第321話 最後の出撃③

 四人は泣き止むと一緒に持ってきていた携帯食用のボックスを三つ手渡してくれた。


「先発部隊は長時間の作戦になるから途中で時間がある時に食べてみて。私たちで作ったの」


「ありがとう皆。後で食べさせて貰うよ」


「ヤマダさんとヒシマさんの分もあるから後で渡してあげてね」


「分かった、二人共喜ぶよ」


 ボックスをコックピットに積むとマドック爺さんがやって来た。なにやらソワソワしている様子。どうしたんだ?


「それじゃ、ハルトよ。わしとも出撃前の熱いチューを!」


「するわけないだろ! 何を考えてんだ、爺さん!!」


「いやなに、今お前とチューすればあの四人と間接キッスをした事になるじゃろ? お前とは嫌じゃが、あの四人と出来るのならこの方法もやぶさかではない!」


「俺だって嫌だよ。何が悲しくて爺さんとキスしなくちゃいけないんだよ。ったく……ははは……あはははは……!」


「あははははは! どうじゃ、わしの渾身のギャグは。中々面白かったじゃろう。――さて、<サイフィードゼファー>の調整は終わっておる。<カイザードラグーン>も新品同様に仕上げておいたぞ。存分に暴れてこい、ハルト!」


「ありがとう、マドック爺さん」


 爺さんに手を差し伸べると戸惑った顔をされる。


「……これはどういうつもりじゃ?」


「どうって、握手だよ」


「そんな事は分かっとる。どうしてこのタイミングで握手なんぞ求めているのか訊いておるんじゃ!」


「マドック爺さんには特に世話になったからお礼を言っておこうと思ってさ」


「そんな別れの挨拶みたいな事を言うんじゃない!!」


「そんなんじゃないって! 多分これが最後の戦いになる。だからその前に爺さんにどうしてもお礼を言いたかったんだ。俺が前世の記憶に目覚めて装機兵にもまともに乗れなくて『第六ドグマ』で最初に会ったのが爺さんだった。そしたら俺が装機兵を壊す原因を教えてくれて<サイフィード>に会わせてくれた。絶望していた俺に希望を与えてくれた。俺が転生者だって話した時も信じて受け入れてくれた。――それが凄く嬉しかったんだ。今の俺があるのはマドック爺さんのお陰なんだよ。それに前にも言ったけど自分の親父みたいに思ってるしさ」


 マドック爺さんに言いたかったこと、伝えたかったことを話すと差し伸ばした俺の手を両手で握った。爺さんの手は震えていた。


「……礼を言いたいのはわしの方じゃよ。動くことのなかった<サイフィード>のドラグエナジスタル……クラウスに預け、その娘のセレスティア、ティリアリアに引き継がれ、そしてお前の手によって<サイフィード>が起動した。わし達の願いをハルト……お前が叶えてくれた。そして<サイフィード>と一緒にこの手で皆を守り戦ってくれた。――ありがとう」


「爺さん……」


「お前がわしやクラウス達の思いを受け継いで戦ってくれているとそう実感しておる。希望を与えて貰ったのはわしも同じなんじゃよ。ハルトよ、先日わしを親のように思っていると言ってくれた事、凄く嬉しかったぞ。わしもお前を息子のように思っておる。――だから生きて帰って来てくれ。もう息子に先立たれるのはまっぴらじゃ」


 俺の手を握る爺さんの手に力が入る。俺を息子と言ってくれた爺さんの言葉が嬉しくて俺も爺さんの手を握り返す。

 今生の別れでは無く必ず戻ってくるという意志を込めて爺さんの手を握った。

 

『間もなく作戦開始時間です。先発部隊装機兵操者は出撃準備をお願いします。繰り返します――』


 出撃を知らせる船内放送が流れ、それを聞いた皆の顔が覚悟を決めたものに変わる。


「……時間だ。それじゃティア、クリス、フレイア、シェリー、行ってくる。それでは行ってきます。――父さん!」


「ああ、頑張ってくるんじゃぞ。――息子よ!」


 コックピットに乗り込むと操縦桿に手を乗せて機体を起動させる。コックピットハッチが閉まると全周囲型モニターが稼働し外の風景が表示される。

 ティリアリア達が<サイフィードゼファー>のハンガーから離れたのを確認しハンガーの固定を解除、背部メインエーテルスラスターからエーテルマントを出力するとカタパルトデッキに向けて移動を開始する。


 格納庫には沢山のクルー達が俺の出撃を見送りに来てくれていた。皆から激励の声が聞こえてくる。

 カタパルトデッキの出入り口付近まで来るとブリッジオペレーターからの指示が入る。


『カタパルト起動、隔壁開放――<サイフィードゼファー>はカタパルトデッキへ』


 指示に従いカタパルトデッキに進むと格納庫側の隔壁が閉じ、発進側の隔壁が開いて前方に外の明かりが見えた。

 

『カタパルト内力場固定、射出準備に入ります。――ハルトさん』


 発進誘導をしてくれているアメリに呼ばれてモニターを見ると彼女の他にステラとハンダー、セバスさんが一緒に映っていた。


『先発部隊任務頑張ってください。後でオービタルリングで合流しましょう』


「ありがとう。皆が宇宙に出られるようにまずは雲海を消してくるよ。本物の空を皆で見よう。シェリーをよろしく」


『もちろんですわ。セバスチャンがとっておきのお茶を用意しているので後で皆で一緒に飲みましょう』


『お早いお帰りをお待ちしております。行ってらっしゃいませ、ハルト様』


『頑張れよ。<ニーズヘッグ>は任せとけ。宇宙だろうが何処だろうが俺がしっかり飛ばすからな』


 他のブリッジクルー達からも激励の声が聞こえる。皆の声援が俺に勇気をくれる。


「一緒に生きて帰ろうな、<サイフィード>」


 操縦系のディスプレイを軽く指で小突き囁くように言うと、画面が光り相棒から『了解』の感覚が流れてくる。そして出撃のコールが入った。


『進路クリアオールグリーン、<サイフィードゼファー>発進どうぞ!』


「了解! ハルト・シュガーバイン。――<サイフィードゼファー>行きます!!」

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