第8話 遺跡

「……俺はもう驚かねぇぞ」

「あたしも。驚きすぎて、疲れちゃったわよ」

 二人の冒険者が諦めたように言う。

 四層を攻略し、一行は五層に達していた。

「……元々、この場所は遺跡だったんじゃ」

 考え込みながら呟くと、タレットはハッとして謝った。

「足が止まらなければ問題はない。気にするなと言うのが無理な話だ」

 ロッドが言った。

 木々の生い茂る四層から一転して、五層は朽ちた遺跡のようになっていた。

 壁はなく、拓けていて、青黒い石の床が広がりに、都市の跡地を思わせる石造りの建物が乱立している。

 これまでに比べて、五層へと続く階段はかなり長かった。

 その分だけ高い天井には、青く輝く星々の煌めきのようなものが広がり、ぼんやりと辺りを照らしている。

 タレットは、魔力を吸って光る苔の一種だろうと推理した。

「四層の魔物や罠は、森の雰囲気に合わせたようなものばかりだった。ここが遺跡をイメージした階なら、魔術生物やゴーレムの類が出るかもしれないな」

 警告もこめてロッドが呟く。

 四層の森には、鎌のような牙を持つ魔猪の他にも、意志を持って動く樹木の魔物であるトレントや、巨大化した人食いバチなどが現れた。

 罠も、茂みに隠れて足を狙うベアトラップや、こちらの足を掴み、自ら抜かれようとするマンドラゴラの亜種、吸わなかったので正体は分からないが、見るからに有毒そうな花粉を吐き出す毒花などがあった。

 遺跡の罠や番人は、強力で厄介な物が多い。前例に倣えば、今まで以上に油断のならない階になるはずだ。

「その通りだがよ、ロッド。一つ、大事な事を忘れてるぜ」

 ニヤリとして、モガールが言う。

「遺跡と言えばお宝だ。森じゃ大した収穫はなかったが、ここなら期待できそうだぜ」

 朽ちた建物に視線を向けると、モガールは唇を舐めた。

「そうね。ここが本当に遺跡なら、魔術にまつわる品もあるかもしれないし。今日はこの階をじっくり探索して帰るのもありなんじゃない?」

「悪くない考えだ。それでいいか」

 タレットに尋ねる。

「もちろんです! わたしも、じっくり調べてみたいと思っていたので」

 そうと決まれば、一行は手近な建物に入った。

 三階建ての建物は、床と同じ材質の石材で、一つの巨岩から掘り出したように、継ぎ目がない。中途半端に残された家具は、大災害を前に慌てて逃げ出したような印象を与える。

「あら。本があるじゃない」

 タレットに罠の確認をして貰い、二階に置かれた机の引き出しを開けると、イゾルテが言った。

 中の紙が崩れないよう用心しながら、そっとページを開く。

「読めるんですか?」タレットが尋ねる。

「全然。古代文字は幾つか知ってるけど、こんな文字、見た事ないわ。本物なら大発見だけど」

 悩まし気に目を細めながらイゾルテは言った。

「ドミナスの悪ふざけかもしれない」

 ロッドが先を繋ぐと、イゾルテが頷く。

「なんだか、じい様の掌で踊らされてるみたいだぜ」

 半笑いでモガール。実際、その通りだろうとロッドは思った。

「お。ヘソクリ発見」

 タンスを漁ると、モガールが小さな皮袋を取り出した。

「見ろよ嬢ちゃん。タレット金貨だぜ」

 取り出した金貨をタレットに見せながら、袋を揺する。大した枚数は入っていないようだが、それでも金貨ならちょっとした値打ちにはなる。

「なにしてるんですかモガールさん! 勝手に漁ると危険ですよ!」

 ぎょっとして、タレットが注意する。

「大丈夫だって。嬢ちゃんの仕事を見て、コツは掴んだ。それによ、ここが遺跡なら、建物の中に罠はないだろ」

「そうとも限らん。建物の中だからこそ、泥棒除けの罠があるかもしれない」

「そうですよ! それに、ダンジョンの罠を見つけるのはそんなに簡単な事じゃありません! 油断していると、命を落とす事だってあり得るんですよ!」

 珍しく興奮して、タレットが言う。

「心配しすぎだって。ちんたらやってたら、爺さんになっちまうぜ」

 呆れた様子で言うと、モガールが別の引き出しを開けた。

 途端に、黄色味がかったガスが噴き出し、モガールの顔を直撃する。

「どぁ!? うが、げ、げふ、ぺっ! ぺっ!」

 跳ねるように後ろに下がり、慌てて吸い込んだガスを吐き出す。

「モガールさん!?」

「馬鹿者が! だから言っただろうが!」

「ちょっと! 大丈夫なの!?」

 慌てて駆け寄ろうとする三人を、モガールが掌を突き出して止める。

「来るんじゃねぇ! どんなガスかわからねぇんだ! 俺はいいからとっとと表に出ろ!」

「でも!」心配そうにタレットが食い下がる。

「自業自得だ! この上仲間まで巻き込んだら、恥ずかしくて生きていけねぇ! いいから早くしろ!」

「でも……」

「モガールの言う通りよ。行きましょう、タレット」

 イゾルテがタレットの手を引く。

「見殺しにするんですか!?」

「勝手に殺すな。俺もすぐ行く」

 そう言う割には、モガールは片膝を着いたまま立ち上がらない。

 そんな事には気づかずに、タレットはイゾルテに手を引かれて出ていった。

「なにしてる。お前も早く行けよ」

 ロッドは肩をすくめると、一度部屋の外に出て深呼吸し、モガールの元に戻った。

「おいロッド、なにしてやがる」

 息を止めたまま、モガールに肩を貸す。

「余計な事すんな。一人で歩ける――がふっ!?」

 鳩尾に一発入れて黙らせると、半ば引きずるようにしてモガールを表に運び、床に転がす。

「モガールさん!? 大丈夫ですか!?」

 ぐったりするモガールを見て、半泣きになってタレットが聞く。

「あの野郎、腹を殴りやがった」

 恨めしそうにこちらを睨んで、モガールが言う。

「動けない癖に意地を張るからだ」

 ロッドが言った。すぐに外に出ない時点で、動けない事は分かっていた。肩を貸した感じから、かなりの重症だと分かる。

「……悪かった。麻痺ガスらしい。死にそうにはないが、立てもしねぇ。情けねぇぜ」

「これに懲りたら、一人で勝手に漁らない事ね」

「面目ねぇ……」

 すっかり落ち込んで、モガールが言う。

 モガールが死ぬかと思ったのだろう。タレットは泣きじゃくっている。

「今日はここまでだな。暫く休んで、治らなそうなら俺が担ぐ。貸しひとつだぞ、モガール」

「あぁ……」

 流石のモガールも、この状況では軽口は出てこない。それはそれで、張り合いがないが。誰だって油断をするしミスもする。それを補うために、冒険者はパーティーを組む。ロッド自身、モガールに尻を拭われた経験は一度ではない。今更この程度の事で責めたりはしないが、そうは言っても、一歩間違えば命に関わったのも事実だ。お互いにそれは分かっているから、下手な慰めを吐いたりはしない。

 

 しばらく待ってみたが、モガールの麻痺は治らなかった。

 もうしばらく待てば、立てる程度には回復するかもしれない。

 そのしばらくは一時間か、一日か、一週間か。

 もしかすると、医者に見せなければ治らないかもしれない。

 こればかりはなんとも言えないが、どこかで決断はしなければならない。

 ここはダンジョンの中なのだ。いつ魔物が現れるかもわからない。

 危険度で言えば、上層の方がまだ安全である。

 動けなくとも、とりあえず担いで、四層に移動するべきだろうか。

 とりあえず、ロッドはもう少し待ってみる事にした。

 モガールはまだ落ち込んでいた。

 タレットも、ぐすぐすと鼻を鳴らしている。

 今しばらく、落ち着く時間が必要だ。

 その判断が仇となった。

 頭上で鳥の鳴くような声がする。

 見上げると、光り苔の張りつく天井付近を、コウモリに似た翼を持つ人型の影が複数飛び回っている。

「モガールは俺が背負う。急いで四層に戻るぞ!」

 ぐったりするモガールを荷袋のように肩に担ぐ。

 イゾルテは一足先にタレットの手を引いて四層へと昇る階段へ向かっていた。

「……置いてけ。足手まといはごめんだ……」

「荷物が喋るな。もう一発お見舞いされたいか!」

 ロッドが脅すと、モガールは消え入りそうな声で言うのだった。

「すまねぇ……」

 そんな言葉は聞きたくない。ロッドは走った。腕自慢の冒険者である。魔力を帯びて強化された肉体は、人間一人担ぐくらい、わけはない。とは言え、掴まる事すら困難なモガールを担いだままでは、満足に戦えない。

 程なくして、ロッドはイゾルテ達に追いついた。先には、コウモリと人を合体させたような石像の魔物、ガーゴイルが三体、行く手を塞いでいる。

 イゾルテの魔術を受けたのだろう、手足や羽、頭の一部を欠損しているが、魔術仕掛けの人形は、動けなくなる程刻んでやるか、体内に隠された核を破壊しない限り止まる事はない。

 魔力を収束させ、集中する時間さえあれば、この程度の魔物一撃で消し飛ばす魔術を放てるイゾルテだが、前衛がおらず、タレットを守りながらでは、低位の魔術で牽制するのが精一杯の様子だ。

「イゾルテ。魔物は俺が引き受ける。強化の術で――」

「巨人の籠手よ!」

 彼女とも、それなりに長い付き合いだ。以心伝心、イゾルテはタレットに身体強化の術をかけた。

「タレット。あなたに身体強化の術をかけたわ。悪いけど、あのバカを担いで頂戴」

「いや、俺の事は――」

 イゾルテが張り手でモガールを黙らせると、ロッドはタレットにモガールを託した。

 小柄なタレットでは、モガールの身体は身に余るが、この際仕方がない。

「無茶しないでよ、ロッド!」

「荷物がなければ、この程度物の数ではない。すぐに後追う。四層で落ち合おう!」

「死んじゃ駄目ですからね!」

 縁起でもない事を言うタレットを促して、イゾルテが走り出す。

 一体のガーゴイルがそちらを向いた瞬間、ロッドは素早く距離を詰め、魔刃を纏った一撃で動く石像を両断する。

 核を外したのか、縦に割れた石像は死にかけの虫のように地面でもがいたが、こうなってしまえばもはや脅威ではない。

「よそ見をするな。お前たちの相手は私だ」

 剣を向け、魔物に言う。通じるとは思わなかったが、ガーゴイルはイゾルテ達に対する興味を失ったらしい。

 鳥のような口を大きく開き、喧しい鳴き声で威嚇する。

 いや、ただの威嚇ではない。

 咥内の仕掛けから、短い矢が飛び出す。

 危なげなく見切り、剣の腹で弾く。その間にガーゴイルが羽ばたくと、羽に術でもかけてあるのだろう。気流が巻き起こり、石の身体を宙に運んだ。ロッドの頭の上を旋回しながら、手足の鉤爪を鋭く伸ばす。

 ロッドは剣を構えると、呑気に待ち構えた。そのままイゾルテ達を追われたら面倒だったが、こちらを狙ってくれるというのなら、降りて来た所を斬るだけだ。

 そう思っていると、不意に上空のガーゴイルが明後日の方向を向いた。イゾルテ達の逃げた方向ではないどこか。そちらに向かって威嚇するように鳴くと、どこぞへと飛び去る。

「……なんだったんだ」

 不気味に思いながら呟く。嫌な予感がして、魔物が去っても剣を納める気にはなれない。

 落ち着くと、ロッドは足元が揺れている事に気づいた。

 ……ん。……ぅん。……ずぅん。……ずん!

 信じたくないが、どうやらそれは足音のようだった。

 だとすれば、どれ程の巨体の持ち主だろうか。

 考えたくもないが、そうするまでもない。

 遠くに見える四、五階建ての遺跡の向こうから、ぬっと一つ目の石巨人が顔を覗かせる。

 馬鹿げた巨体に、ロッドは呆けて顎を開いた。

 恐らく、この遺跡の番人のようなものなのだろう。

 まともにやり合っては命がいくつあっても足りはしない。

 見切りをつけ、ロッドは四層へと上がる階段へ急いだ。

 

「なにをやっているんだ!?」

 イゾルテ達の姿を見つけて、ロッドは驚いた。

 あれだけ時間を稼いだのに、彼女達はまだ五層にいた。

 どういうわけか、階段のある辺りで立ち尽くしている。

「階段が見当たらないのよ!?」

 ヒステリックにイゾルテが叫ぶ。

「そんなわけがあるか!」

「本当なんです! わたしの記憶では、ここに階段があるはずなのに!」

 行き止まりの壁を指さしてタレットが言う。

「なら記憶違いだろう! 途方もなく巨大なゴーレムが追いかけてきている! 早く逃げないと全員やられるぞ!」

 そうしている間にも、地鳴りのような足音は確実に近づいている。

「間違いじゃありません! 絶対にここなんです!」

「あたしも覚えてる! ここで間違いないのよ!」

「出口が消えたという事か?」

 愕然として呟く。冷静に考えれば、ロッドもここに階段があると思って向かっていたのだ。全員が記憶違いをしているとは思えない。

「わからないわよ! なにがなんだか……」

 通りの向こうから、塔のような石巨人が姿を現した。

「なによ、あれ……」

「なんだっていい! あいつを倒さなきゃ、全滅だ!」

「無理よ! あんなの!」

「ごめんなさい……。ごめんなさい! わたしのせいで……」

「いいから、逃げろ……。あんなの、戦って勝てる相手じゃねぇ……」

 それぞれが好き勝手な事を喚く。

 石巨人から逃げるには、モガールはもちろん、タレットも見殺しにしなければならない。だが、出口が見つからない状態でタレットを失えば、帰りのガイドを失う事になる。そうでなくとも、二人を見殺しにする気はロッドにはない。

 言葉にして伝える余裕はもはやない。

 ロッドが行動で示せば、イゾルテも覚悟を決めるだろう。

 そう信じて、ロッドは石巨人に向かっていった。

 勝てる見込みなど、一欠けらもありはしなかったが。

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