第331話 メッセージ

「シェリンドン主任……前方で大規模な爆発を確認……<ハヌマーン>二機の反応……ロストしました……」


「そんな……間に合わなかった……」


 テラガイアの重力を振り切り大気圏を離脱した<ニーズヘッグ>と<ホルス>。

 <ニーズヘッグ>のブリッジではアメリが震える声でシェリンドンに悲痛な報告をしていた。

 <ハヌマーン>二機の反応消失――先発隊として先行していたヤマダとヒシマの訃報は仲間たちに大きな悲しみと動揺を与えた。

 ブリッジのモニターには遙か前方にあるオービタルリング付近で戦闘と思しき閃光が映し出されており、それが<ハヌマーン>二機と敵の大部隊によるものと確認出来ていた。

 <ニーズヘッグ>と<ホルス>は最大速度で戦場を目指していたが、その努力虚しく二機は敵部隊を道連れに大破した。


「ハンダー君……オービタルリングの港に向かいつつ<ハヌマーン>を回収する事は出来る?」


「<ハヌマーン>の戦場と港にはかなりの距離があります。機体回収をする場合、大幅な時間を取られると考えられます」 


「……分かったわ。それでは本船は進路そのまま、予定通りにオービタルリング宇宙港に向かいます。敵の増援が潜伏している可能性があります。竜機兵チームはいつでも出撃出来るようにしておいて。<ホルス>には予定通り港に向かうと通信を。――ヤマダさんとヒシマさんがくれたこのチャンス……絶対無駄にする訳にはいかないわ!」


 シェリンドンの命令によって<ニーズヘッグ>は宇宙港を目指し二機が散った戦場から離れていく。その後に続く<ホルス>の格納庫では騒動が起きていた。


「待ちなさい、ノイシュ!! あなた何処へ行く気なの!?」


「そんなの決まってるじゃない!! <ハヌマーン>のコックピットを回収しに行ってくる」


 ノイシュは<ドゥルガー>に乗って出撃しようとするがそれをロキが止めていた。掴まれた腕を振りほどくとノイシュは目から涙を流しながらジンとロキを睨み付ける。


「何で……何でよ!! どうして誰もヤマダとヒシマを迎えに行ってあげないの!? あの二人は私たちを助けるために戦ったんだよ。たった二人だけで逃げずに戦って……そして死んじゃったんだよ!? それなのに皆酷いよ!! 宇宙の……あんなに寒い所に二人をそのままにしておくなんて酷い……酷過ぎるよ! どうせ皆はあの二人の事なんてどうでも良いと思ってるんでしょ!? それなら私は二人を迎えに行く。皆は先に戦場に行けばいいじゃない。私はヤマダとヒシマを回収してから合流する。それでも別に構わないでしょ? だから私の事は放っておいてよ!!」


 二人に背を向けてノイシュは<ドゥルガー>のコックピットハッチに手を掛ける。するとロキがノイシュの肩を掴みノイシュは憤りを隠さずに振り返る。


「だから私のことは構わないでって言ってるで――」


 パァァァァァァァァァァァン!!


 格納庫内に乾いた音が響き渡る。後ずさりをして機体にぶつかったノイシュは自分の左頬が熱くなっているのを感じ、暫くしてそれがロキの平手打ちによるものだと気が付いた。


「ロキ……」


 呆気にとられるノイシュの視線の先には怒りの形相ながらも目から大粒の涙を流すロキが居た。


「……本気でそんな事を思っているの? 私たちが……皆がヤマダとヒシマの事をどうでも良いなんて思っているって? 冗談言わないで!! 転生者として五人でチームを組んでからずっと……ずっと……私たちを支えてくれたのはあの二人なのよ。私もジンもヤマダとヒシマが居てくれてどんなに感謝したか……どんなに頼もしく思っていたか……ノイシュだってよく知ってるでしょう?」


「それは……でも……それなら……!!」


「私もジンも本当はすぐにあの二人のもとへ行ってあげたい! 一刻も早くあんな寒い場所からここに連れて帰って、ありがとうって……二人のお陰で私たちは無事だよって言葉を掛けてあげたい! でも!! でもそれは今はダメなのよ!! ハルトは今、単身オービタルリングに向かっているハズ。もしここで私たちが遅れを取れば孤立無援の彼が敵の集中攻撃を受けてしまう。<ヴィシュヌ>に唯一勝てる可能性があるのはハルトの<サイフィードゼファー>だけ。彼がやられれば私たちの勝利は無くなるわ。それはハルトを先に行かせたヤマダとヒシマの意志を裏切ることになるのよ。皆それを分かっているから、二人の死を無駄にしないために先に進む決心をしたのよ。ノイシュだって本当は分かってるでしょ?」


 ロキの言葉にノイシュは頷いた。そしてずっと沈黙を守っているジンに視線を向けると彼の固く握りしめた手から血液が滴り落ちているのが見えた。

 ジンは身体を震わせ歯を食いしばり声を殺して静かに泣いていた。爪が手の平の皮膚を突き破って血液が流れ出ているにも関わらず彼は力を緩めようとはしなかった。

 どんな状況においても常に冷静でいたジンが必死に耐えている姿を見てノイシュはもう何も言うことが出来なかった。


「ノイシュ……済まん……今は耐えてくれ! ヤマダ……ヒシマ……間に合わなくて……助けられなくて……済まなかった!!! ――お前たちの死は決して……決して無駄にはしない!! お前たちが繋いでくれたこの命で必ず戦いを終わらせてみせる。だから、もう少しだけそこで待っていてくれ。全てを終わらせたら必ず迎えに来る!! 必ず勝ってお前たちの死に報いてみせる!!!」


 ヤマダとヒシマの死を乗り越え、ジン、ロキ、ノイシュの三人は揺るがぬ決意を胸にそれぞれの機体へと乗り込んだ。


 <ホルス>のブリッジではヤマダとヒシマの訃報を聞いたカーメル三世もまた最後の戦いを前に闘志をたぎらせていた。


「ヤマダ……ヒシマ……私はまた大切な仲間を失ってしまった。――お前たちが切り開いてくれた道、進ませて貰うぞ。必ず迎えに来るからもう少し辛抱してくれ」


 二人の屍を越えて<ニーズヘッグ>と<ホルス>は最終決戦の地へ向けて真空の宇宙そらを飛翔するのであった。

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