第4話


 フラワーシャワーの中を歩く二人に「おめでとう」と祝福すると、友梨が思い切り笑顔で「ありがとう」と返してくれた。

 友梨と湊くんの結婚式は心の底からお祝いする事が出来た。

 これも全ては月見里さんのお蔭。

 あー、早く月見里さんに会いたい。と言っても明日会社で会えるのだけども。

 友梨のウエディングドレスは、プリンセスラインとかなんとかでウエストから下がふわっふわして友梨らしい。

 でも月見里さんなら、ふわふわより身体のラインがでるようなドレスが似合うんじゃないだろうか、とそんな事を考えている自分にはっと気付いて頭を振っていると、横にいた親父に「なんだ、虫でもいたのか?」とトンチンカンな事を言われる。


「虫はいないよ」

「そうか。はあ、友梨ちゃん綺麗だな。次は歩の番か?」

「そうだといいけどね」

「なんだ、仕事が一番か?」

「そうだね……」


 僕の好きな人には、好きな人がいて、その人を待っているらしい。

 月見里さんを好きだと自覚した途端、失恋ってのも悲しいものだ。

 だけど彼女はもう少し思い出作りという名の恋人ごっこに付き合ってくれるらしいから、それが終わるまでは独り占めしてもいいよね?





 天気予報は雨。

 雨の中の温泉旅行に僕の彼女は項垂れていた。


「明日にはやむかな?」

「天気予報じゃこの土日はずっと雨ですよ」

「知ってる! 知ってる、けど、ちょっとでもやんでくれたら嬉しいじゃん!」


 むくれる彼女の横顔がとても愛しい。

 雨でもいいじゃん大丈夫だよ、と抱き締めてしまいたい衝動を理性で抑える。

 きっとこれが最後の恋人ごっこだから、いい思い出を作りたい。

 雨だけど、風景を撮るフリをして彼女の横顔をこっそりスマホのカメラで撮影した。

 ねえ、今何考えてるの? そう聞いたら答えてくれるだろうか。


 湊くんの運転する車で途中、友梨の希望する食事処で昼食を摂り、一旦泊まる旅館に車を置いて温泉街の散策に出た。


「やっぱりまずは温泉饅頭よね?」

「さっきお昼食べたばっかりだけど、まだ食べるの?」

「え? 別腹じゃないの? 別腹だよね、彩葉ちゃん?」

「もちろん別腹ですよ! だって後このお店のソフトクリームも食べなきゃ行けないし」


 そう言って月見里さんはガイドブックを開いてスイーツ特集ページの一箇所を指差す。


「じゃあ行きましょ、行きたいとこ全部ね」

「はーい、行こ行こ〜」


 だけど彼女たちがその店に真っ直ぐ行くはずもなく、すぐに色んな店に入っていく。


「これ可愛いね、湊くん。お揃いで買ってもいい?」


 ストラップを手に取る友梨に、湊くんがいいよ、と返しているのを見た月見里さんは、何を考えたのか僕を遠くに引っ張って行く。


「あ、これ美味しそうじゃない。会社のお土産にしようかな?」


 これは多分、二人の仲良い姿を見せまいとしているんだな、と思って微笑ましくなる。もうそんな事しなくていいのに。

 でもそれを言ってしまえばこの関係はきっと今すぐにでも解消してしまうのだ。


「お土産って、一人で温泉行きました、とか言うつもりなんですか?」

「そっか!? 何も考えてなかった。陽菜にバレたら色々突っ込まれるしね。ああ、ダメだ、バレちゃマズイ。やっぱりお土産は無しにしよう」


 何気なく言ったのだろうけど、『バレちゃマズイ』と言う言葉が引っ掛かってしまった。

 そうだよね所詮、僕たちの関係は嘘。嘘は隠さなければならない。

 というより、仲の良い中山主任には何も言ってないんだ、秘密にしてるんだな、と思うと虚しくなってしまう。


 僕との関係は明るみにしたくない、隠しておきたいほどのものなんだ。そうだよね、元カレが帰って来た時に困るよね、と更に虚しくなると、この旅行を楽しめなくなっていた。



 しかし、すぐに楽しくなる。さすが湊くんだ。

 月見里さんが手配した部屋を湊くんが勝手にいじっていて、結局僕たちは同じ部屋にいる。

 何だかんだと騒ぐ月見里さんをあしらいながら押入れの襖を開けた。


「ほら、ありましたよ布団。僕はこっちで寝ますから、ご心配なさらずそちらで寝てください」

「でも」

「もし友梨たちがこっちの部屋に来た時に月見里さんがいなかったら怪しまれますよ? それでもいいんですか?」

「それはそうだけど……。それだけじゃなくて付き合ってもない男女が同じ部屋って」

「なんですか? 襲って欲しいんですか?」

「違っ!」


 月見里さんをからかうのは楽しい。本当に襲うなんてことする訳ないじゃないか。


「別にいいじゃないですか。楽しみましょうよ、折角だし」

「だけど、私たち……付き合ってないから」

「じゃあ本当に付き合えば良くないですか」


 その質問は結構本気で言っていた。もし叶うなら、いいよ、って言って欲しいという願いは見事に砕かれる。


「そっ、そんな事言わないで!」


 泣きそうなほど嫌なのか、もしくは僕の事を何とも思っていないから、そう言うのだろう。


「残念」


 それは月見里さんに対して言った言葉なのか、はたまた自分に言った言葉か分からない。

 どうしたって結局叶わない恋に胸を苦しくさせるだけだった。






 夕食を終え、友梨と湊くんはマッサージに行ってしまったので、月見里さんと二人で部屋に戻る。と言っても何故か馬鹿みたいに呑んで酔っ払っている月見里さんを見張りながら。


「真っ直ぐ歩いてください」


 僕がそう言っても聞いちゃいない。


「あ〜、食べた〜」

「どっちかって言うと呑んだの間違いでしょ?」

「えー、だって空けたら空けただけ中居さんがビール注いでくれるんだも〜ん!」


 それは、要りませんって言わないからでしょ。

 へへへ〜、と笑う千鳥足の彼女はとうとう自分の足を絡める。


「あっぶな」


 セーフ。咄嗟に腕を取り転けるのを阻止した。


「あり、がと」

「ちゃんと歩いてください。ほら、部屋に着きましたよ」

「は〜い! ちょっとお水もらっていいかな〜?」


 ふらふら歩きながら部屋に入り、月見里さんは備え付けの冷蔵庫を開ける。


「ははっ、あったあった〜」

「月見里さん、ちょっと! それビールですよ、水はその隣……」

「えー? あれ〜?」

「酔っ払いが……」

「ふあ〜、眠っ」


 欠伸をこぼしながら水を飲もうとした彼女は見事にこぼした。


「あぁ、濡れちゃった」


 濡れちゃった、じゃないでしょ、……なんだよ、クソ可愛いな。

 じゃなかった。近くにあったタオルを取り、月見里さんの手から水をもらって、タオルを渡す。


「何やってるんですか、ほらタオル! 拭いてください」

「はーい、ごめんなさーい。ふふっ、松岡くん優しいね〜」

「はっ? 別に、酔っ払ってるからでしょ。月見里さん、いつもはしっかりしてるくせに、どこでハメを外したんですか?」

「へへへ、楽しいね〜」


 なんだよ、酔っ払いの破壊力。これ以上僕の胸をえぐらないでくれ!!

 僕の気も知らないで、呑気に浴衣なんて着て、呑気に上気したうなじを晒して、呑気に酔っ払って、呑気に同じ部屋だなんて、どうかしてる。


「ねえねえ、松岡く〜ん」

「何ですか?」

「松岡くんは楽しかった? ちゃんと楽しい思い出できた? 楽しんでね、楽しんでくれなきゃ私……」


 月見里さんと一緒なら何だって楽しいに決まってる。別に旅行なんて行かなくても、一緒に仕事してるだけでも充分に楽しい。


「楽しいですよ」


 でも本当はもっともっと月見里さんが欲しいんです。

 僕が楽しい、と言った事に満足したのか月見里さんは椅子に座ったまま目を閉じていた。


「寝るんならベッドで寝てくださいよ」


 そんな所で寝たら風邪ひくじゃないか。せっかく大きなベッドでゆったり眠れるのに。

 仕方ない、なんて理由を付けて僕は月見里さんを抱えてベッドに運んだ。


「もう寝るんですか?」


 何の反応も返って来ないのを良い事に、言いたい事を言ってみる。


「好きなんですけど、起きないならキスしますよ?」


 彼女が起きてる時に言ったなら、どんな反応をしてくれるだろうか。まずは目と口を開いて、頬は真っ赤に染めるだろう。

 いやいやもしかしたら、冗談〜と受け流されてしまうかもしれない。何だかこっちの方があり得そうだ。

 悔しくて、今だけとばかりにすやすやと寝ている彼女の頭を優しく撫でる。


「彩葉」


 貴女の名前を呼ぶだけで僕の胸は高鳴る。こんな気持ちになるのは貴女にだけです。

 そう感じていると、月見里さんの口が薄く開いた。


「……ゴウ」

「!?」


 名前?

 誰の?

 ふにゃりと笑う月見里さんの顔から推測して……。それは待っている恋人の名前だと思った。


――やっぱり待ってるんだ……。




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