第4話

 松岡くんに伸ばした手が届かず所在なげにふらりと揺れる。


「泣きたかったら、胸くらい貸すけど」

「ありがと、ゴウ」


 でもゴウの胸は借りない。そんな意思表示のように鞄からハンカチを出して目元を押さえた。

 私が泣いてる場合じゃない。


「ごめんゴウ。今日はちょっと無理……」

「分かった。でも俺、明日の夜くらいまでしか時間ないんだ。明後日の朝にはまた向こうに帰るから。せっかく会えたから少しだけ話しがしたいんだけど、明日の夜ならいい?」

「分かった、明日の夜ね」

「彩葉の会社の近くの店でどこか予約しておくから」

「ありがとう」

「行くのか、さっきの男の所?」

「うん。私、彼に謝らなきゃいけない。酷い事しちゃったの」

「じゃあ早く行って仲直りしないとな!」


 にかっと笑うゴウにもう一度、ありがとう、と言って走る。でもどこを探しても松岡くんは見つからず電話を掛けても繋がらない。


「松岡くん、どこ?」


 謝りたい。

 でも謝るなんて私が自己満足を得るだけかもしれなくて、松岡くんにとっては迷惑かもしれないと、気持ちがネガティブな方へと引っ張られる。


「やだなもう。私が弱くなってどうするの」


 もしかしたら松岡くんは苦しんでいるかもしれない。気分を悪くしているかもしれない。どこかで倒れたり、吐いたりしていないだろうか、と心配になってくる。

 苦しい胸を押さえるが、苦しいのは私じゃない松岡くんの方なんだから、と唇を噛んで苦しみを誤魔化した。

 もう一度電話を掛けてみるがやはり鳴り続けるだけで電話の向こうで、もしもし、と誰も受話してはくれない。


「松岡くん」


 私はなんて事をしてしまったのだろうか。友梨さんが旅立つ別れの日に追い打ちを掛けるように彼を苦しめてしまった。

 何もせずそっと隣に寄り添ってあげれていれば良かったと後悔があふれる。


 最後の望みのように松岡くんの家を訪れた。

 しかしチャイムを鳴らせど反応はなく、虚しい音だけが響いている。

 部屋の中にいるの?

 それともまだ帰って来ていない?

 どちらも分からない。もし部屋にいて、出て来てくれないのなら拒否されているのだろう。

 だけどひょっこりと帰って来るような気もしてしばらく玄関の前で待っていたのだが、帰って来たのは隣人の男性だった。


「あの、どうかされました?」

「いえ、大丈夫です」


 何となくそこにずっといる事を阻まれている気がした私は玄関に向かって、ごめんなさい、と頭を下げる。もし松岡くんが許してくれるなら私に謝る機会をください。

 そう願うしかなかった。

 それ以上は望まないから、ただ一言、貴方を傷付けた事を謝らせて欲しい。



 翌日。

 早めに会社に行くものの松岡くんはなかなか出勤して来なかった。

 まさか体調でも悪いのだろうかと心配になって、それが自分のせいだと思うとまた胸が痛む。


「はあ」

「月見里チーフ?」

「ああ結城さん、おはよう」

「元気、……ないです?」

「ううん、そんな事ないよ。さ、今日も頑張ろうか」


 結城さんは納得してない顔で、抽斗からチョコを出して三つも私にくれた。


「月曜は憂鬱ですよね、一週間頑張りましょうね!」

「ありがとう、いただくね」


 結城さんの優しさに慰められ、ちょっぴり溜め息が軽くなった気がする。

 そして始業のギリギリに来た松岡くんに声を掛けるが、すげなく返されてしまう。


「今日はすぐに外回りに出ます。行ってきます」

「え、待って……」

「月見里ー! ちょっとこっちお願いー」


 それどころじゃないんですけど久保田課長ー!  と思ったが久保田課長もそれどころじゃないという顔をしていた。私があたふたしている間に松岡くんはさっさと外回りに出てしまう。

 明らかに拒否されている……。

 その事が私の心を重くした。


「月見里ー、早くこれ見てよ!」


 そんな私の心情なんて関係ないと言わんばかりに久保田課長は、早く早く、と私を呼んでいた。



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