第310話 決戦への出航

 シェリンドンへの謝罪が終わり解散になろうとした時、<ニーズヘッグ>オペレーターのアメリが血相を変えて作戦室に駆け込んできた。


「主任ッ!! シェリンドン主任はいますか!? ――あっ、いた。大変です、主任!!」


 シェリンドンの姿を見つけると大急ぎで走ってきて何かを伝えようとするが息を切らしており、シェリンドンに落ち着くように言われ呼吸を整える。


「どうしたのアメリ、そんなに慌てて。お水あるけど飲む?」


「はぁ……はぁ……ありがとうございます。……これって……」


 シェリンドンから手渡された水筒をマジマジと見つめるアメリ。呼吸は落ち着いてきたが、何だか様子がおかしい。


「あら、ごめんなさい。これ私が口を付けた物だったわ。すぐに別のを――」


「頂きますっ!! んくっ……んく……ごく、ごく、ごく……っぷはぁ……おいひぃ……」


 水筒がシェリンドン使用済みと判明するやいなやアメリは即座に口を付けて一気に飲み干す。

 アメリがシェリンドンの部下で彼女を尊敬しているのは知っていたが、抱いている感情はそれだけではなさそうだ。

 水筒の水を飲みきったアメリは恍惚とした表情をしている。あのマドック爺さんですらその様子を目の当たりにしてちょっと引いていた。


「アメリ……前々からシェリーに対して並々ならぬ感情を抱いていると思ってはいたがまさかこれ程とは……さすがじゃな」


 何故、聖竜部隊にはこうも変態が集まっているのか疑問だ。もしかして俺を含む特異点と呼ばれる人間が数名揃っている影響なのだろうか?

 だったらちょっと責任感じるなぁ。

 

「アメリ、あなたが急いでここに来たのにはそれなりの理由があるのでしょう? 一体何があったの?」


「はっ!? そうでした、とにかくこれを観て下さい」


 アメリが作戦室の操作用コンソールを打ち込んでいくとディスプレイに何やら映像が表示される。


「これは……戦闘中のコックピットモニターの映像かしら?」


「はい、その通りです。これは昨日の戦闘中の<ベルゼルファー>のコックピットモニターの映像です。とんでもない物が映っているのを整備班が発見して知らせてくれたんです」


 <ベルゼルファー>関連と聞いてアインが映像の確認のためやって来た。映像を観てどのタイミングの物なのか判明する。


「これは雲海の上で<ベオウルフメギド>と戦っていた時の映像だな。これがどうかしたのか?」


「この映像を観て何かおかしいと思いませんか?」


「……別に変な所は無いと思うが……」


 俺もアインもおかしい部分は無いと思い首を傾げる。すると、シェリンドンとマドック爺さんの顔が真っ青になっているのに気が付いた。


「そんな……嘘でしょ!? アメリ、この映像に間違いはないの?」


「戦闘中だった<ベオウルフ>のコックピット映像とも照らし合わせた結果、間違いありません」


「だとしたら、わしらはとんでもない時間ロスをしてしまった事になる。急いで行動を開始しなければ手遅れになるぞ」


 映像から何かに気が付いている三人の間で話が進んでいく。かなり深刻な様子だがその他の連中は蚊帳の外状態だ。


「三人ともどういう事か説明してくれないか? この映像から何が分かるんだ?」


「ここに注目してみて……」


 質問するとシェリンドンが指示棒で映像の端に映っている月を指した。

 昼間の空で存在感を示す白い月。ほぼ円形になっている。これならあと数日で満月になるだろう。――ん? まん……げ……つ!?


「ちょ……嘘だろ!? だってまだ月は半月ぐらいだったハズ。作戦まで二週間近く猶予があったんじゃ?」


「わしらが普段見ている月は空の雲海下面に投影されているいつわりの月じゃ。――迂闊うかつじゃった。まさかこんな見落としがあったとは!」


「この映像の月の形状から満月に要する日にちを計算した結果、あと四日である事が判明しました」


 アメリが報告するやいなやシェリンドンがコンソールを操作し始めディスプレイに『テラガイア』の世界マップが表示される。


「現在私たちが居るのが『ドルゼーバ帝国』のこの位置、そこから飛空艇で海上に待機している『第七ドグマ』に合流。更に最短ルートで『シャングリラ』に向かった場合に要する時間は……約三日」


 シェリンドンが計算結果を入力していくとマップに飛行経路と必要時間が表示されていく。その結果、『シャングリラ』到着まで三日かかる事が判明した。


「正直、時間はギリギリだわ。聖竜部隊は連戦で補給が必要だし、作戦内容から飛空艇は大気圏の離脱と突破に備えて船体に耐熱処理をする必要があるし……やらなければならない事が幾つもあるわ」


「ふむ……船体への耐熱コーティングは『第七ドグマ』の飛空艇ドッグでするとして、補給は最短ルート上で行えば時間ロスを最小限に抑えられるじゃろう。すぐに『アルヴィス王国』に連絡し空中補給を要請する必要があるのう」


「そうですね。でしたら最短ルート上で『アルヴィス王国』に最接近するポイントで補給部隊とランデブーしましょう。アメリ、早速で悪いけど本国に補給要請をお願い」


「了解しました!」


 決戦日まで時間があまり無いことが発覚し、急ピッチで色々なことが決まっていく。

 この場に残っていたカーメル三世とゼクス隊長もこのやり取りを直接目の当たりにしており、即座に聖竜部隊内にこの情報が行き渡る。

 俺たちは各持ち場にて待機し出航の時を待つ事になった。格納庫内が慌ただしくなる中、船内放送が流れ始める。その声の主は船長であるシェリンドンのものだった。


『皆、お疲れ様。船長のシェリンドン・エメラルドです。既に情報が伝わっていると思いますが改めて通達します。システムTGが指定した決戦日時が四日後である事が判明しました。それに伴い聖竜部隊は予定を繰り上げ、これより三十分後に出航します。その後は海上にて待機している『第七ドグマ』に合流し最短ルートで『シャングリラ』に向かいます。各員持ち場に待機し出航準備をお願いします』


 ――三十分後、<ニーズヘッグ>、<ホルス>、<ナグルファル>の三隻は『ドルゼーバ帝国』を後にし『シャングリラ』を目指して出航した。

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