第3話
時計を見るとすでに20時前。今日はこの辺にして帰ろうかな、と顔を上げると斜め前の席で真剣な表情をして仕事をする松岡くんが目に入った。
今日は外回りに時間を取られたために進められなかった仕事に取り組んでいるようだ。
「あれ、月見里がこの時間まで残業するなんて珍しいね」
そう言って隣に立ったのは久保田課長だった。
私は特に忙しい時期でない限りは19時にはだいたい帰っている。そんな久保田課長の声に反応して顔を上げた松岡くんも時計を見た。
「もう20時ですか!? 月見里チーフ、もしかして朝お願いしたやつに時間掛かってます? すみません……」
「いやいや、違うって。結城さんに指導しながら通常業務もこなすのってちょっと時間掛かっちゃうんだよね」
それに久保田課長が「ああ、まあね」と言う。
「説明して教えて、聞かれたら答えて、間違いないか確認して、……ま、最初は誰もそんなもんよね。月見里もそうやって先輩に教えてもらって育ったんだから頑張んなさい!」
「はーい頑張りまーす」
「いや、だけど、……そうですよね。いつものようにお願いしたけど、今は思うように仕事が捗らないですよね。大変だったら僕もやりますので言ってください。もともと僕の仕事ですから」
「松岡の仕事かもしれないけど、それをサポートするのが営業事務なんだから、大丈夫よ、月見里に任せなさい!」
「そうそう、そうだよ! 任せて、任せて〜。それに今日はこれで帰ります。松岡くんこそ無理しないでね!」
「はい、ありがとうございます」
私はそのままデスクを片付けて帰る。帰り際見た松岡くんはまた真剣な顔をしていた。
あれから火曜も水曜も残業し、なんとか木曜の午前中までに松岡くんからお願いされていた資料のグラフ化が終わった。
「松岡くん、ぎりぎりでごめんね。こちら終わりました」
「すみません、私の入力が遅かったから……」
結城さんが上目遣いで松岡くんを見るが、松岡くんはそれを見てはいない。渡した資料に視線を落としている。
「ありがとうございます。あとで確認しますね」
「直す所があったら言ってね!」
これでやっと残業時間も減るだろうし、早く帰れたら、食材を買って今晩は自炊しようかな、と考えながら残りの業務に取り掛かる。
結城さんも教えた仕事を完璧にしてくれるので、覚えてしまった仕事に関しては、教えなくていい分私が楽になった。それでも二重チェックは怠らないように気を付けるのだが、毎回チェックいる? と頭をひねるほど、結城さんは優秀だった。
そのお蔭で定時で結城さんを帰らせたあと、すぐに私の仕事も終わる。
よしっ、帰れる! と内心喜びながらも表情は努めて冷静を振る舞い「お疲れ様でした」と言って会社を出た。
まだ外が明るい。
これなら十分買い物時間はあるし、ゆっくりスーパーに寄って、何を作ろうかなと頭を悩ませた。
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