第2話

 翌日、昼過ぎ。

 私の家の最寄り駅まで迎えにきてくれた松岡くんと一緒に電車を乗り継いで空港を目指す。


「友梨さんたちとうとう行っちゃうね」

「はい」

「日本とアメリカってどれくらい離れてるんだろ」

「飛行機でニューヨークまで十三時間ほどですよ」

「半日掛かるんだ。……寂しくなるね」

「はは、そうでもないですよ」


 車窓から外を眺める松岡くんの目には何が映っているのだろう。『そうでもない』なんて言ってるけど、それは本心じゃないって分かってる。私の前で強がらなくたっていいのに……。

 何を考えているのか分からない松岡くんのだらりと揺れている左手を握って明後日の方を見る。

 一瞬びっくりした松岡くんがこちらを向いたのが気配で分かったけど、何も言って来ない。


 ……やっぱり寂しいよね。

 泣きたくなったら泣いていいよ?

 今日だけは付き合ってあげるから。


「月見里さん、お見送りしたらどこかでご飯食べて帰りましょうね」

「うん」


 嬉しいお誘いに頬が緩む。

 でもこれが本当の本当に最後かもしれない。そう思い至ってまた胸がぎゅっと締め付けられた。



「彩葉ちゃん、ありがとう。日本に帰って来た時はまた遊びましょうね!」

「はい、もちろんですよ!」

「歩のことよろしくね。素直じゃないし、わりと態度には出る子だけど、根は優しい子なの。大変だと思うけどよろしくお願いします」

「そんな、……大丈夫ですよ」

「あと『克服』もね」

「ははっ、はい」

「歩も、彩葉ちゃんを困らせたらダメだからね!」

「分かってるよ。……湊くん、友梨をお願いします」

「はい。お任せください。……歩くんも彩葉さんも元気でいてくださいね。では行きましょうか、友梨」


 手を振ってお見送りする私たちに、友梨さんは手を振り返し湊さんは頭を軽く下げてゲートへと向かっていく。

 その後ろ姿を見えなくなるまで見送ると、しんみりした空気を変えるように私は笑顔を浮かべた。


「行っちゃったね! さっ、帰ろうか」


 そう促す私について松岡くんも向きを変えて歩き出す。


「ねえ、彩葉」


 まだ下の名前を呼んでくれる嬉しさを噛み締めながら、なに? と聞き返す。


「気になったんだけど、さっき友梨が言ってた『克服』って何ですか?」

「えっ?」


 いや、あの、その、……と、もごもごと口を動かしながらどうしようと頭を働かせる。

 昨日結城さんと一緒に焼いたクッキーは鞄の中にあるけど、渡すなら別れ際がいいかな、と思っていたのだが、もしやこれはこのタイミングで渡せと言う事なのだろうか?


「あ〜、あのね」


 果たしてこんな所で渡していいのだろうかと逡巡する私に向かって、松岡くんと別の声が重なる。


「彩葉?」

「もしかして、彩葉?」


 その別の声の主は―――




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