第311話 用意されたアドバンテージ

 目の前に迫る蒼い装甲の熾天セラフィム機兵シリーズ<ヴィシュヌ>。

 エーテルエクスカリバーで斬りかかろうとすると攻撃範囲外に距離を取られ近距離でサルンガを連射され左腕が吹き飛ばされる。


「つっ……くそ、また微妙な位置から……!!」


 推力を最大にして高速飛行で後ろに回り込もうとしても恐るべき反応速度で対応され死角からの攻撃を封じられる。


「やはり後ろを取るのは難しいか。それなら正面切ってぶつかっていた方がマシだな」


 <ヴィシュヌ>は俺の攻撃を発動前にことごとく封じてくる。こんなに戦いにくい相手は初めてだ。――ってヤバい!

 一瞬の隙を突かれて右腕を斬り飛ばされ、クリシュナブレードで滅多斬りにされた挙げ句に最後は黒光の斬撃――マハーバーラタで真っ二つにされて撃墜された。

 コックピット内が真っ暗になりモニター正面にはこれまでの戦績が表示される。


 『二十戦三勝十七敗』――これがシミュレーターで<ヴィシュヌ>と戦った俺の輝かしい歴史だ。


「くそっ、また負けた! 一瞬でも油断するとコンボ決めてくるとか格闘ゲームかよ。……こんな所で熱くなっても仕方ないな。一旦休憩して戦い方を整理するか」


 コックピットハッチを開いて外に出ると錬金技師や整備士たちの怒号が聞こえてくる。


「いいかぁ、今回の作戦では飛空艇は大気圏離脱と突入をやるんだ! その際、船体表面はとんでもない高温になる! 特に大気圏突入時は船体下部に熱が掛かるから耐熱コーティングは念入りにやるんだぞ!! エーテル障壁があるからと言って処理を怠り<ニーズヘッグ>が沈んだら目も当てられないからな!!」


「「「「了解ッ!!」」」」


 『ドルゼーバ帝国』から出航した聖竜部隊は海上で待機していた『第七ドグマ』の飛空艇ドッグに収容され、船体への耐熱コーティングが開始されていた。

 錬金技師長のマドック爺さんが中心となって各飛空艇へ耐熱処理が施されていくのと並行して装機兵の最終調整が着々と進められていく。

 俺はマドック爺さんが組んでくれた対<ヴィシュヌ>用シミュレーターで様々な戦闘パターンを試していた。


「ハルトー、お客さんよー!」


 ティリアリアが大声で俺を呼んでいる。彼女の後ろにはヤマダさんとヒシマさんがいた。

 二人とは次の作戦の打ち合わせの為に<ニーズヘッグ>に来て貰う事になっていた。

 格納庫内は喧騒が凄いので休憩室に移動して話をする事にした。


「それじゃ、私は軽食とお飲み物を用意してきますね」


「いやー、済みませんね奥さん。お構いなく」


「いえいえ、ゆっくりしていって下さい」


 ティリアリアは「奥さん」と呼ばれるとニコニコして準備をしに行った。なんなん、このやり取り?


「悪かったね、ハルト君。新婚水入らずの所を邪魔しちゃって。もしかして取り込み中だったかな?」


「……ヤマダさん、その『新婚の部下の家にお呼ばれした会社の上司』みたいなシチュエーションは何なんですか? と言うかティアとはいつ打ち合わせしたの!?」


「打ち合わせなんてしてないぞ。彼女が合わせてくれたんだ。さすがは聖女だな。コミュ力がある」


 ヒシマさんはティリアリアのコミュニケーション能力を高く評価しているようだが、ここまで来ると「聖女とは一体?」と思ってしまう。

 一般大衆には未だにお淑やかな人物と思われているようだし……女優かな? 女優の奥さんかぁ……ちょっと良いかも。


「何はともあれこっちに来て貰って済みませんでした。本来なら俺が<ホルス>に赴くところだったのに……」


「何言ってるんだ。お前は<ヴィシュヌ>戦の訓練で忙しいだろ、気にすんな。――で、進捗状況はどうなんだ?」


「今のところシミュレーターで二十戦やって十七敗です」


「なるほどね。お前さんでそれなら聖竜部隊の他のメンバーじゃ太刀打ちできんわな」


 二人共俺の戦績を聞いて少し驚きはしたものの深刻な感じは見せていない。それが信頼から来るものだと実感する。


「やはり<ヴィシュヌ>と戦うには灰身けしん滅智めっちが必須です。使わずに戦ってみたら奴の動きに翻弄されて一方的にボコボコにされました。作戦中は予定通り俺が奴を抑えている隙にヤマダさんとヒシマさんは中枢システムの掌握をお願いします」


「分かった、そっちは任せてくれ。――それにしてもそのシミュレーターは本物の<ヴィシュヌ>と比較してどれぐらいの再現度なんだ? 実際戦ってみたらシミュレーターと全然違いました、何て事になったらあまり意味がないと思うんだが……」


「それに関しては再現度はかなり高いと思います。マドック爺さんがシミュレーターの設定をしている時に言っていたんですが、今回のはかなり異例だそうです」


「異例ねぇ、それはなんでまた?」

 

「本来シミュレーターに登録する仮想敵は本物と戦った後でなければ十分なデータが揃わず再現度が低くなってしまいます。でも、今回は本物と戦っていないにも関わらず十分なデータが揃っています」


 ヤマダさんとヒシマさんが何かに気が付いた様にハッとする。俺は頷くと話を進めた。


「システムTGは<ヴィシュヌ>で出撃後、一対一で<インドゥーラ>と戦闘を繰り広げました。そのお陰で俺は<ヴィシュヌ>の戦いぶりを観察できました。しかも奴は戦闘中にカルキ・ラスト・アヴァターラ以外の術式兵装を使っています。まるでわざわざ俺に見せつけるかの様に……」


「確かにあの時の<ヴィシュヌ>の動きは違和感を覚えたな。無敵状態だった<インドゥーラ>に術式兵装を連続で繰り出しても無駄のハズ。それなのにわざと使っている印象があった」


「あれほどの戦術を展開出来る奴がそんな非効率な戦い方をするとは考えられない。それにあの戦いで<ヴィシュヌ>が相手の動きを先読みする戦法を取る事が分かった。――つまりシステムTGはわざと自分の手の内を晒していたって事になる……。だとしたら何の為に?」


「……多分、俺と戦う時に対等な条件になる為だと思います。――システムTGとセシルさんは<ニーズヘッグ>のブリッジから俺たちの戦いぶりを見てきました。つまりあの二人は俺の戦い方や<サイフィードゼファー>に関する戦闘データを十分持っています。先読み攻撃はかなりの精度になり、<ヴィシュヌ>が圧倒的に有利です。でも、先の戦闘で<ヴィシュヌ>の十分な戦闘データが取得出来た事やセシルさんの訓練参加時の動きを取り入れた事でシミュレーターはかなり本物に近い精度になっています。そのお陰で奴との戦いの予習が出来ている訳です。これは俺にとって大き過ぎるアドバンテージです」


 そう……システムTGとセシルさんは俺と対等な条件で戦う仕込みをしていた。自分たちの手の内を晒さなければ楽に勝てたハズなのにそうしなかった。

 あの二人の真意が何なのかは分からない。けれど明らかなのはオービタルリングで<ヴィシュヌ>と戦う時に俺の実力が試されると言う事だ。

 そうであるなら、せっかく貰ったこのアドバンテージを最大限利用させて貰う。徹底的に<ヴィシュヌ>の戦術を研究して叩き潰してやる。

 ――そして、システムTGの真意を問いただす。あいつが本当は何を考えているのか、本当はどうしたいのかを……。

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