第5話 タレット硬貨

 その後も、タレットは次々と罠を見つけ、ダンジョンの攻略に貢献した。

 両開きの板の表面を床と同じ材質で偽装し、気づかずに踏むと開く落とし穴。

 ドアノブを回すと勢いよく開き、相手を弾き飛ばす扉。

 行き止まりに見せかけて、押すと回転し先に進める壁等々。

 一方で、ダンジョンの中には魔物がいて、しばしば戦闘がおこった。

 ちょっとした犬程もあるネズミは、ちょろちょろと走り回り、鋭い前歯で足元を狙ってくる。

 とある部屋の天井には、巨大な血吸いコウモリが群れをなしてぶら下がり、侵入者が現れると一斉に飛び掛かった。

 冒険者の白骨死体が転がっているかと思えば、からからと音を立てて起き上がり、錆びた剣で斬りかかる。

 その程度の魔物なら、大した脅威にはならなかったが。

「ダンジョンマスターの遺産つっても、案外大した事ないな」

 地下へと向かう階段を下りながら、上機嫌でモガールが言った。

「そうね。魔物は雑魚ばかりだし、罠だって、見つけるのは大変だけど、そこまで危険ってわけじゃないわ。ちょっと肩透かしかしら」

 イゾルテは退屈そうに欠伸をした。

「油断するな。この程度のダンジョンなら、とっくに攻略されているはずだ」

「どういう事だ?」モガールが尋ねる。

「手加減されてるって事でしょ」

「なんでだよ」

「あたしが知るわけないでしょ」

「タレット。君はどう思う」

「楽しんで欲しいんだと思います」

「楽しむ?」

 即答するタレットに、ロッドが聞き返す。

「依頼を受けて作るダンジョンは、防犯が目的ですから、手加減をする余地はありません。ドミナス様も、最初の一歩で相手をリタイヤさせるようなダンジョンを考えろと仰っていました。でも、そうは言っても、ダンジョン建築家にとってダンジョンは作品みたいなものですから。折角作ったダンジョンを最初の方でリタイヤされてしまうと、それはそれでつまらないとも言っていました。このダンジョンがドミナス様の趣味の物なら、最初は簡単にして、徐々に難しくしていくと思います」

 補足の必要など全くない、実に筋の通った回答である。

「だそうだ」

 ロッドは二人の冒険者を振り返る。

「望むところだぜ」

「そうじゃないと面白くないわよね」

 どちらも、臆するどころか、ワクワクしているように見える。

 実を言えば、ロッドもそうだ。

 冒険者とは、そういう生き物なのである。

 そうこうしている内に、階段を下りきり、二層へと着いた。

 一層と比べて、大きな変化はない。

 基本的には、一層と同じ、石ブロックを組んだダンジョンだ。

 通路は幾分広くなり、全体的に朽ちたような雰囲気があった。石ブロックはひび割れ、すり減り、でこぼこしている。隙間には苔が広がり、ちょっとした雑草が伸びだしている。

 素人目にも、一層よりも罠を見つけるのが難しくなったと分かる。

 湿った空気は青く、そして、土臭い。

 タレットの言う通り、一層は小手調べだったのだろう。

 思い知らされて、冒険者達の口数が減った。

 ロッドが振り返ると、問われる前に、タレットは答えた。

「平気です。でも、前を歩いた方がいいかもしれません」

 長く続く通路を見据えるタレットの目は、戦いに挑む歴戦の兵の眼差しを思わせた。

 見るともなく視る。何も見ていないようで、全てを視ているような。そんな目だ。

 異論はないが、万が一という事もある。

 通路が広くなったこともあり、タレットを隣に並べ、二人で先頭を歩く事にした。

「けど不思議だぜ。地下ダンジョンなら、一層の方が古いはずだろ? なのに、こっちの方がずっと古く見える」

 苔むした壁面を指で撫で、匂いを嗅ぎつつ、モガールが言った。

「わざわざそういう風に作ったんでしょ。こっちの方が罠を見つけにくそうだし」

「わかってるけどよ。ここまでやるか、普通?」

 呆れを通り越し、畏怖すら滲ませてモガールは言った。

「ここまでやるからダンジョンマスターなのだろう」

 ロッドが呟く。その実力は、いまだに底知れない。

「それもあると思うんですが、雰囲気を作りたかったんだと思います」

 気負った冒険者達に対して、リラックスした様子でタレットが言う。

「どういう事だ」とロッド。

「実用性しかないダンジョンはつまらないとドミナス様は言っていました。真に優れたダンジョンとは、芸術であり、エンターテイメントであるべきで、足を踏み入れた者に、驚きと感動を与えるような物であるべきだと」

 冒険者達は顔を見合わせた。

 モガールやイゾルテは、流石にちょっとついていけないという顔をしている。

 だが、ロットにはドミナスの気持ちが分かるような気がした。

 危険に目を瞑れば、ダンジョンの攻略は楽しいものだ。そこには、ダンジョン建築家と挑戦者の、知恵と力の比べ合いがある。

 そして、優れたダンジョンにはそれ以上の何かがあった。

 これまではそれがなんなのか、考えた事もなかったが。

 今なら、その答えが分かるような気がする。

 思い返せば、以前に攻略したドミナスのダンジョンには、侵入者を楽しませようとする、気遣いのようなものがあったように思える。

 例えばそれは、ありきたりな罠に見せかけた二重トラップであったり、あるいは、なにかあるぞと思わせて何もない、思わせぶりな一室であったり、そこを過ぎた時に生じる油断に付け入るような不意打ちの罠であったり。

 魔物の隠し方一つとっても、ただ漠然といるのではなく、こちらがあっと驚き、思わず肝を冷やすような、そんな配置の仕方をするのがドミナスという男だった。

「なんにせよ、ここからが本番という事だろう」

 そう言って、ロッドは仲間達の気を引き締めた。


 予想通り、一層に比べ、二層は格段に難易度が上がっていた。

 朽ちたような見た目のせいで、罠を見つける事が難しくなり、タレットの歩みは遅くなった。

 見つけた罠は、一層のように生易しくはない。不可視の糸を切れば、苔に隠された隙間から鋭い刃が飛び出し、落とし穴は一つではなく、飛び石のように連続して、底には犠牲者の絡まった無数の杭が埋められている。

 ご丁寧に、白骨化した犠牲者は、そのように偽装されたスケルトンだった。反射神経の良い者なら、落とし穴に引っかかっても咄嗟に縁を掴んで助かる事が出来る。そんな相手を引きずり込む為の仕掛けだろう。

 ドアの罠も巧妙化していた。突き当りの扉の向こうからは、なにか、巨大な生き物が身動ぎをするような物音が聞こえてくる。用心して鍵穴を覗くと、部屋の中には巨大な火吹き竜が待っていた。これにはロッドも仰天し、撤退を考えたが、タレットは悪戯っぽい笑みを浮かべて扉を開け放った。

 部屋の中に竜はいない。物音も竜の姿も、扉に仕掛けられた幻術によるものだったのだ。

 部屋の中には鍵のついたチェストが置いてあった。いかにも怪しい箱である。そうでなくとも、先に入った冒険者が漁った後だろう。

 ロッドは無視するように言ったが、モガールがどうしても中を見たいといって譲らない。

「もしかしたら、みんなそうやって通り過ぎたかもしれないぜ!」

 そんなわけはなかろうが、どうしてもというのでタレットが罠を確かめた。箱には特に仕掛けもなく、中にはわずかだが銀貨と銅貨が入っていた。

 ほれ見た事かと、モガールは大騒ぎをするが、手にした硬貨をよくよく見て、首を傾げた。

「なんだこれ。どこの硬貨だ?」

 ロッドも横から覗く。見覚えのある少女の横顔が刻印されたそれは、広く流通するバンカ硬貨ではない。

「これ、タレットちゃんじゃない?」

 不思議そうに、イゾルテが言う。

「言われてみれば、そのようだな」

「でも、どうして……」わけがわからないという風にタレット。

「爺さんの悪ふざけだろ」

 タレットに言うと、モガールは革袋に硬貨を詰め込み、彼女に押し付けた。

「よかったな嬢ちゃん。とりあえず遺産ゲットだ。大した額にはならねぇと思うが、両替屋に持って行けば、まともな金に換えてくれるはずだぜ」

 しかし、タレットは受け取ろうとしない。

「これは、皆さんの依頼料にして下さい」

「わりーが、俺達はこんな小銭で雇える程安かねぇんだ。そのセリフは、金貨がザクザク出てくるまでしまっときな」

 そう言うと、モガールは無理やりタレットに革袋を押し付ける。

「……ありがとうございます」

 涙ぐんで、タレットはぺこりとつむじを見せる。

「いいとこあるじゃない」

 イゾルテに小脇を突かれ、モガールは照れ隠しに毒づいた。

「るせーよ」

「どうやら、このダンジョンには金目の物が残っているようだ。君の顔のついた硬貨があるくらいだ。もしかすると本当に、君の為に残された遺産の隠し部屋があるのかもしれない」

「絶対あるわよ! よかったわね、タレットちゃん!」

 自分の事のように喜んで、イゾルテはタレットの手を握った。

 鼻をすすりながら、タレットがまた頭を下げる。

 金の事よりも、ドミナスが自分の為に何かを遺してくれた事が嬉しいのだろう。

 一行は探索を続ける。

 魔物も一層よりは強くなっていた。

 魔物化して巨大になった腰ほどもある大蜘蛛、魔術によって生み出された不定形のスライム、スケルトンは武装が増し、鎧を着こみ始めた。

 まだ、この程度なら敵ではない。

 ロッドは得意の魔刃剣術を使うまでもなく、なまくらの剣で叩き潰す。

 モガールは風のように駆けまわり、自慢の斧を振り回し、投げつける。

 彼は操斧術を得意とし、投げた斧は合図一つで手元に戻った。

 イゾルテは魔力を温存しながらも、低位の火の玉や衝撃球で戦った。

 それでも、罠だらけのダンジョンの探索と、度重なる戦闘で、一行は少しずつだが確実に消耗していた。

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