第316話 束の間の再会そして出発④

 格納庫に設置してある休憩室に四人の女性の姿があった。ティリアリア、クリスティーナ、ロムをぶった切って来たフレイア――そして、シャイーナである。

 

「どうしてお母様がここにいるんですの?」


「そんな事はどうでもいいでしょう? それよりもあなた達……どうなってるのかしら?」


 四人でテーブルにつき、目の前に座っているシャイーナを恨めしい顔で睨むクリスティーナ。

 娘の疑問を適当に受け流すとシャイーナは娘たちを問い詰める。質問の意図が分からないティリアリアは王妃の考えを探るべく聞き返した。


「どう、とは一体何の事でしょうか叔母様?」


「ハルト君との事よ。夜の生活は順調なの?」


「こんな決戦前の大変な時にこんな場所に来てまで確認する事ですか!?」


 王妃たるシャイーナ直々の質問――さぞかし重要な案件なのだろうと覚悟していた三人は拍子抜けする。

 彼女たちの反応を目の当たりにしたシャイーナはその緊張感の無い態度に怒りを覚え握りこぶしをテーブルに叩きつけた。


「自分の娘たちの新婚生活が順風満帆なのか心配するのは当たり前でしょうが!!」


「お言葉ですがシャイーナ様。娘なのはクリスティーナ様だけであって、私とティリアリア様は該当しないと思うのですが……ですよね、ティリアリア様?」


「そうね、フレイアの言う通りよ。気にかけるのでしたらクリスだけにして下さい。それでは私とフレイアはこれで失礼します。――後はお二人でごゆっくり」


 ティリアリアとフレイアが席から立ち上がりこの場から去ろうとするとクリスティーナが二人の服を掴み逃がすまいと食い下がる。


「……これは何のつもりかしら、クリス?」


「二人だけ逃げようなんて許しませんわよ」


「クリスティーナ様、これは親子水入らずを邪魔してはいけないと思う私とティリアリア様の配慮なのです。部外者である我々がいてはリラックスしてお話も出来ないでしょう? 手を離して下さい」


「もっともらしい事を言っているつもりでしょうが、面倒くさいからこれ以上関わりたくないと言う魂胆がダダ漏れですわよ。絶対に離しません」


 三人がシャイーナの詰問から逃れようと醜い争いをしていると再びテーブルに拳が叩きつけられる。

 ティリアリア達が驚いて黙るとシャイーナは手で二人に席に戻るように伝え、渋々と言った様子でティリアリアとフレイアは席に座った。


「いい? クリスが私の実の娘なのは当たり前として、その夫のハルト君を通してティリアリアもフレイアもシェリンドンも私の娘同然なのよ。だから私が心配しているのはあなた達三人とハルト君の生活なの」


「それはまた何て無茶な考え方を……シェリンドンとはほぼ同じ年齢でしょうに」


「なんか言った?」


「いいえ、何でもないですわ」


 シャイーナの持論に振り回され辟易する三人娘。

 王妃の性格をよく知っている彼女たちはこの場からの逃走はもはや不可能だと考え、こうなったら適当に相手するかと思い直し思考を放棄した。

 ――が、それはシャイーナ側も同じであり、自分が干渉すればクリスティーナ達が話を聞かないだろうと言う事は予想済み。

 そこで彼女は一冊の本をテーブルの上におもむろに置き三人の興味を引いた。


「これは何ですか、叔母様?」


 早速食いついてきたのはティリアリアである。シャイーナはこの瞬間、「釣れた。本当にチョロい子ね」と内心ほくそ笑むのであった。


「百聞は一見にしかず……取りあえず読んでみなさいな」


 恐る恐るページをめくるとその中身は卑猥な内容で埋め尽くされていた。男女の夜の営みに関する様々な情報が挿絵付きで記載されている。

 最初はシャイーナの話を無視しようとしていた三人娘はこの本に興味津々になり前のめりになって一ページずつ読み進めていく。


「ちょっとティリアリア、わたくしはまだそのページを読んでいる途中ですのよ。勝手に先にいかないでくださいまし!」


「分かったわよ。それじゃさっきのページにもど……ってこのページの内容すごっ!!」


「わぁ……挿絵も凄いですよ! ……これ実際にやったらどうなってしまうんでしょうか?」


「「「……ごくっ」」」


 本の内容を実践した時の自分たちの状況を想像し生唾を飲み込む三人。その様子を見ていたシャイーナは満足そうに笑っていた。


「それはグランバッハ家に代々伝わる『夜伽の書』よ。別名、幸せ家族計画の本とも言うわ。中々に凄い内容でしょ」


「お母様、どうしてこのような書物をわたくし達に見せたのですか? こんな決戦前の大事な時に……狂っているのですか?」


「失礼ね。シェリーが妊娠したって聞いたから、あなた達に私からのプレゼントよ。それを熟読して決戦後の生活に生かしなさい。――全く、あなた達には若さと言うアドバンテージあるというのにシェリーに遅れを取るなんて情けないと思わないの?」


「お言葉ですが、お母様はシェリンドンと一緒にお風呂に入ったことはありますの?」


 娘からの意味深な言葉に動揺するシャイーナ。シェリンドンとの過去の入浴タイムを思い出すと若かりし頃の記憶にたどり着く。


「学生の頃はよく一緒に入っていたわよ。あの頃から中々に男を狂わせる素敵ボディをしていたわね。あの巨大なフワフワは見た目も触り心地も極上だったわね。当時は楽しませてもらったわ」


「……なるほど。経験がおありのようですわね。それ……多分今もそっくりそのままの状態ですわよ。いえ、進化していると言っても過言ではないでしょう」


「なん……ですって!? いや、だってシェリーは私とほぼ同年齢なのよ。それが……」


 シャイーナが信じられないと言わんばかりに急に席から立つと三人が遠い目をしている事に気が付いた。

 それはまるで圧倒的な敵を目の前にして戦う気すら失せた敗北者の目だった。ティリアリアは敗者の眼差しを虚空に向けたまま口を開く。


「こんな言い方は本人に大変失礼でしょうけど……シェリンドンは怪物です。叔母様とほぼ同い年なのに見た目は二十代前半にしか見えないし、肌はきめ細かくてすべすべだし、胸なんてあんなに大きいのに全然垂れてないし、とにかくボディラインが全然崩れていないんです!」


「しかもフェロモンが凄いんですよ。普段も大人の色気がありますが、あんなの序の口です。本気を出してハルトに迫った時の様子を見たらシャイーナ様も驚きますよ。おまけにテクニックも……そう言えば、この書物に出てきた技をシェリンドンさんが使っていたような気が……」


「そりゃそうよ。だってその本シェリーに貸した事あるもの」


 衝撃の事実に三人娘が凍り付き、表情を引きつらせながら静かにシャイーナに問う。


「……ちなみに貸したのはいつの話ですか?」


「あなた達がハルト君と結婚した直後よ。私があの本を持っているのは知っていたから改めて勉強したいって言って借りに来たの。二、三日してから返してくれて大変参考になったと言っていたわね」


「……つまりシェリンドンはその本の知識を得ていた……と言う事ですわよね。――何てことをしてくれたのですか、お母様!!」


「あんな美人でナイスバディな上にその本の技を使ったらどうなるか考えなかったんですか、叔母様!!」


「鬼に金棒、シェリンドンに夜伽の書……ハルト風に言わせて貰えばチートキャラの誕生じゃないですか!」


 三人はワナワナと身体を震わせ涙を流しながらシャイーナに襲いかかり、しばらくの間休憩室からは女性の悲鳴が轟いていた。

 そして夜伽の書が無事に新しい世代に受け継がれたのは言うまでもない。

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