第315話 束の間の再会そして出発③

 ブリッジを後にしたマドック、ロム、ガガンの三人は格納庫の片隅で語り合っていた。


「しっかし、シャイーナ王妃の護衛役にジジイが二人だけとは……他に人材はいなかったのか?」


「ふん! 何を寝ぼけたことを言っているマドック。年を取ったとは言え、このロム・ベルジュまだまだ若い者に負けはせん!」


「わしも同じだ。騎士団の稽古でも若い騎士をちぎっては投げちぎっては投げ……。とにかく王妃様の護衛役として我々以上の適任者はいないと言う事よ。がっはっはっは!!」


 装機兵の修理などにより格納庫は比較的騒がしい。

 ガガンの大笑いはそれらの喧騒をも凌駕しており整備士や錬金技師は何の声かと驚き、近くに居たマドックとロムは耳を塞いで鼓膜が破れるのを未然に防ぐ。


「ガガン、声量は十分の一に落とせと何度言ったら分かるのだ!? 今さらだが本当にどうなってんの、お前の喉?」


「いやー、がっはっはっはっは!! 済まん、済まん! がーはっはっはっはっは!!」


「うおっ! だから大声を出すな言うとろうが!!」


 愉快とばかりに笑うガガンを叱りつけるマドックとロム。このやり取りは実に半世紀ほど続く彼らにとってのルーティンであった。


「そう言えばマドック、お前に頼みたいことがあったのだ」


「笑っていたと思ったら唐突に……要件は一体何じゃ?」


「うむ、わしの<ガガラーン>なのだが最近どうも左肘の動きが鈍くてな、お前に診て貰いたいのだが……」


「そう言えばそろそろそんな時期じゃったな。<ガガラーン>の様な大型武器を扱う機体は特に関節部に負担が掛かるからのう。この作戦から帰ってきたら点検をやろうかの」


「おお、それは助かる。いつも済まんな!」


 いつもの調子で話を続けるマドックとガガンを眺め、ロムはため息を吐くとマドックに語りかけた。


「マドック、お前にはいつも驚かされるよ」


「何じゃ、ロム。やぶからぼうに……」


「お前は昔からわし達が考えもしない事をやってきた。装機兵の開発、それらを輸送する飛空艇の開発、『錬金工房ドグマ』の設立……そして、竜機兵の開発と実戦投入。もしもお前がいなかったら『アルヴィス王国』は今頃存在していなかったかもしれん」


「それらの功績は本来ならクラウスのものじゃった。わしはあやつと一緒になって好き勝手やっていただけじゃ。ドグマにしても元々は、あやつが「錬金術の研究を思う存分したくないか?」と誘って来て設立したんじゃ。気が付いたらわしが錬金技師長にされていて……本当にクラウスには振り回されっぱなしじゃったなぁ」


「クラウスはいつもヒントを出していただけだ。それに気が付き常に新しい物を生み出してきたのはお前だ、マドック。あいつはあくまで新人類の文明は新人類の手で発展すべきだと考え自分は裏方に回っていたのだろう。――まあ、あいつに振り回されてきたのは、わしもガガンも同じだがな」


 マドックとロムのやり取りを聞いていたガガンは昔を懐かしむように笑っていた。

 三名の老輩は盟友クラウス・グランバッハと共に駆け抜けた青春時代を思い出しながら笑い語り合う。

 その様子を見ていたクルー達の目には彼らがまるで青年の様に映っていた。それは色あせぬ友情が見せた幻だったのかもしれない。

 

「……行くのだな、マドック。クラウスがかつて居た場所に……」


「ああ、しかとこの目に焼き付けてくる。クラウスがそこで何を見て、そして何を想っていたのか。あやつの見ていた景色を少しでも理解出来るように……」


「ならばわしとロムはお前たちが帰ってくる場所を守っているよ。必ず無事に帰って来い、マドック。そしたらわしら三人でクラウスの墓参りに行こう」


「全く、お前たちは老体をこき使い過ぎじゃ。これでは帰ってきてからの方が忙しそうじゃわい。――じゃがまあ、そうじゃな……その時はクラウスの好きだった酒でも持っていってやろうかの」


「がっはっはっは!! そいつはいい! あいつは酒が好きだったが酒には弱かったからな。あの世でべろんべろんに酔っ払うぞ。がーはっはっはっは!!」


「ならばわしはあいつの好物だった酒のつまみでも持って行く事にしよう」


 三人が笑い合っているとその場に近づいてくる者たちがいた。

 シオン、パメラ、フレイ、フレイアの四人である。いずれもこの年配者たちと縁深い者たちだ。

 フレイは祖父であるロムの姿を見つけるとニヤニヤと笑っていた。


「何だジジイ来てたのか。さっき干物になるって聞こえたんだが……」


「フレイ! わしらが乾き物になるんじゃなくて、用意すると言っただけだ。どういう聞き間違え方をしているんだ、お前は。今すぐに耳鼻科に行ってこい!」


「そんなにカッカするなよ。血圧上がるぞ?」


 孫に茶化され苛立つロム。そこにパメラがフォローに入る。


「そうそう、血圧あげるのは身体に良くないよ。それに干物になれば旨味が凝縮されて美味しくなるんだし。枯れれば枯れるほど素敵だと思うけどなぁ、私は」


「……パメラ・ミューズ。ランドの娘でガガンの弟子だったな。……それは褒めているのか?」


 パメラの意図が分からず困惑するロム。彼女とは付き合いの長いシオンが彼女の言葉を翻訳する。


「ベルジュ卿、パメラは枯れ専なだけなのでお気になさらず。つまりこいつが言いたいのは「年を取っていればいるほどシワとか出てきて渋くて素敵だよね」と言う事です」


「さっすがシオン、私の言いたい事はまさにそれよ!」


「そうだったのか。だが済まない、少女よ。わしは妻一筋なのでな、君の望みには応えてあげられないのだ」


「お爺さま、その気にならないで下さい。ちょっとキモかったです」


「ええっ!? ちょ、どうしたフレイア。以前はそんな事思っていたとしても声に出して言わなかったじゃないか……!」


「それでは私はティリアリア様のところへ戻ります。お爺さま、くれぐれも不貞行為などの問題を起こさないで下さいね」


 きっぱりと言葉でロムを一刀両断にするとフレイアはティリアリアとクリスティーナに合流すべく戻っていった。

 その場には可愛い孫にぶった切られて真っ白になったロムが呆然と立ち尽くしていた。いつもは泰然たいぜん自若じじゃくな男が泣きそうな顔をしており、不憫に思ったフレイが声をかける。


「ジジイ、戦闘のアドバイスを貰いたいんだがちょっといいか?」


「わしは剣士だぞ。お前の戦い方の参考になるとは思えんが……」


「そうでもないさ。遠距離主体の<ドラパンツァー>でも近接戦闘になる時が今までにもあった。その時の上手い立ち回り方を教えて欲しい。そこらへんの知識が一番あるのはジジイだと思ってるんだが……ダメか?」


「む……そ、そうか、そんなにわしから教えて欲しいのか。しょうがない、時間も余りないからちゃんと聴くんだぞ」


 フレイに頼られて嬉しげな顔をするロム。二人は<ドラパンツァー>の近接戦法について討論を交わしながら束の間の家族の時間を過ごすのであった。

 

「よーし、それじゃ師匠! 久しぶりに稽古を付けて貰ってもいいっすか!!」


「うむ、いいだろう! パメラよ、どれだけ成長したかわしに見せてみろ!!」


 ガガンとパメラの師弟コンビはその場で稽古を始め、パメラが何度も体当たりをぶちかましガガンが受け止める。

 そんな仲睦まじい二人の姿を見ながらマドックとシオンは静かに語り合っていた。


「ところでシオンよ、パメラとはどうなんじゃ?」


「どうって……じいじには関係ないだろ」


「その名で呼ばれるのは久しぶりじゃのう。お前が小さい時には「じいじ、じいじ」と言って、いつもわしの後を付いてきたもんじゃ」


「子供の頃の話だろ。でも、じいじは僕にとっていつまでもじいじに変わりないんだから別にいいだろ。――数ヶ月後には新しい家族が増えるんだし、その世話で忙しくなる。とっとと終わらせて皆で帰ろう」


「そうじゃな。それにしてもこの調子だと暫くは落ち着いて生活するのはムリみたいじゃのう。あっはっはっはっは!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る