第3話 ドミナスの隠しダンジョン
翌日には、ロッドはタレットと共にドミナスの隠しダンジョンに挑む事となった。
そばには、タダでこの依頼を手伝ってくれる物好きの冒険者が二人いる。
一人は手斧のモガールで、彼はあわよくばダンジョンを攻略し、あるかどうかも分からない真の遺産の分け前を狙っていた。もっともそれは建前だろうが。あの場にいたモガールは一連のやり取りをそばで見ていた。ふざけているが、案外情にもろい男なのである。
もう一人は、ハンカチを貸してくれた――結局ロッドが弁償する事になったが――女冒険者のイゾルテ=カーだ。彼女は修行中の流浪の魔術士だ。少なくとも本人はそう言っているが、随分長くこの街に居ついている。ダンジョンには、魔術の仕掛けが使われる事も珍しくない。ダンジョンマスターの遺作なら、さぞ高度な魔術が使われているに違いないと、興味本位で参加した。
彼らの参加理由に、ロッドも別段文句はない。自分だって似たようなものだ。一人の冒険者として、ドミナスの隠しダンジョンにどの程度通用するか試してみたい。哀れな小娘の慰めになれるなら、ケチな冒険者家業にも多少の張りが出る。モガールではないが、あわよくば得られる物があるかもしれない。そんな所だ。
ドミナスの隠しダンジョンは、街の商店街の裏通りにひっそりと佇む、古びた物置小屋のような建物の中にあった。
「つーか、マジで物置だなこりゃ」
中に入ると、呆れた様子でモガールは言った。
石造りの四角い小屋はがらんどうで、床の中央に地下収納を思わせる大きな扉があるだけだ。
「入口を隠す為だけの建物なんでしょ」
杖の先で床を突きながら、赤毛の三つ編みにそばかす顔のイゾルテが言う。
「……今はここがわたしの家です」
恥ずかしそうにタレットが呟くと、気まずい空気が漂った。
「…………あー。よく見れば結構いい家じゃね? 何もないおかげでかえって解放感があるっていうか」
「いや、苦しいでしょ、それ」
呆れた様子でイゾルテが言う。
「他に住む場所はないのか」
そちらは気にせず、ロッドが尋ねる。
「……ドミナス様と暮らしていたお屋敷は、親族の方に取られてしまったので」
涙が滲んだのだろう。目元を拭うと、タレットは卑屈な笑みを浮かべた。
「取られたって言い方はおかしいですね。元々、わたしの物じゃなかったのに……」
「嬢ちゃん……」
同情したのだろう。呻くようにモガールが呟く。
イゾルテも複雑な表情を浮かべた。慰めたいが、なんと言ったらいいか分からない。そんな顔だ。
「元々の話をするのなら、親族の物でもなかったはずだ」
僅かに怒気をはらんで言ったのはロッドだった。
「遺書に書かれていた事ですから、仕方ありません。孤児のわたしがドミナス様に拾って頂き、今まで育てて貰えただけで幸運でした。その上あんなに立派なお屋敷を望んだら、バチが当たってしまいます」
「だからと言って、長年ドミナスの世話をしてきた君を無一文も同然で放り出すのは残酷だと思うがね。親族だって、棚ぼたで遺産を手に入れたんだ。多少の分け前を君に与えたところで、それこそバチは当たらないと思うが」
「……わたしには、この小屋とドミナス様のダンジョンがありますから。それだって、わたしなんかには贅沢すぎるくらいです」
「たまたま連中がダンジョン攻略に失敗したから手に入っただけだ。君には同情するが、ドミナスや親族のやり方は、私は気に入らない」
「おいロッド。その辺にしとけよ」
「タレットちゃんが可哀想でしょ」
二人に言われてハッとする。
つい熱くなってしまった。
「すまない。私はただ……」
「わたしの為に怒ってくれたんですから」
涙を滲ませながら、タレットは無理に笑って言った。
気まずい空気は、余計に重くなって四人の肩に圧し掛かる。
こんな時、頼りになるのがモガールだった。
「ま、終っちまった事をくよくよしてもしょうがねぇって。それよか、ダンジョンに潜ろうぜ。その為に集まったんだ」
「そうね。もしかしたら、何かお金になるような物が手に入るかもしれないし」
「……多分、それはないと思います。親族の方々が何度も冒険者の方を送り込んでいるので」
あえて口にしなかったが、それについてはロッドも同意見だった。
「分からないわよ。ドミナスって人の事はよく知らないけど、あたしは善意でこのダンジョンを残したんだと思う。きっとなにかあるはずよ」
「なぜそう思う」
ロッドは尋ねた。
ロッドはそうは思わなかったが、そんな考えを否定してくれる理由があるのなら、聞いてみたい。
「わかんないけど、普通だったら薄情な親族より、一緒に暮らした弟子に遺産を残してあげたいって思うでしょ。でも、それだと親族と揉める事になっちゃうから、親族には普通の遺産を残しておいて、タレットちゃんにはダンジョンって形で遺産を残したのよ」
「……その可能性は、なくはないな」
イゾルテの言う通りかもしれない。今までロッドはドミナスを薄情だと思っていたが、下手に遺産を残してしまったら、泥沼の争いに発展しかねない。
「けどよ、ロッドも言ってたが、それって親族連中がダンジョンを攻略出来なかったから、たまたま嬢ちゃんが相続出来たんだろ。遺産の残し方としては危ないんじゃないか?」
「そうでもない。親族は、期限を待たずにダンジョンの攻略を諦めたんだ。とてもではないが攻略出来ない、冒険者を雇うだけ金の無駄だと考えたのだろう。それだけの難易度のダンジョンであれば、実質的には、タレットが確実に相続出来る条件だったと言えなくもない」
「きっとそうだって! タレットちゃんもダンジョン建築家なんでしょ? 普通の人には分からないようやり方で隠してあるのかも! それこそ、弟子のタレットちゃんにしか分からないようなやり方で!」
不意に差した光明に、タレットの表情も明るくなる。
冒険者達の肩も軽くなった。
「なんなら、嬢ちゃんの力でダンジョンが攻略出来るのかもしれねぇ。抜け道があるとか、嬢ちゃんにだけ分かるヒントみたいなのがあったりしてよ!」
「……だとしたら、嬉しいです。ドミナス様は、わたしの事を見捨てたわけじゃないって事ですから……」
縋るように、タレットは言った。お金の事よりも、そちらの方が余程重要だといった様子だ。
事実、そうなのだろう。今の状況は、タレットからすれば、育ての親に裏切られたようなものだ。何の為に自分は拾われたのか、ドミナスにとって自分はなんだったのか。家族だと思っていたのは自分だけだったのか。そんな思いが渦巻いているに違いない。
「確かめよう。答えは、すぐそこにある」
足元の錆びた扉をロッドは示した。
頷くタレットの幼い瞳には、僅かだが、希望の光が灯っている。
軋む扉の向こうには、短い階段が伸びている。
各々が明かり代わりに首から下げた月光瓶の照らす先には、上の物置小屋と大差ない小部屋が待っていた。
中央には奇妙な噴水の先に水晶玉を乗せたようなオブジェが置いてある。
正面には、ダンジョンの入口なのだろう、重そうな両開きの扉が待ち構えている。
扉の上にはプレートが掲げられ、そこには短い文章が刻まれていた。
《ダンジョンマスターの遺産~我が夢をここに託す~》
「いいねぇ。お宝の匂いがプンプンするぜ」
口笛を鳴らすと、モガールは正面の扉を開こうとした。
「……これ、どうやって開けるんだ?」
「普通に開ければいいでしょうが」
「取っ手がないんだぜ! ぴったり閉じてて、押したってびくともしねぇよ!」
「そこの仕掛けを使うんだろう」
そう言うと、ロッドはタレットを振り返った。
「はい。扉を開くには、ちょっとした手順が必要だそうです」
言いながら、タレットは子供の背丈程のオブジェに近づいた。オブジェの中ほどからは、燭台を思わせる金属の棒が五本、四方に向けて伸びだしている。棒の先は手形のついた四角い皿のようになっている。タレットは皿の手形に右の掌を合わせた。
「全員でこうして、真ん中の水晶を見つめると、ダンジョンに入れるそうです」
「仰々しいな」
言いながら、ロッドは皿に掌をのせる。
「俺は嫌いじゃないぜ、こういうの」
「ただの水晶じゃないわね。真ん中の目玉みたいなのは魔晶石かしら」
二人も後に続く。イゾルテの言う通り、水晶の中央には、目玉を思わせる模様の入った結晶が埋め込まれていた。
「手形の数が五つなら、同時に入れるのは五人までという事か」
「それで嬢ちゃん。次はどうするんだ。みんなで呪文でも唱えるとか?」
「いえ、ここから先はわたしも知らなくて……」
水晶を見つめながら、各々が好き勝手話していると、不意に水晶が光りだし、皿の手形を通して力が抜けだした。
「おいおい、こいつは、大丈夫かよ!?」
怯えた様子でモガールが叫ぶ。
「魔力を吸ってるみたいね。大した量じゃないみたいだけど。挑戦者の魔力を使って仕掛けを動かすんじゃないかしら?」
「目を逸らすなモガール! 水晶の光が弱まっているぞ!」
「害はないと思います! ……多分ですけど」
「嬢ちゃん!?」
そうこうしている内に、水晶の光はますます強くなる。純白の光は、程なくして虹のように色彩を変え、鼓動のように明滅する。そのリズムは早く、遅く、規則的に、あるいは不規則になり、四人を魅了した。
ロッドの頭はぼんやりし、視界を極彩色の闇が埋め尽くす。
眩しすぎる闇の中には巨大な老人の目玉が浮いており、じっとこちらを見つめている。
唐突に、ロッドはそれがドミナスの目だと直感した。
声は出ない。手も足も、指先一つ動かせない。そもそも身体が存在しない。
視線すら動かせぬまま、ロッドはドミナスの目に魅入られる。
何故だ!
意識だけの存在になってロッドは叫んだ。
何故お前は、あの娘に遺産を遺してやらなかった!
目玉が笑うと、ロッドはドミナスの声を聞いた。
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