13.内緒にしてはいけません 第1話

 美味しいものを作ってあげたい。

 でもクッキーは言語道断。それならご飯くらいなら作ってもいいだろうか。

 何を作ってあげられるだろうか。

 ひと様に出せるものでなければならない。私の料理の腕なんてという程度。

 煮物はまだしも、凝った料理なんて家族にさえ出せない。


「どうやったら料理なんて上手く作れるようになるんだろ」


 そう溜め息とともにこぼした言葉から、もやもやと煙のように浮かんだそれは一つの顔を作る。


「雅くん?」


 そうだ。いるじゃないか。身近に!

 料理で生計を立てる従兄が!

 こんなもの使わない手はない。何のための従兄だ、と思った私は美味しい料理を作りたいという一心で雅くんに連絡したのだった。


 雅くんは、私の突拍子もないお願いに条件付きで頷いてくれた。

 その条件とは店の手伝いをする事。

 それくらいなら仕方ないか、と条件にはすぐに了承し、翌日から仕事終わりには【キッチン みやび】に向かう事になる。


 歩くんからデートのお誘いをされるけど……。

 ごめんね!!

 少しの間だけ料理の修行をしてきます、と心の内で謝る。


「先約があるなら仕方ないです」


 微笑んでくれていたから、その微笑みの下でしょんぼりしていたなんて気付かなかった。

 その時の私には、一日でも早く色んな料理を作れるようになりたいという考えしかなかったのだ。




「月見里ー」


 仕事帰りの私の背に声を掛けたのは同期の川辺だった。


「お疲れ。どうしたの?」

「どうしたのって、それ俺が聞きたいんだけど。お前らどうした?」

「お前ら?」


 首を傾げる私を見て、川辺も首を傾げる。


「いや、月見里は違うのか? あいつだよ、あいつ。お前の彼氏の方」

「かっ!?」


 彼氏って、と焦って手に変な汗が出る。


「彼氏だろ?」

「そうだけど。で、松岡くんがどうしたの? そう言えばちょっと体調が悪そうな日があったよね、でも本人は体調は悪くないって言ってたしな……」

「はあ〜。あいつの顔ちゃんと見たか? 暗くて沈んで澱んで、死んだ魚みたいな目してたぞ?」

「ウソッ?」

「嘘なもんか。俺が嘘なんて言ってどうすんだよ。お前らどうなってんだ? 別れたのかと思ったけど、月見里はそうでもないみたいだし、ホントどうなってんだよ?」

「別れてなんて、ないよ。今日だってこれから松岡くんのために――」

「松岡のために?」

「……いや、たとえ川辺にでも言えないな。内緒だよ内緒!」

「それ、まさか松岡にも内緒にしてないか?」

「してるよ、当たり前じゃん!」

「絶対それだ。しかもそれ、多分バレてるな。そして変な方向に勘違いしてる可能性があるぞ」


 川辺の言葉に心臓が止まる。


「うん、すでにバレてるし、それ追及されて私『言えない』って言っちゃった……」

「は〜あ〜〜〜!?!?!?」


 川辺が一瞬で鬼の形相になる。


「バカだろ?」

「はい、すみません」


 私は小さくなって謝りながら、川辺にくどくどと怒られたのだった。




「雅くん、今日で終わりにする。ありがとう」


 千切られた3種類のレタスを器に盛りながらそう言うと、雅くんはフライパンに乗っているハンバーグを返しながら、何かあったのか、と聞いてくれる。


「うん。何かあったみたい。私は料理に夢中で全然気付かなかったんだよね。……ダメだね、ほんと」


 レタスの上にきゅうりと真っ赤なプチトマトを乗せてテンション低く答えた。


「でも彩葉は恋人を喜ばせたくて一生懸命やってるんだから、あんまり気にするなよ?」

「…………」

「料理の腕は上達したと俺が認めるから、恋人の胃が爆発するくらいたくさん料理を振る舞えばいいさ!」

「うん」


 私はこの数日間、仕事終わりに【キッチン みやび】に来て雅くんから料理を教えてもらっていた。と言っても営業の邪魔は出来ないので、営業時間は簡単な手伝いをしながら雅くんの手元を追い、店を閉めてから時間の掛からない料理を教えてもらっていたのだ。

 先週、歩くんの家にたくさんの種類のお惣菜を買って行って何が好きなのかは調査済み。

 調査結果は【何でも好き】だったのだけれど……。と言うより私の好みと似ているのかもしれない。


「彩葉、モッツァレラチーズ出して、切ってくれる?」

「はーい。カプレーゼ?」

「そうそう」


 冷蔵庫からモッツァレラチーズを出し、水を切ってスライスし、ガラスのオーバル皿にスライストマトと交互に並べると、雅くんが上からオリーブオイルとブラックペッパーを振る。


「切るのは上手いよな〜」

「何その言い方? 切るのって私が出来るのそれしかないみたいに言わないでよ」

「え?! 自覚なし?」


 そう馬鹿にして雅くんはカプレーゼをお客さんの元へ運びに行ってしまった。

 『だけ』なんて酷いけど。まあ、確かに。

 他にマスターした事なんて、と連日の特訓を振り返る。



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