第7話 突進する鎌

「こんなの、流石にあり得ません!」

 声を荒げたのはタレットだった。

「気持ちは分かるがよ、実際にあるんだから仕方ないぜ」

 一足先に現状を受け入れたモガールが諭す。

「ダンジョン村を作る為にエキストラを大勢雇うような人だもんね」

「でも、森ですよ!? こんなの、どう考えたっておかしいです。太陽も水もないのに、こんな立派な森が育つなんて!」

「魔術でどうにかしたんじゃねぇか? なぁ?」

 あっさり言って、モガールはイゾルテに視線をやった。

「どんな術を使ったのか、あたしには全然思いつかないし、出来たとしても、物凄く大変で高度な術だと思うけど、無理ではないと思う」

 降参のポーズでイゾルテが言う。

「な?」と、モガール。

「森だけじゃありません! 僅かですが、木々の切れ間から光が射しています」

 言われて、冒険者達は首から下げた月光瓶を手で覆った。

 熱を伴わない冷たい光を遮っても、辺りはほのかに明るい。

「ならそれが答えだろ。偽物の太陽でも浮かべてるんだ」

「でも……。ドミナス様の仕事を近くで見て来ましたけど、こんなダンジョンは見た事が……」

 タレットはどうしても納得出来ないらしい。

「作る機会がなかっただけだろ。こんな馬鹿らしいダンジョンを頼むような物好きは、世界中探したって見つかりっこないぜ」

「でも……」

「ドミナスは、君にも教えていない技術を持っていたのだろう。君がこの先もダンジョン建築家として修行に励めば、いずれ理解出来る日が来る。とりあえず今は、ダンジョンの攻略に専念するべきだと思うが」

 ロッドが諭した。

 冒険者をやっていれば、想像を絶するような不思議と出会う事は少なくない。そんな時、一々立ち止まって考えていては、仕事にならない。勿論、考える事は大事だが、どこかで線引きは必要だ。大切なのは、現実に対して、どう対処するかである。

「……わかりました」

 渋々といった様子で、タレットは言った。

 彼女の気持ちも分からないではない。ドミナスのただ一人の弟子として、彼の技術ややり方は、多少なりとも理解しているという自負があったのだろう。それがただの勘違いで、師と自分の間には、途方もない実力の差があったとすれば。これは、簡単に認められるものではない。

 ぶるぶると、そう遠くない距離から、巨大な獣の嘶く声が響いた。

 視線を向けると、馬ほどもある巨大な猪が、星のように輝く赤い瞳でこちらを睨んでいる。体毛は土色の中に赤が混じり、大きな牙が鼻の横に二組ある。一組は縦に、もう一組は鎌のように鋭く横に広がっている。明らかに、魔力を帯びて魔物化していた。

「……まさかと思うが、さっき俺達が食ったのって」

 手斧を構えながらモガールが言った。

「そのまさかだろうな」

 ロッドも腰の剣を抜く。

「タレットはあたしの後ろに隠れてて!」

 言いながら、イゾルテが杖に魔力を集める。

「これまでの雑魚とは違うぞ。油断するなよ、モガール!」

「冗談! この程度、まだまだ敵じゃないぜ!」

 軽口を叩きながら、モガールが低く走る。

「こっちだ! ブタ野郎!」

 魔猪はそちらに注目すると、威嚇するように後ろ足で大地を引っ掻き、爆発したかのような加速でモガールに突進した。

「うぉ!? っとぁ!」

 魔猪が首を振り、研いだ刃物のような鎌牙がモガールの首を狙う。モガールは驚きつつも、魔猪に向かっていき、両手の斧を鼻面に叩きつけ、その勢いで前転をするように魔物の頭上を転がって、回転しながら脳天や背中を斬りつける。

「クソッタレ! おいロッド! こいつの毛皮、鉄みたいにかてぇぞ!」

 魔猪の背後に着地して毒づく。

「心得た!」

 背後のモガールを振り返ろうとする魔猪に向かいながら、ロッドはなまくらの剣に魔力を集める。刃の潰れた長剣は白く輝く魔力に包まれ、煌めく魔力の刃を帯びる。

 音もなく駆け寄ると、下段に構えた長剣で魔猪の横腹を縦に薙いだ。

 魔刃を纏った剣は、空を裂くように魔猪の毛皮を切り裂き、肉へと達する。

 魔力を帯びた黒い血が飛沫となって噴き出すが、ロッドは斬り上げた勢いで飛び退き、既に距離を取っている。

 ぶもぉおおおおお! 太く鳴くと、魔猪は標的をロッドに変えて駆けだそうとする。踏み出した前足に、モガールの投げた手斧が真横から当たる。斧は毛皮に弾かれたが、衝撃によって魔猪はバランスを崩し、横に転んだ。

「ソラリスの陽よ!」

 すかさず、イゾルテが術を放った。杖の先に集められた濃密な魔力が、人の頭程の眩い火球となって魔猪に突き刺さる。瞬間、火球は魔猪の身体を包むほどに膨れ上がり、魔力によって球状に密封された炉となって魔物の身体を焼き尽くした。

「あーあー。もったいねぇ。無傷でやれりゃ、ダンジョン村の連中に売りつけられたかもしれねぇってのに」

「こんな大きな猪、どうやって運ぶのよ」

「バラして運べばいい」

「誰が切るのよ」

「そりゃロッドが――」

「私の剣は肉屋の包丁じゃあない」

 冒険者が軽口を叩き合う。

 見事な連携を見せた彼らを、タレットはただただ驚愕の目で見つめていた。

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