第334話 行け、システムTGのもとへ

 勝負はついた。右腕を失い自己修復のスピードが遅くなった<シヴァ>に近づいていく。ミカエルからは既に殺気は感じられなかった。


『戦闘中にこれほど驚かされたのは初めてだ。回転を加えたサシパンジャラは言わば業火の嵐……まさかその回転軸の中心に攻撃を打ち込んで回転を殺すとはな。言うのは容易いが実行するとなれば非常に難易度の高い神業だ』


灰身けしん滅智めっちで集中力を上げたから可能な戦法だった。――決着はついた。俺はシステムTGの所へ行かせて貰う」


『待てっ!』


 この場から飛び立とうとする俺をミカエルが呼び止めた。


「その状態でこれ以上戦うのは無理だろう。この戦いが終わるまでそこでジッとしてろ」


『何故、私に止めを刺さない? 私はお前にとって――』


「仇……とでも言いたいのか? 悪いがお前の挑発にこれ以上乗るつもりは無い。戦ってみて分かったよ、ミカエル。――あんたはここで俺に討たれたかったんじゃないのか? 俺の仲間を手に掛けるという嘘までついて……俺と戦って殺されたかったんじゃないのか? あんたからは何が何でも俺に勝ちたいという意志が感じられなかった」


 <シヴァ>の強さは確かなものだったけれど殺意という一点に関しては以前『ワシュウ』で戦った時の方が遙かに強かった。今回の戦いはまるで消化試合みたいな緊迫感の無さがあった。


『……そうか、見透かされていたか。お前の言う通りだ。私はここで……このオービタルリングでお前に討たれて終わりたかった』


「何故……?」


『私はずっとウリエルを救えなかった自分に嫌気が差してズルズルと生きてきた。そしていつしか自らの過ちを正当化するように、新人類をウリエルをそそのかした罪人として見るようになっていった。しかし、お前と戦い私は自分の愚かさ認める事が出来た。そんな私に残ったのは、いつ終わらぬとも知れないこの戦いに終止符を打つという想い。その為にシステムTGがオービタルリングに戻る協力をしたのだ。それが叶った今、私に残ったのはこの罪に相応しい終わりを迎えることだけ』


「だから俺に討たれて終わるのがあんたの結末だって? ……ふざけるな!! この戦いを終わらせようとしている連中の中に自分の死で手打ちにしようなんて考えてるヤツは誰もいない! ここに来たくても来られなかったヤツもいるんだ!! あんたはただ自分が楽になりたいだけだろうが。その為に俺を使うな!!」


『ならば私はどうすればいい? 私にはもう生きる目的など無い』


「そんなこと俺が知るか。自分の生き方なんてものは他人に委ねるんじゃなくて自分で探して見つける事に意味があるハズだろ。だから自分で考えな」


『あくまで私に生きろと言うのか』


「きっと教官ならそう言っただろう。――確かにあんたに対するわだかまりはゼロじゃない。でも誰かを憎み続けるなんて生き方を俺はしたくないし、俺がそんな事をしていたら教官に絶対どやされる。だからミカエル、あんたも憎むことを止められたのなら生まれ変わった気持ちになって生きてみろよ」


『生まれ変わったつもりで――か』


 その時、コックピットにアラートが鳴り響く。エーテルレーダーにおびただしい数の敵機の反応が表示される。それは真っ直ぐに俺たちの所に向かっていた。


「追撃部隊……! ガブリエルにここまで警戒されるなんて装機兵乗り冥利に尽きるじゃないか」


 機体を敵の大部隊が向かってくる方向に向けるとダメージから回復しきっていない<シヴァ>が立ち上がり、俺の行く手を阻むようにして背中を向ける。


「ミカエル、何のつもりだ?」


『ハルト・シュガーバイン、お前はシステムTGのもとへ行け。その為にここまで来たのだろう? 彼もお前を待っている。だから行け。心配せずとも送り狼は一匹たりとて通しはしない』


「まさか……そんな状態であの大部隊と戦う気なのか!? いくら<シヴァ>でも右腕はもう使えないし機体のダメージは深刻だ。あんただって余力がもう……」


『さっきお前は私に生きる意味を自分で考えろと言ったな。それを見つけた。――ただそれだけの事だ』


「でも、これじゃあ……!!」


『ハルト……システムTGとしっかり言葉を交わせ。私はウリエルと納得いくまで話をしようとしなかった。クロスオーバーよりも新人類を選んだと思い込み、彼を拒絶してしまった。――だから、私のようにはなるな!! お前とシステムTGがちゃんと言葉を交わせるように邪魔者を通しはしない。安心して先へ進め』


「ミカエル、あんたは……分かった、俺はあいつのもとへ行く。――ありがとう、死ぬなよ!!」


 俺は<カイゼルサイフィードゼファー>を浮上させるとエーテルフェザーを展開しこの場から去った。

 俺も一緒に戦うと言いかけて、言う事が出来なかった。モニター越しに映ったミカエルの表情は穏やかで確固たる決意が見て取れた。そんな人物の意志を無下にすることは出来なかった。

 あの時のミカエルの表情は最後に見たヤマダさんとヒシマさんに似ていた。俺を先に行かせるためにあの場所に残ったんだ。――だから俺に出来るのは、俺がすべき事は……。


「システムTG……いや、黒山……今、俺が行く!!」




 

 ハルトがシステムTGの待つ中枢システムエリアに飛び立つとその背中を見送ったミカエルは笑みを浮かべていた。


『ありがとう……か。誰かに感謝の言葉を掛けられたのはいつ以来だろう。その一言がこんなに嬉しいものだったなんて知らなかった。――いや、最後に知れて良かった』


 <カイゼルサイフィードゼファー>の姿が見えなくなると踵を返し接近してくる数十機もの<量産型ナーガ>を睨む。


『あの二人の戦いは誰にも邪魔させはしない。ここから先に行きたいというのなら私を殺してからにするんだな!!』


 先の戦いで満身創痍の<シヴァ>であったがミカエルの闘志はかつて無い程に向上していた。操者の意志を汲んだ愛機は右腕を失った状態でありながら鬼神の如きパワーを発揮し群がってくる無数の<量産型ナーガ>を打ちのめしていく。

 自己修復機能が働かなくなり激しい反撃にさらされ傷つきながらも破壊の神の名を持つ熾天セラフィム機兵シリーズは苛烈な戦いを続けた。


 戦場で幾つもの爆発が発生するのをハルトは背中越しに感じていた。

 しかし彼は振り返らない。自分が成すべき事をハッキリと自覚したハルトは前だけを向き突き進む決心していた。

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