第324話 本物の空
◇
『シャングリラ』のマスドライバー基地では<ニーズヘッグ>と<ホルス>の発進準備が着々と進められていた。
<ニーズヘッグ>のブリッジクルー達はしきりに時刻を気にしていた。重苦しい雰囲気の中、ステラが皆に聞こえる様にアメリに声をかける。
「予定では先発部隊が雲海エリアに到着してからそろそろ二時間になりますわね。今のところ空に変化はないみたいですわね。そちらも同じかしら、アメリ」
「え、えーと……まだ、雲海に変わったところは無いみたい……って、ちょっとステラ、声大きいわよ」
アメリが小声でステラをたしなめると彼女は胸の前で腕を組んでシートの背もたれに体重を預ける。その仕草には「そんなこと私の知った事か」という意思が感じられた。
「さっきからずっと暗いムードなんですもの、発進前からこんな調子ではやる気が削がれますわ!」
「暗いとかじゃなくて先発部隊の事を心配しているの! <クラウドメーカー>ってかなり巨大な兵器だし、三人だけでそんなのを相手にしないといけないのよ。だから――」
「――っ! アメリ、ステラ!!」
アメリとステラの会話を遮るようにシェリンドンが大きな声を出す。驚いたアメリは叱られたと思い必死に謝罪をする。
「うるさくして申し訳ありません、主任! ほら、ステラも謝って!!」
「謝らなくていいからメインモニターの解像度最大。空の状態に注目して!」
「……へ? は、はい、解像度最大に……あれ? さっきまでは青空だったのに……」
モニターに映る空は一瞬で雲で覆われた状態になり周辺はまるで夜の
「それだけじゃありませんわ。『シャングリラ』周囲を覆っていた雲海のカーテンが消えていきます。これは……主任!!」
「ええ……これは間違いなく雲海の消滅現象よ。先発部隊が<クラウドメーカー>を破壊した証拠だわ。やったのね、ハルト君……」
ブリッジ内に歓声が沸き起こり先程までの暗いムードは完全に吹き飛んだ。
空を覆う厚い雲は薄くなっていき、雲の切れ間から光が差し込むと地上を明るく照らし始める。
その範囲は急速に広がっていき空を覆っていた雲海は完全に消滅、『テラガイア』の地上に本物の青空と日光が注がれ始めるのであった。
世界各地では空の状況が急激に変化した事でパニックが起こっていた。
『王都アルヴィス』では昼間であったにも関わらず一瞬で夜の如く暗くなったため民衆は恐れおののいていた。
修理中のアルヴィス城では王妃シャイーナが執務室の窓から空を眺めており、ドアをノックすると息子のクレインが部屋に入ってくる。
「母上、この空の急激な変化はまさか……」
「ええ、どうやら作戦の第一段階は成功したみたいね。今まで空を覆っていた雲海がその役目を終えようとしているのよ」
シャイーナの言動を証明するかの様に空を覆っていた雲は急速に消えていき青空が広がっていく。周囲は昼間の風景に戻っていくが、今度は別の要因でパニックが起きる。
シャイーナとクレインは神妙な面持ちで空に現れたソレを見つめた。
「これが本当の空……そして、あれがオービタルリングなのね」
「あんな巨大なものがずっと我々の頭上にあったなんて、正直まだ現実として受け止められません」
「受け止めるしかないわ。我々が今まで見ていた空は偽物で、この空こそが本物なのであると。そして、クリスやティリアリア達はこれからあそこに向かって飛び立つのよ」
空の遙か彼方に出現した、『テラガイア』を一巡りする巨大な構造物。
民衆からすれば突然空に出現した様に思えるオービタルリングの存在は彼らに恐怖を与えるのに十分であった。
「母上、現在民衆がパニックを起こしています。そろそろ……」
「ええ、そうね。すぐに会見を開きましょう。クレインは先に行って準備をお願い。私もすぐに向かうわ」
「分かりました。それでは先に行きます」
クレインが執務室を出て行くとシャイーナは手を組んで祈りを捧げ始めた。
「あなた……お願い。クリスを……ティリアリアを……シェリーを……ハルト君を……皆を守って……!!」
亡き夫に娘たちの無事を懇願するシャイーナ。その青空の向こうでは巨大なリングの一部が不気味な存在感を示していた。
――同じ頃、アルヴィス城の騎士団詰め所の屋上ではロムとガガンが空のオービタルリングを見つめていた。
「雲海が消えて本物の青空が現れたと思えば、あんな物が出てきては民衆が不安になるのも当然だ。我々とて事情を知らなければ混乱していただろうよ」
「そうだな。それにしてもこうして本物の空を拝めるとはな。雲海を消してくれた聖騎士殿たちには感謝しかない」
「何を悠長なことを言っているんだ、ガガン。これは作戦の第一段階に過ぎない。これからが聖竜部隊にとって正念場なのだ。空に浮かぶあのオービタルリングに向かい、クロスオーバーと戦い勝利を勝ち取らねばならん。それと並行してシステムTGと言うこの世界の神とも言える存在とも戦わねばならんのだ」
「話を聞いているだけで途方もないな。既にわしらのレベルを超える状況になっている。せめてもう少しわしらが若ければ一緒に行くことも出来たかもしれんがなぁ」
「そんなもしもの話をしていても現実問題彼らの助けにはなれん。わしらに出来るのは彼らの勝利を願い、そして帰ってきた時に労う事ぐらいだ。――そろそろシャイーナ王妃が民衆に向けて会見を開く。行くぞ」
「分かった。……これからマドックはクラウスがいたあの場所に行くのだな」
「そうだな。さっきのお前の言葉を借りるのなら、その光景を直接この眼に焼き付けたかったものだ。――生きて帰って来いよ、マドック……」
ロムとガガンは会見が行われる広間に向かって歩き出す。
それから間もなくしてシャイーナ王妃による会見が開かれ、この世界の真実や現在世界の命運をかけた戦いが行われている事実が発表された。
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