第336話 ここは俺に任せて先に行け

 <ニーズヘッグ>と<ホルス>から装機兵全機が出撃しオービタルリング宇宙港の隔壁に向かい始める。

 その時<ニーズヘッグ>のブリッジでは接近する敵反応を捉えていた。


『エーテルレーダーに反応! 六時の方向に大型飛空艇八隻――全て<ガルーダ>級です。敵飛空艇周囲に多数の<サーヴァント>及び<量産型ナーガ>の出撃も確認。メインモニターに映します』


 ブリッジのメインモニターに表示されたのは全長二千メートルを超える<ガルーダ>級の大型飛空艇八隻とその周囲に展開されている数十機にも及ぶ装機兵の姿だった。

 聖竜部隊に差し向けられた刺客――と呼ぶには余りにも大規模かつ仰々しい大部隊を前に聖竜部隊はオービタルリングに今すぐ突入すべきか躊躇する。

 その時声を上げたのはフレイだった。


『ここは俺が食い止める。お前等はとっととオービタルリングに突入しろ』


『兄さん、何をバカな事を言ってるんだ! あれ程の大部隊と一機でやり合おうなんて無謀だ!! 私も一緒に――』


『お前こそバカ言ってんじゃねえよ!! <ヴァンフレア>は単体火力が高い機体だ。熾天セラフィム機兵シリーズとの戦いの要になる。フレイア、お前の力はこの先の戦いで必要不可欠だ』


『でも……』


『俺の役目は味方の支援。聖竜部隊の背中は俺が守る! だからお前等は先に行け!! ――ハルトを敵の本拠地の中でこれ以上孤立させんじゃねえ!!』


 フレイの言葉は全員が危惧しているものでもあった。だから誰も異を唱える事は出来なかった。

 この戦いを成功させる最大のポイントはハルトをシステムTGのもとへ向かわせ『テラガイア』を崩壊させるシステムを未然に防ぐこと。

 その際、二人の邪魔をするであろうクロスオーバーを聖竜部隊の戦力で叩き潰すこと。その為にはこの場に割ける戦力は最小限が望ましい。

 フレイはそれらを十分考え、自分一人で目の前に居る大部隊と戦おうとしていた。


 この無謀とも言える彼の選択をどうすれば良いのか分からず判断に迷う中、シェリンドンが口を開いた。


『分かりました。では、フレイ君の言う通りに敵装機兵部隊は<ドラパンツァー>に対応して貰います。――そして<ガルーダ>級八隻に対してはこの<ニーズヘッグ>が受け持ちます』


『シェリンドン主任、母船がやられたら俺たちが帰る場所が無くなっちまう。最前線に出るのは危険――』


 <ニーズヘッグ>が直接戦闘をする事を危惧したフレイが異議を唱えようとするとシェリンドンが不敵な笑みを見せる。


『それはつまり、この<ニーズヘッグ>がクロスオーバーの飛空艇に劣ると言いたいのかしら?』


『え……? あ、いや……そんなんじゃなくて俺が言いたいのは……』


『<ニーズヘッグ>は就航してから今まで一度たりとも全力で戦闘をした事はありません。それはこの船の開発と製造に携わったクルー達なら良く分かっている事です』


 この衝撃的発言に驚く聖竜部隊の面々。その表情にちょっと満足しながらもシェリンドンは話を続ける。


『これまでの戦闘は装機兵による戦闘がメインで飛空艇が関わる本格的な戦闘はほとんどありませんでした。それは本船にも該当し、今まで一度も完全な戦闘モードで運用した事はありません。この<ニーズヘッグ>が性能をフルに発揮した場合、<ガルーダ>級八隻など敵ではありません。――そうよね、皆』


 その直後、<ニーズヘッグ>のブリッジクルー達が次々に肯定の声を上げた。彼らを代表し操舵手のハンダーがエーテル通信に応じる。


『<ニーズヘッグ>を最大稼働で運用した場合、あんなデカいだけの飛空艇の攻撃なんて一発も当たりはしませんよ。周辺にいる装機兵の掃除を<ドラパンツァー>にして貰えれば余裕で殲滅出来ます』


 ハンダーは威勢を張る男ではない。それは聖竜部隊の者であれば周知の事実であった。

 出来る事は「出来ます」と言うし、出来ないことはキッパリ「出来ません」と事実を淡々と述べる男である。故にこの場で彼が言った「余裕で殲滅出来る」という言葉はこれ以上無い説得力を持ち合わせていた。


 こうして聖竜部隊は、気迫を見せるフレイと自信をみなぎらせる<ニーズヘッグ>クルー達にこの場を任せて先に進む覚悟を決めた。

 オービタルリング宇宙港に向かう仲間たちはこの場で敵を迎え撃つ仲間たちに再会を誓い移動を始める。


『兄さん、ありがとう……行ってきます』


『フレイ、ここはあなたとシェリンドン達に任せたわ。中にいるクロスオーバーは私たちが抑えてみせる! 頑張ってね……』


『お前の分まで僕たちが中で大暴れしてくる』


『フレイさんがわたくし達の背中をいつも守ってくれていた事……いつまでも忘れませんわ』


『フレイ……さよならは言わないよ! ぐすっ』


 竜機兵チームの面々がフレイに感謝を述べる中、フレイ自身は彼らの言動の中のある共通点に気が付き憤慨した。


『おい!! どうしてお前等最後のお別れみたいな雰囲気を出してんだ!! 言っとくけど、俺は別に相打ち覚悟で奴等と戦う気なんてないからね? メチャクチャ無双してお前等の後を追って合流する気満々だからね? それとパメラ、泣いてんじゃねえ!! 本当に失礼な連中だな、お前等はとっとと中に入ってクロスオーバーの足止めでもしてろ!』


 怒るフレイに後押しされて<ドラパンツァー>と<ニーズヘッグ>以外の戦力はオービタルリングの宇宙港ブロック外壁に取り付く。

 開閉端末にアクセスし承認されると巨大な隔壁が開いていき飛空艇すら余裕で侵入可能な出入り口が姿を現わす。

 その先にはかつて何隻もの宇宙船が停泊したと思われる港になっており<ホルス>と装機兵各機はその中を進んで行くのであった。


 オービタルリングの中に入っていく仲間たちの後ろ姿を見送るとフレイは笑みを浮かべながら広範囲に展開する敵集団を見やる。


『さてと……これでようやく俺たちは最終決戦のスタートラインに立った訳だ。あいつらがクロスオーバーと戦闘を始めれば少なくともハルトへの集中攻撃は回避出来る』


『そうね、後は私たちが外にいる敵を全滅させておけば『テラガイア』に戻る際に安心ね。フレイ君――やれるわね?』


『勿論ですよ。さっきあいつらに言った台詞には嘘偽りは一切ありません。主任たちだってそうでしょう?』


『勿論よ。作戦通り<ガルーダ>級は私たちが落とします。装機兵部隊はあなたに一任するわ。――ふふ、まさか一時期うちで整備士として働いていたあなたと宇宙で大部隊相手に戦う事になるなんて人生は本当に面白いわね』


『そうですね。俺も今同じ事を考えていました。あの時、どん底にいた俺を救ってくれたドグマの皆と肩を並べて一緒に戦える。仲間の背中を守る為に共に戦えるこの瞬間と俺を聖竜部隊に誘ってくれたハルトには感謝しかありません』


『後で夫に伝えておきましょうか?』


『恥ずかしいんでそれは勘弁してください。それじゃ……やりますか!』


『そうね、必ず生き残りましょう! <ニーズヘッグ>微速前進、オービタルリングから距離を取りつつ戦闘モードに移行。――皆、この船がただの飛空艇ではないという事を見せてあげましょう!』


『『『了解!!』』』


 <ニーズヘッグ>のクルー一同から気合いのこもった返事が響き渡る。そして宇宙を舞台にした大規模戦闘が始まろうとしていた。

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