第317話 束の間の再会そして出発⑤


「ふぁ……ふぁ……へっっっくし!! うう、何だか寒気がするなぁ。まさかこんな大事な時に風邪でも引いたのか? 勘弁してくれよぅ」


 どうもさっきから背筋がゾクゾクする。くしゃみも止まらないし、もしかして誰かに噂でもされているのか? 

 まあ、戦いの前だし戦闘関連の話題で引き合いに出されているのかもしれないな。

 

「一旦休憩をするか。そう言えば、そろそろ補給部隊とのランデブーだったな」


 シミュレーターをぶっ続けでやっていたのでさすがに疲れた。コックピットハッチを開いて外に出ると格納庫内がいつもより騒がしい事に気が付く。

 まさかと思って見てみると大量の補給物資が格納庫に運ばれている最中だった。


「もう補給部隊が来てたのか」


 休んでいると紅茶の良い匂いが漂ってきた。辺りを見渡すといつの間にか設置された長テーブルに紅茶とお菓子が並べられている。

 次々に一息入れようとするクルー達がやって来て立食パーティーさながらに紅茶とお菓子が彼らの胃袋に収められていく。


「やばっ、このままじゃ無くなる!」


 急いでハンガーから降りてテーブルに駆けつけると既に紅茶もお菓子も無くなっていた。これ絶対セバスさんが用意してくれたやつだ。

 それを逃すなんて今日一でショックだ。こうなりゃ適当に水でも飲んでシミュレーターに戻るか。この恨みを<ヴィシュヌ>にぶつけてやる。


「おやおや、もう無くなってしまいましたか。それでは第二陣を用意しますので少々お待ちください」


 セバスさんが追加で用意してくれた紅茶とお菓子がテーブルに並べられていき、俺は無事におやつにありつけた。

 芳醇でコクのある紅茶と程よい甘さのクッキーの組み合わせは格別だ。


「はぁ~、生き返る」


「他のお菓子もご用意しておりますので、よければそちらもお召し上がりください」


「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて……」


 お腹が空いていたのもあって調子に乗って結構食べてしまった。他の人の分もちゃんと残ってるよね、大丈夫だよね?

 俺があまりにもキョロキョロしていたのかセバスさんが気が付いて大丈夫だと言ってくれた。

 危ない危ない、ティリアリア達の分まで食べたと発覚したら後で何をされるか分かったもんじゃ無い。危うくお菓子食べ過ぎ戦犯になるところだった。

 

「あの、ハルト様。お忙しいところ誠に恐縮ですが少しお時間よろしいでしょうか?」


「構いませんよ。でしたら<サイフィードゼファー>のハンガーで話しませんか?」


「はい、ありがとうございます」


 セバスさんが周囲を気にしている様子だったので人気が少ない場所に移動して話をする事になった。

 セバスさんがこんな風に話しかけてくるのは珍しい。いつもなら給仕仕事に専念してそれ以外の事には口を出したりはしてこないプロの執事だ。自分の役割を全うする事の大切さを熟知している。


「……セシルさんの事ですよね」

 

「……はい、そうです。ハルト様もご存じのようにセシル殿とは執事とメイドと言う事で<ニーズヘッグ>では一緒に給仕を勤めて参りました。ですが、彼女があの様な事になってしまい……」


 <ニーズヘッグ>のクルーなら誰でも知っている。セバスさんとセシルさんは仕える主人こそ違うが共に船内で給仕を担当してくれた。

 今回の様にブリッジ以外にもお茶やお菓子のデリバリーをしてくれて現場の人間にとってオアシスと言える人たちだった。


 セシルさんは元々<ヴィシュヌ>の戦闘AI兼システムTGの護衛役だったので戦闘以外はからっきしだった。当時はそんな事実を知らなかったけれど。

 つまり彼女はメイドとして半人前と言っても差し支えないレベルで肉を焼けば炭にし、スープ作らせれば鍋を溶かし、お茶はインスタントで出してくる始末だった。


 そんなセシルさんにメイドとしての作法を丁寧に教え一人前に育て上げたのがセバスさんだ。セシルさんも彼を師匠として尊敬していた。

 二人の師弟関係を知っていれば今のセバスさんの心情は想像に難くない。


「セバスさん、気休めは言いたくないので正直に話します。――俺は確実に<ヴィシュヌ>と戦います」


「つまりシリウス様とセシル殿と戦う……と言う事ですね」


「そうです。あの二人はかなり前から……多分、聖竜部隊に所属した直後から俺と戦う事を想定して動いていました。セシルさんとの訓練、<インドゥーラ>との戦闘……二人が残していった情報を使ってシミュレーターでの訓練が出来ているのが何よりの証拠です」


「そう……なのですね」


 セバスさんはがっくりと肩を落としうなだれてしまう。いつも生き生きとした執事さんの姿からは想像も出来ない憔悴した様子だ。


「シリウス様とセシル殿は本当に世界の破壊や人類の殲滅を望んでいるのですね……」


「俺はそうは思いません」


「……えっ?」


 セバスさんが驚いたように目を見開いて俺を見る。俺は自分の考えを彼に伝える事にした。


「もしも本当に人類殲滅を考えているのなら、<インドゥーラ>との戦闘が始まった瞬間にエネルギーの供給施設を破壊したハズです。そうすれば『ドルゼーバ帝国』の国民のほとんどを抹殺できたハズですから。――でも、奴はそうしなかった」


「あっ……!」


「システムTGは言っている事とやっている事がちぐはぐなんです。だから俺は奴の言動を鵜呑みにしていません。あの言葉の裏には別の思惑があると俺は思っています。それを確かめる為にも俺は奴が指定したオービタルリングに行って<ヴィシュヌ>と戦い――そして勝ちます。勝ってあいつの本音をぶちまけさせます」


「ハルト様……」


 セバスさんの気持ちは分かる。出来ることならセシルさんと俺が戦う状況になって欲しくないと思っているんだろう。だがそれは不可能だ。でも――。


「セバスさん、俺と<ヴィシュヌ>の衝突は防げません。でも、あなたの声を二人に届けることは可能です」


「その様なままが許されるのでしょうか?」


 申し訳なさそうな顔をするのでコックピットの中からメモ用紙を取りだし持ってきた。そこには何十ページにも渡り文字がびっしりと書かれている。


「これは一体……」


「俺がシステムTGとセシルさんに会った時に伝えて欲しいと託された皆からのメッセージです。内容としては、貸した金を返せとかチェスで勝ち逃げするなとか……そういう個人的な要望ばかりです。ここに書いて貰えればセバスさんの想いを二人に届けられます。――どうぞ」


 ペンとメモ用紙をセバスさんに手渡すと丁寧かつ優しい文字で要望を記入してくれた。メモ用紙を返してくれると深々と俺にお辞儀をする。


「ハルト様、何卒……何卒よろしくお願いします」


「はい、任せて下さい! 必ずセバスさんの想いを二人に届けます」


 それから少し談笑するとセバスさんはブリッジに戻っていった。そして補給が終わり補給部隊の飛空艇が離脱を開始した。

 シャイーナ王妃はクリスティーナ、ティリアリア、フレイア、シェリンドンと抱擁を交わすと俺のもとへやって来た。


「作戦内容は聞きました。この作戦で一番大変なのはハルト君だと思う。でも、私たちにはもうあなた達の勝利を祈る事しかできないわ。ノルドの分もあなたの無事の帰還を祈っています。頑張ってね」


「はい、行ってきます!」


 そしてシャイーナ王妃、ロム卿、ガガン卿を乗せた最後の飛空艇が飛び立つと、『第七ドグマ』は『シャングリラ』を目指して加速飛行を開始した。

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