第6話 ダンジョン村

「…………なぁロッド、こいつは夢か?」

「……あるいは、幻術の類かもしれんな」

「どうなってんのよタレット!?」

「こんな事って……。わたしにも、なにがなんだか……」

 異様な光景に、しばし茫然とする。

 階段を降りて、三層にやってきていた。

 短い通路を抜けた先は、広場のようになっており、そこには人が大勢いた。

 年寄りから子供まで、年齢は雑多で、男もいれば女もいた。

 特に武装した様子もなく、一見するとごく普通の住人に見える。

 広場の中央には、ドミナスの像なのだろう、渦を巻いた妙な髭の老人の像が建っており、辺りにはいくつか露店が出ていた。

「冒険者かい? ダンジョン村にようこそ」

 通りかかった老人が、当たり前のようにそんな台詞を残して去っていった。

「……聞いたか、ロッド」

 頷きたくないが、頷くしかない。

 なにかこう、大切な物ががらがらと崩れていく気がした。

 多分それは、現実とか常識とか、そういったものだろう。

「……ドミナスの隠しダンジョンの中には村があるという噂を聞いた事があるが。まさか、本当だったとは」

「……いや。いやいやいや! 流石にこれはおかしいでしょ!?」

 イゾルテが頭を抱える。

「んな事言ったって、現にあるんだからしょうがねぇだろ」

「そうだけど……。タレットちゃん、これって、こういうものなの?」

 ダンジョンマスターの弟子に尋ねる。

 タレットは、悪夢でもみているような顔で激しく首を横に振ると、力なく言った。

「……普通だったら、絶対にありえないですけど。ドミナス様のする事なので……」

 そう言われたら、返す言葉はない。

「どうすんのよロッド」

 イゾルテが聞いてくるが、こんな状況は流石に想定していない。

「うむ……。タレット。なにかの罠の可能性はあるか?」

「……わからないです。こんなのはわたしも初めてで。……ごめんなさい」

「人がいるんだ。連中に聞いてみりゃいい」

 気楽に言うと、モガールが先陣を切った。

「ちょっと、モガール!? 危ないわよ!」

 イゾルテが止めるのも無視して、モガールは広場へ向かう。

「……どのみち、進むか戻るかの二択だ。進むなら、飛び込んでみる他ないだろう」

 肩をすくめると、ロッドも後を追った。

 イゾルテとタレットは不安そうに顔を見合わせる。

「……はぁ。仕方ないわね。あたし達も行きましょう」

「は、はい!」


「どうだ、モガール」

 串焼きの屋台の男と話すモガールに尋ねる。

「親の代からここで商売してるんだとよ」

 モガールは呆れた様子で肩をすくめる。

「本当か? ここはダンジョンの中なんだぞ」

 信じられず、ロッドも尋ねる。

「そんな事言われても知りませんよ。それより、買うんですか、買わないんですか? こっちは商売なんです。冷やかしなら、他所でやってくれませんかね」

「しかし……」

「まぁ待てよロッド。この兄ちゃんの言う通りだ。商売人と話をするなら、なにか買うのが筋ってもんだろ。丁度腹も減ってたしな。兄ちゃん、一本くれや。うまい所を頼むぜ」

「よしなさいよ。毒が入ってるかもしれないわよ」

 追いついてきたイゾルテが言うと、店主が顔をしかめた。

「言いがかりはよしてくださいよ! なんでお客さんに毒なんか出さないといけないんですか!」

「だ、だって……」

 たじろぐイゾルテを庇うように、ロッドが割って入った。

「悪かった。だが、仮にもここはダンジョンの中だ。ここまで来るのに、散々罠を見て来たんだ。疑いたくなる気持ちも分かって欲しい」

 店主が肩をすくめる。

「ここは大丈夫ですよ。ダンジョンを攻略する冒険者の方々を相手にして生計を立てている村なんです。どうしても信じられないって言うんなら、僕が一本食べてもいい。その分のお代は貰いますが」

「いらねぇよ。毒見なら俺がしてやる」

 モガールは串焼きを受け取ると、疑いもせず齧りついた。

「うほぉ。うめぇなこりゃ! なんの肉だ?」

「下で獲れる猪の肉ですよ」

「気に入った! もう三本くれ!」

 追加で頼むと、モガールは両手に持った串焼きを美味しそうに口に運ぶ。

 それを見て、イゾルテの腹が鳴った。

「し、仕方ないでしょ。お腹空いてたんだから!」

 微笑んで、ロッドが店主に言う。

「疑って悪かった。私達も頂くとしよう」


「ふぅ~。食った食った」

 モガールが腹を撫でる。

「美味しかったですね」

 無邪気な笑みを浮かべてタレット。

「誰かさんが一人で何本も食べなかったら、もっと食べたられたんだけど」

 イゾルテが嫌味を言う。結局モガールは、一人で六本も食べた。おかげで、焼けている分は売り切れになってしまった。

 それだけ美味い肉だった。脂身よりは赤みが多く、だからと言って固くはない。獣臭いが、嫌な臭いではなく、程よい弾力があって、噛むとじわりと肉汁が滲んだ。

「いくらだ」

 代表してロッドが尋ねる。

「全部で二万タレットです」

「二万だぁ!? 串焼きにしては高すぎだろ!?」

「っていうか、タレットってなに? そんな通貨、聞いた事ないんだけど」

「タレットはタレットですよ。持ってないんですか? だったら、身体で払って貰う事になりますが」

「待って下さい!」

 店主に言うと、タレットに先ほどダンジョンで見つけた硬貨を取り出した。

「これ、つかえますか?」

「なんだ。持ってるじゃないですか」

 そう言うと、店主は皮袋の中身を半分ほど抜き出した。

「ぼりすぎだろ……」

 口惜しそうにモガールが呻く。

「ダンジョンの村ですからね。仕入れが大変なんですよ」

 そう言われたら仕方ない。事を荒立てるわけにもいかず、モガールもそれ以上は言わなかった。

「すまない」ロッドが言う。

「いいんです。元々、皆さんが見つけてくれたお金ですから」

「なに、この先でがっぽり稼げばいいさ」

 モガールが気楽に言う。

「他のお店もどうです? 道具屋や武器屋なんかもありますよ。この先はもっと危険になります。色々と役に立つと思いますよ」

「はっ! これ以上ぼられてたまるかっての! 行こうぜ、ロッド!」

 武器も道具も間に合っている。必要なら、地上の街で揃えればいい。モガールのように口には出さないが、わざわざ高値を出してこの村で買う気にはならなかった。

 男の話では、四層に向かう階段は広場の先にあるという。

 腹ごしらえを済ませ、一行はそちらに向かった。

 その途中で、イゾルテが言った。

「ねぇ、タレット。あなたの名前って、ドミナスがつけたの?」

「いえ。両親から貰った名前ですけど」

 何故そんな事を聞くのだろう。そんな顔でタレットが答える。

 それを聞いたイゾルテは、気味悪そうに言った。

「でも、それって変よ。店の人が言ってたじゃない。親の代から商売してるって。それなのに、タレットの顔と名前がついたお金が使われてるなんて」

 階段を降りる四人の足が、ぴたりと止まった。

「確かに妙だ」とロッド。

「偶然……にしては、流石に出来過ぎてるか」

「可能性は二つだ。タレットか店の男、どちらかが嘘をついている」

「わ、わたしは嘘なんかついていません!」

 慌てて否定するタレットに、ロッドが微笑む。

「分かっている。だから、店の男が嘘をついたんだろう」

「でも、なんでそんな嘘つくのよ。」

「それに、タレットの顔のついたコインはどう説明する」

 イゾルテとモガールが次々に言う。

「ダンジョンの中に村を作るような男だ。その程度、やってのけるだろう」

「硬貨はともかく、店の人はどう説明するのよ。まさか、買収したとでも言うわけ?」

「道理で考えるならそうだろうな」

「でも、あの屋台はモガールさんがたまたま選んだんですよ?」

「村の人間は全員ドミナスが雇ったんだろう」

 三人が、信じられないといった顔でロッドを見返す。

「そんな顔をするな。私だって、馬鹿みたいだとは思っている。だが、そもそもダンジョンの中に村がある事自体馬鹿げているんだ。だが、彼らがドミナスに雇われた役者のようなものだとすれば、説明はつく」

「……そっか。村の中のダンジョンも、タレットの顔がついた硬貨も、全部ドミナスの考えた台本ってわけね」

「それ以外は考えられないな」

 馬鹿げた話だが、本当にダンジョンの中に村があるとするよりはまだ現実的だ。

「本当なら、タレットには悪いが、ドミナスは頭がいかれてやがるぜ!」

「気にしないで下さい。わたしもそう思ってます」

 苦笑いでタレット。

「ドミナス様は、わたしにも理解出来ない所がありましたから」

 ともあれ、謎は解けた。

 改めて、四層に向かう階段を降りる。

「さて。次はどんなインチキが待ってる事やら」

 茶化すようにモガールが言う。

「ダンジョン村を見た後じゃね。ちょっとやそっとじゃ驚かないわよ」

「同感だ」ロッドが呟く。

 程なくして階段は終わり、古びた木のドアが四人を出迎えた。

 タレットが手早く調べる。

 何もない事を確認すると、四人は扉の先に進んだ。

「……マジかよ」

 モガールが呟く。

 イゾルテとタレットは、絶句して声が出ない様子だ。

「……流石にこれは驚いたな」

 眩暈を感じながら、ロッドは言った。

 扉の先には、鬱蒼とした森が広がっていた。

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