第9話 真の遺産

 高い所から落下するような感覚に、ハッとして目を覚ます。

 気がつくと、ロッドは見知らぬ小部屋の冷たい床に転がっていた。

「……!?」

 目を覚ました事に驚いて身体を改める。

 最後の記憶では、自分は石巨人に殺されたはずだ。

 それなのに、ロッドは無傷だった。

 怪我一つなく、痛む場所もない。

 ひどく疲れた感じはあるが、それを除けば健康そのものだ。

「どうなってるのよ……」

「天国にしては味気ねぇ場所だな」

「わたし達、助かったんでしょうか……」

 他の三人も、同じように床に転がっていた。

 不思議そうに身体を確認しながら呟く。

「そのようだが……。モガール、身体は大丈夫なのか?」

「あぁ。平気だ。さっきまで、ぴくりとも動かせなかったのが嘘みたいになんでもねぇ」

「あたし達、あのゴーレムに捕まっちゃったのかしら」

 不気味がってイゾルテが言う。

 見知らぬ場所で目覚めたという事は、そういう事なのかもしれない。

 とはいえ、ロッドにはそうは思えなかったが。

「どうだろうな」

 答えを保留にして、辺りを見渡す。

 ちっぽけな部屋は、どこか見覚えがあるような気がした。

 似たような部屋を、ロッドは知っている。

「もしかして、ここってダンジョンの出口なんじゃないでしょうか」

 片方の壁に張りついた両開きの扉を眺めながら、タレットが言った。

「そうかもしれんな。この部屋は、入口の部屋に似ている」

 中央に置かれた噴水を思わせるオブジェこそないが、それ以外はほとんど同じと言っていい。よく見れば、扉の上には入口にあったようなプレートが貼り付いていた。


《挑戦者よ、諦める事なかれ。我が夢を超えてみせよ》

 

 しばしの間、四人は無言でプレートの文言を反芻した。

「……ダンジョンの攻略に失敗したから、外に出されたって事?」

「みたいだな。全員無事でよかったじゃねぁか」

「それはそうだが……。私はあの巨人に殺されたはずだ。どうして生きているんだ?」

「あたしも。ロッドがやられてすぐ、ぺしゃんこにされたはずよ」

「散々インチキを見せつけられた後だ。死んだはずが生きてても驚かねぇよ」

「いや、流石にそれは驚きなさいよ」

 呆れた様子でイゾルテが言う。

「んな事言ってもよ。こんなの、真面目に考えてたら頭がおかしくなっちまうぜ。とにかく、そういう仕組みなんだろ。このダンジョンの中でくたばっても、外に出されるだけで死にはしねぇ。だから、あんなにあぶねぇダンジョンなのに、死人が出たって話を聞かなかったんだ」

「筋は通るな」

「そうかしら。大事な所は何一つ分かってないじゃない」

「それはあれだ。踏破してのお楽しみなんじゃねぇの? 知らんけど」

 気楽に言うと、モガールは懐を弄り、首を傾げる。

「ん? あ、あれ?」

 身体中のポケットや身に着けた袋の中を確認する。

「どうした。なにか失くしたか」

「そうらしい。俺としたことが、せっかく見つけた金貨の入った袋を、落としちまったみてぇだ」

「なにやってんのよ」

「面目ねぇ……。今回は本当、いいとこなかったぜ」

「あの状況で生きて戻れたんだ。それだけで充分だろう。金貨なら、また取りに行けばいい」

「ま、そうね」

「今度はヘマしねぇからよ。勘弁してくれや」

 申し訳なさそうに、モガールはタレットに言った。

「その必要はないと思います」

 考え込むような顔でタレットが返す。

「なんだよ。まだ怒ってんのか? って、当たり前か。俺のせいで危うく全員死ぬところだったんだ。嬢ちゃんが嫌だって言うなら、俺は降りるぜ」

 本意ではないだろう。平気そうな顔をしているが、内心は相当悔しいはずだ。

「いえ。もちろん、皆さんが潜りたいのなら、いつだって歓迎です。でも、あのダンジョンには、お金になるような物は何もないんだと思います」

「なに言ってんだ嬢ちゃん。嬢ちゃんの顔のついた硬貨を忘れたのか? 俺のヘマのせいで台無しになっちまったが、ちょっと遺跡を探しただけで出てきたんだ。まだまだあるはずだぜ」

 首を横に振ると、タレットは言った。

「金貨の他にも、モガールさんは途中で見つけた硬貨をわたしに預けてくれましたよね」

「預けたってーか、やったんだけどな」

「なくなってました」

 タレットの言葉に、冒険者達の頭に疑問符が浮かぶ。

「なくなってたって、嬢ちゃんも落したのか?」

「いえ。モガールさんの皮袋は残っています。中身だけ、綺麗さっぱり」

「そんな事あるかよ!」

「モガールの皮袋でしょ。穴でも空いてたんじゃない?」

「あのなぁイゾルテ!」

「穴は空いていませんでした。多分、最初からそんなものなかったんだと思います」

 タレットは、何かを悟ったような口ぶりだ。

「ドミナスのダンジョンについて、なにか分かったのか?」

 ロッドが尋ねる。

 頷いて、タレットは言った。

「最初からおかしいと思っていたんです。商店街の地下にこんな大きなダンジョンがあるなんて。村も森も、わたしの顔のついたお金も、なにもかも。いくらドミナス様が超一流のダンジョン建築家でも、あれ程の物を作るのは無理だと思います。なにより……。死んでもなかった事になるダンジョンなんて、絶対にあり得ません」

 タレットは断言した。

「けど、実際俺らは生きてるぜ」

「そもそも死んでいなかったという事なのだろう」

 ロッドが言う。朧げだが、ロッドにもドミナスのダンジョンの秘密が分かってきた。

「あれは、夢のようなものだったんじゃないか?」

「だと思います」

 タレットが同意する。

「まさか。全員で同じ夢を見てたってのか? ありえねぇだろ!」

「あのダンジョンで起きた事に比べたら、その方がずっと簡単よ」

 イゾルテも気づいたらしい。

「あたしとした事がまんまと騙されたわ。ダンジョンに入る時に動かした仕掛けを憶えてる? てっきり転移装置かと思ったけど、あれは夢を見せる魔術装置だったのよ。高度な幻術と催眠術の合わせ技みたいな感じかしら。入口の扉は、この部屋と繋がってるんじゃない? どのタイミングかは分からないけど、とにかく、夢の中で死んだらこの部屋で目覚めるようになってるんでしょうね」

「そんな感じだと思います」

 イゾルテの推理に、タレットが同意する。

 ダンジョンマスターの弟子と腕利きの魔術士が揃って言うなら、そうに違いない。

「なんだよ! つまり、全部夢で、ダンジョンマスターの遺産なんて初めからなかったって事か? そりゃないぜ!」

 がっくりとモガールが肩を落とす。

「そんな事はありません。わたしは、確かにドミナス様の遺産を受け取りました」

 強がりでも、負け惜しみでもない。

 心から幸せそうに、タレットは言う。

「入口のプレートにも書いてありました。我が夢をここに託すと。あのダンジョンは文字通り、ドミナス様の夢だったんです。頭の中に思い描いて、けれど、形にする事が叶わなかった夢。そして、出口のプレートにはこうあります。挑戦者よ、諦める事なかれ。我が夢を超えてみせよと」

 うっとりと、タレットはその言葉を噛み締めた。

「なるほど。私はてっきり、挑戦者と言うのはダンジョンに潜った冒険者の事を指していると思っていたが。あれは、君に向けた言葉だったか」

「ダンジョンマスターの弟子として、師の夢を形にして見せろと。ドミナス様は、そう言いたいのだと思います」

 声を震わせると、タレットは嬉しそうに泣いた。

「疑う必要なんかなかったんです。ドミナス様は、いつだってわたしに良くしてくださいました。こんな風にダンジョンを残したのも、わたしが親族の方々に恨まれないよう、気を使って下さったんだと思います」

「確かにな。これ程までに困難で、中の物も持ち出せないのでは、遺産目当ての連中は興味を失う」

「いいお師匠様じゃない。羨ましいわ」

「そうか? 金にならないダンジョンより、もうちょっと値打ちのある物を残してやった方が――ふごっ!?」

 鳩尾を杖で突かれて、モガールが黙る。

 以前はロッドも同じような事を思っていたが、今となっては考えを改めた。

 師の愛を知った今のタレットなら、一人でも上手くやっていけるだろう。

 それは、即物的な遺産よりも、余程価値がある。

「そんな事はありません。わたしには、ドミナス様の想いの詰まったダンジョンがなによりもの宝です。それに、今回の一件で分かりました。ダンジョン建築家としての知識は、ダンジョン探索に役立ちます。戦ったりは出来ませんが、そういったお仕事を冒険者のお店で頂ければ、とりあえずは食べていけると思います」

「君の腕は、私達が保証しよう。なんなら、馴染みの店主に口を利いてもいい。ダンジョンマスターの弟子なら、その手の仕事はすぐ見つかるはずだ」

「ありがとうございます。そうしていただけると、助かります」

 ぺこりと、タレットが頭を下げる。

 もう、彼女の顔には、初めて会った時の卑屈さはない。

 むしろ、ダンジョンマスターの弟子としての、力強いまでの自信に満ち溢れている。

「じゃ、一件落着って事か?」

「みたいね。一時はどうなる事かと思ったけど。いい感じにまとまってよかったわよ」

「はい。皆さんには、ご迷惑をおかけしました。お金が出来たら、今回の依頼料は必ずお支払いしますので」

「いらねぇっての。ダンジョンマスターの夢って奴を見せて貰ったしな。それでも不満だってんなら、新米冒険者への先輩からの餞別って事にしといてくれや」

「ちょっとモガール! 美味しい所だけ持ってかないでくれる?」

「残念だったな。美味しい物は早い物勝ちなんだよ」

 軽口を叩くと、モガールは気怠そうに伸びをする。

「そんじゃま、俺は帰るわ。トンチキな夢を見たせいでヘトヘトだぜ」

 思い出したかのように、イゾルテも大欠伸をする。

「そうね。あたしも疲れちゃった。なんかあったら遠慮しないで声をかけて。あたし達は大抵ゴロツキ亭……って言っても分からないか。三日月亭って店でたむろってるから」

 二人が去ると、部屋は急に静かになった。

「……ロッドさんも。本当にお世話になりました。ロッドさんが依頼を受けてくれなかったら、わたしはずっと、ドミナス様を疑ったままだったと思います」

「そんな事はない。君なら、他の方法を見つけていたさ。君は、ダンジョンマスターが見出したんだ」

 否定しかけて、タレットは言葉を飲み込む。

 微笑んで、タレットは別の言葉を選んだ。

「はい。これからは、ダンジョンマスターの弟子として、恥ずかしくない生き方をしていくつもりです」

「それでは不足だ。ドミナスは、君がダンジョンマスターを超える事を願っている」

「……わたしに、出来るでしょうか」

 ロッドは肩をすくめると、背後のプレートを視線で示した。

「そうですね。すぐには無理でも、いつかきっと! そう信じて、頑張ってみます!」

「いい返事だ」

 頷くと、ロッドは肩を鳴らした。

「私も、そろそろ帰るとしよう。また、ドミナスのダンジョンに挑戦しても?」

「ロッドさんなら、いつでも大歓迎です」

「もしかしたら、夢の果てがあるかもしれない。私も今は無理だろうが、いつか攻略してみせるさ」

 あの言葉は、タレットに向けた物である。

 その事に、疑いの余地はない。

 だか、小匙一杯程度は、宝を夢見る向こう見ずな冒険者達に宛てた物であるように、ロッドには思えた。

「さようなら」

「また会おう」

 一階へと向かう階段に足をかけ、ふとロッドは思いついた。

 足を止めて振り返る。

「どうかしましたか?」

「やはり私は、ドミナスは君の為にちゃんと金を遺していたと思う。それも、数え切れない程の大金を」

 目を丸くするタレットに、ロッドは金の在処を教えてやった。


 それから程なくして、商店街の裏路地に、ドミナスの不思議のダンジョンがオープンした。金さえ払えば、誰でも挑戦できる、ダンジョンマスターの遺作だ。

 ある者は、最下層に眠ると言われる財宝を求めて。

 またある者は、死ぬ事のないダンジョンで修行をする為に。

 そしてある者は、この夢のように不思議なダンジョンをただ楽しむ為に。

 連日連夜、大勢の客が押し寄せ、ダンジョンマスターの夢に敗れては、冷たい床の上で目を覚ます。

 タレットはダンジョン探索と罠のスペシャリストとして活動しながら、貯えた金で一つのダンジョンを作り上げた。

 それは、防犯の為ではない、世界で二つ目の、娯楽の為のダンジョンだった。

 やがて彼女は、新たなダンジョンマスターと呼ばれるようになり、世界中に、娯楽としてのダンジョンを建築した。

 そして長い月日が経ち、彼女は一人の孤児を弟子に取る。

 新たな夢を、眩い程の未来に託すために。

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