んだ物語を思い出した。


 その物語には確か、『姿を隠し忍び寄る魔物の存在を光り輝く勇者の紋章が知らせた』と、書かれていたはず。


「分かったわ。もし、勇者が魔物か悪魔に出会ったら紋章が光るのよ」


「やっぱり、あなたは本物の勇者の様ですわ。教会の記録に書かれている通りですの。それじゃあ、早くあの悪魔を退治してくださらない」


「えっ、そんな事を急に言われても・・・。まだ、心の準備が出来てないし・・・」


「あなた、何をおっしゃっているのです? 勇者は、魔物や悪魔から私達を守るための存在なのですわ。つべこべ言わずに早く戦うのですの」


「えー、勇者だけど解任されちゃったし。あいつを倒しても私には何の見返りも無いし、それに、あいつを倒すための武器が無いよ!」


「あらやだ、残念な子だったの。それじゃあ、もしあの悪魔を倒すことが出来たら私がその見返りとやらを差し上げますのよ」


「本当に、でも信者の少ない教会みたいだけど、大丈夫なの?」


 疑わしい目でニコがサテラを見つめると、サテラは冷汗を流しながら目を逸らした。


「だ、大丈夫ですわ。早く倒しなさい」


 そう話すサテラは、心の中で色々と算段していた。


 そうよ、アンゲル教が悪魔を倒した事にすれば、きっと信者が押し寄せてきますわ。


 そうなれば、献金がしこたま入ってくるのですの。


 それにお城で国王に報告すれば、大金が転がり込むかも知れないですわ。


 なんて素敵な計画なのかしら、もう私ったらもしかしたら天才なのかもですの。


 そこから少しだけお礼をこの娘に渡せば良いだけですわ。


 ニヤニヤしながら悪い考えで頭がいっぱいのサテラにニコは念を押した。


「約束だからね! 悪魔を倒したら絶対にお礼は貰いますからね」


 今まさにニコの頭の中では、見事スリーセブンを揃えたスロットマシーンからファンファーレが鳴りだし受け皿にはキラキラ輝く金貨が溢れ出していた。


 美味しいものをお腹いっぱい食べる自分を想像し、豪華な部屋の中でベッドに横たわる自分の姿が目に浮かぶ。


「よーし、今こそかつての仲間達に貰った餞別が役に立つ時なのよ」と、太ももに装着していたナイフホルダーから素早くナイフを取り出し宙に漂うシバべロスに向かって投げつけた。


 悪魔を仕留めた気でいるニコは、目をつぶりながら膝を少し折り曲げ両手を広げて決めポーズを取った。

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