第5話
避けているのが分かるほど松岡くんは外回りから帰って来ない。
しかもゴウとの待ち合わせ時間も迫っていたので仕方なく会社を出る。まさか松岡くんに一言も話し掛ける事が出来ないなんて思ってもいなかった。
相当嫌われてしまった、と考えるべきだろうか。昨日から少しも解決していないどころか事態は悪化しているのかもしれない。
そんな私の顔を見てゴウは開口一番に、大丈夫か、と眉をひそめた。
「なに、仲直り出来なかったの?」
「うん」
「そっか。……好きなんだな、あの彼の事」
「えっ、いや、あのね」
私、松岡くんの事を好きな人だなんてゴウに言っただろうか?
言ってはいないと思うのだが、でも多分ゴウにはバレている。
「俺ずっと彩葉のこと心配だった。でも彩葉に好きな男がいて安心したよ」
「なんで、今更そんな事。私ずっとゴウを待ってたのに」
「こんな連絡も寄越さない男を待ってたの?」
「そうだけど悪い?」
「ごめんな」
「ううん」
「俺は色んな国を行ったり来たりして、帰って来たと思ったらまたすぐに別の国に行く。そんなの彩葉寂しいだろ? だから俺は一人気ままがお似合いなのさ。彩葉は、彩葉の側でずっと一緒に居てくれる男の方がいいんだよ。寂しがりだからね」
「そうだね、寂しかったよ。でも今は一緒に居たい人が見つかったんだけど、……ほんとどうしよう。私……」
もう駄目かもしれない。
もう話も聞いてくれないかもしれない。
手を繋ぐ事もなく、おしゃべりする事もなく、素っ気ない態度でからかわれる事もないのだろう。
寂しいな。
ゴウがいなくなった時よりも、もっと寂しい。
心にぽっかり空洞が出来てしまったよう。
その空洞を埋めて心を満たして欲しい人は、実はお姉さんの事が好きだから、私の恋は初めから叶わない事は分かっている。
ただ側にいることも、寂しさを紛らわせる事も、慰める事も、寄り添う事も拒否された私に残された選択肢は、諦めるという事。
重い溜め息を吐く私に、ゴウは何も言わずただ隣に座っていてくれた。
そろそろ帰ろうかと促され、二人夜道を歩く。
賑やかな飲み屋街はどこもかしこもキラキラしていて楽しそうな笑い声が漏れていた。
「せっかく会えたのに楽しい話の一つも出来なくてごめんね。ゴウの話ももっとたくさん聞きたかったな」
「でも今の彩葉が話を聞かなきゃいけないのは俺の話じゃなくて、あの彼の話だろ? そんな寂しい顔した彩葉に面白い話なんて出来ないよ。まあ、また会えるさ。今度は日本に来た時、連絡するから」
「うん」
待ってる、なんて言えなくてゴウから視線をそらしたその時、道路を挟んで向かいにある店の前に親しそうに寄り添い合う松岡くんと結城さんを見てしまった。
足が地面に縫い付けられたように動かない。その一瞬、松岡くんと確実に目が合った。
松岡くんは友梨さんのいない寂しさを埋めるのに結城さんを選んだの?
べったりとくっつく結城さんに嫉妬してしまいそうになる。
「おい彩葉?」
ゴウに揺らされ、はっと我に返ると身体が動いた。そのまま何もなかったかのように前へ進む。
前へ、前へ、前へ……。
振り返っても見えないほど遠くへ。
私が二人の目の前にいた事を消すように、見えなくなるようにと急ぎ足を動かす。
「なあ彩葉、さっきのって」
「いいの。いいの、ありがとうゴウ」
「いや、でも……」
「彼はあの彼女を選んだんだよ。私は、違ったの。だから、いいの」
松岡くんがどういうつもりで結城さんを選んだのかは分からないけど、二人は美男美女でお似合いだし、歳も近いし、何もかもぴったり―――
嫌だ。
本当はすごく嫌だ。
松岡くんが結城さんを選んだのも嫌だし、松岡くんが友梨さんを好きなのも、本当は嫌だ。
溢れる涙を化粧が崩れるのも気にせず指先で拭い取る。何度も何度も指先で拭うが涙は止まる事を知らなかった。
そんな私の背中へ、待って、と引き止める声。
それは―――
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