第2話
四月一日。
入社式が会議室で行われている傍ら、営業部では
「おい川辺、良かったな主任に昇格、頑張れよっ」
軽い言葉で辞令をコンニャクのようにぺらーんとさせながら渡す増田部長から、それを受け取るのは同期の
「あとは、事務の
「なんで、疑問系なんですか? って言うか部長、入社式出ないんですか?」
苦笑いする増田部長に軽口を言いつつ私は部長の手でぺらりんぺらりんと動いている辞令を取ると、確認のためにそれを見た。
『営業部 営業事務 チーフ
「ほんとだ、チーフだって」
「良かったね、昇格おめでとう」
そう声を掛けてくれたのは、課長の
「ありがとうございます」
それから
「じゃあ今日から月見里チーフって呼ばなきゃ」
そう言うのは一つ年下で営業の
「月見里チーフ」
「川辺主任〜」
同期二人でからかわれて照れていると入社式が終わったのか営業部配属の新入社員が一人、総務部の陽菜に案内されてやって来た。
「お待たせしました〜。はい、自己紹介して」
「ゆ、
拍手をしながら歓迎する。
隣にいる久保田課長と「可愛いねぇ〜」なんて言いながら。キメの細かい白い肌にくりっとした大きな瞳に長い睫毛は、まるで西洋人形のよう。
ぽってりとした唇も可愛いくて、増田部長の鼻の下は完全に伸びていた。
結城さんと同じ制服を着ているのに、何故か違って見えるのはどういうことだろうと首を傾げながら、お人形さんみたいな結城さんを席に案内する。
「結城さんの指導係で事務の月見里です。よろしくね!」
「はい。よろしくお願いします」
きちっと頭を下げる姿に感心しながら、座席表を出し結城さんに見せる。
「営業部は一番奥から増田部長」
と、奥に離れ小島のように大きなデスクを構えた増田部長が片手をあげて応えている。
次にその手前の島にデスクが四つある。右奥から時計周りに、三山係長。川辺主任。清水さん。久保田課長。と紹介していき更にその手前の島が私たちの島。
ここもデスクが四つあり結城さんの向かいに座る松岡くんを紹介し、私の向かいは空席だと説明した。空席だけれどそこは資料や伝票であふれる場所。
「名前は追々覚えてくれたらいいからね」
小さい会社で人数も少ない。すぐに覚えてしまうんだろうなと思いながら次に社内の説明を簡単に済ませると、私の仕事を一緒にしてもらった。
*
その週の金曜仕事終わり。
いつものように陽菜と【キッチン みやび】へ行くのだが、今日は川辺も誘って主任昇格をお祝いしてあげる。
「「おめでとう」」
三人でビールを傾け、ぷはーっと身体に染み渡らせる至福を同期で感じ合うのもなかなかに楽しい。
「彩葉はチーフかぁ」
「私もびっくりだよ〜」
「月見里も新人の指導して、チーフ姿が様になってるしな」
「なになに、彩葉偉くなったの?」
そう言いながら、瑞々しいレタスのシーザーサラダとトマトのカプレーゼを運んできた雅くんが会話に交ざる。
「雅さんそうなんですよ、彩葉、営業事務のチーフに昇格しました〜」
「へへ」
「そっかぁ〜おめでとう! 実は真面目に頑張ってたんだな、感心! 感心!」
「実は、って何? 酷くない?」
褒めたかと思えば小馬鹿にされるが、お祝いにデザートをサービスしてくれると言って雅くんは下がって行った。
「それで、営業部の新人ちゃんはどうよ?」
「結城さん? 仕事覚えるのは早いし、いい子だし、可愛いよね〜。総務部の子はどう? 大人しい感じに見えたけど?」
「いやいや真面目だけどね、テキパキやってくれて助かるし、人を覚えるのが早いね。部署と名前ばっちり覚えててびっくりしたよ〜」
「すげーな、今年の新人」
「うかうかしてたら、主任もすぐに降格かもよ〜川辺〜」
「やめろ、それを言うなら中山もだろ、中山主任〜」
子どもみたいに言い争う二人を見て笑いながらビールを飲み干し、ふと思い出す。
同じ20代なのにお肌キレイで可愛いかったな結城さん――そう思いながら頬に手をやると、乾いた笑いが漏れたが目の前の二人は気付いてなかった。
*
土日休みをはさんで月曜日。
ロッカールームで制服に着替えて営業部に向かうと松岡くんが「月見里チーフ」とデスクから身を乗り出してくる。
「おはようございます。すみません、こちら急ぎでお願いしたいんですが頼んでもいいですか? 出来れば木曜までに」
おはよう、と返すと松岡くんから資料の厚い束を手渡され、すぐに中をパラパラと改める。それは市場に出ている自社と他社の木製おもちゃ製品に関する資料だった。
「これ、数値をグラフ化するの?」
「はい。項目をもっと丁寧に細分してもらえたら助かります」
「分かりました」
「ありがとうございます。僕はこれから外回りなので何かあれば連絡ください。お願いします」
「はい。行ってらっしゃい〜」
松岡くんに、頑張ってねと手を振っていると結城さんが出社してきた。
「おはようございます。松岡さん外に出られたんですね?」
「おはよう。朝から外回りだって。さて今日は結城さんには、これを一緒にやってもらおうかな」
と今しがた松岡くんに手渡された資料の一部を結城さんに渡す。それからパソコンを開き会社独自のシステムを使って数値を入力する方法を教えた。
松岡くんに頼まれた資料のグラフ化は通常業務の合間にやるものの、結城さんの指導も加わると説明に時間が掛かったりして思うように仕事が捗らない。
これは今週残業が増えそうだな、と苦笑しながら時計を見るとそろそろ定時になりそうだった。
「結城さん、それが一段落したら今日は終わりでいいからね」
「はい、分かりました」
新人は仕事を覚えるまでは定時で帰らせるという暗黙の了解がある。
「月見里チーフ、ここまで終わりました」
「ありがとう。確認しとくね! それじゃ時間だからまた明日。お疲れ様ー」
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
結城さんの声に社内にいた数人が「おつかれ〜」と声を掛けていた。
覚えが良いと言っても新人。仕事を覚えるまではどんなミスも私の責任となるから、全てに二重チェックを行う。
「よし、完璧じゃん!」
「なになに? 結城さん、仕事出来る?」
私の後ろに立って手元を覗き込んできたのは川辺だった。
「出来る子だよ! 初めの週はミスもあったけど今週は今の所完璧だね」
「スゲーじゃん」
「私の指導の賜物?」
「なわけねーだろ。結城さんのチカラだね」
「むう……。あ、でもそろそろ川辺の担当してる取引先は結城さんに任せるから、いい?」
「おう!」
「お疲れ様です、夫婦漫才ですか?」
「「違うっ」」
「ハモってるし」
そう言って笑うのは外回りからやっと帰って来た松岡くんだった。
「お疲れー松岡くん」
「やっと帰って来れましたよ」
「長かったんだね?」
「いやあ、先方が時間をずらして欲しいとか、別の場所まで来て欲しいとか、今日はそんなのばっかりで……、参りましたよ」
「そうだったんだ、大変だったね。ご苦労様でした」
疲れた顔をした松岡くんを見て営業も大変だな、と感じる。
以前担当だった三山係長も「気難しい人だから大変だよ」とこぼしていた。それを松岡くんは爽やかに相手してみせる。今まで苦情もないほどに。
それを、さすがだななんて感じながら一瞬だけ斜め前へと視線をやると少しだけ疲労の色が見て取れた。
「さてさて、残ってる仕事さっさと片付けるかー」
そう言って川辺が自席に戻っていくと、私もパソコンに向かい直した。
――私も頑張ろ。
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