第307話 おねがいアルケミスト

 まともな作戦会議がちゃんと行われるのか心配していると教室のドアが開いて教師役数名が入ってきた。


「どうも、学年主任のヤマダです」


「学校用務員のヒシマです」


「学園長のマドックじゃ」


 誰も彼も役職がピッタリ似合う。面白おかしく登場するのかと思いきや、普通のテンションとスーツ姿で現れたので逆に笑いが込み上げてくる。

 どうして用務員さんが教壇に立っているんだと突っ込んだりしたかったが、周りが無反応だったので止めた。

 くそっ! あの三人どうして無表情なんだよ。どうして誰も笑ったりしないで自然とあの三人を受け入れているんだよ。ここで俺だけが笑ったら俺が頭おかしいと思われちゃうじゃんよぅ!


 込み上げる笑いを押さえつけている影響で腹が痛い。捻れるように痛い。こんな痛みに苦しむぐらいなら、いっそのこと笑い転げてしまうのも有りじゃないか。

 我慢が限界に達しようとした時、女神が降臨した。


「はぁーい、みんなぁ。これから授業を始めまぁーす! 担任のシェリンドン・エメラルドです」


 遅れて入って来たのは、眼鏡をかけて長い髪を後ろでお団子にし、上は胸の谷間が見えるノースリーブのブラウス姿、下はタイトなミニスカートでおまけにガーターベルトストッキング仕様という、エロ要素をこれでもかと満載したシェリンドン先生だった。

 リアルにこんな女教師がいたら男子生徒は授業どころではないだろう。ずっと前屈みになってしまう。

 実際、俺はあの三名のおっさんの事なんぞどうでもよくなり、シェリンドン先生の色香に当てられて落ち着かない。――ここは一つ、煮えたぎるものを鎮めてくるか。


「あの、先生すみません。トイレに行ってきてもいいですか!?」


 勢いよく挙手してトイレに行こうとするとシェリンドン先生は眼鏡をくいっと上げて俺を見る。


「――ダメです」


「何で!?」


「ハルト君は最後までちゃんと授業を受けるように! 途中退出は認められません。以上です」


 嘘だろ! こんな厳しいシェリンドンは初めてだ。驚いているとフレイが小声で俺に何かを言ってきた。


「だから言っただろ、シェリンドン先生のジェラシーポイントが高くなってるって。あの様子だとかなり怒ってるみたいだな」


 それってなんちゃって設定じゃなかったの!? 何てこった。こんな悶々としたままなんて生殺しじゃないですか!


「うう……酷いよう……」


 俺の嘆きなんかお構いなしにシェリンドン先生の授業もとい作戦会議が始まった。


「それでは授業を始めます。今日はまずオービタルリングとその関連施設について学び、その後にオービタルリングへの突入作戦についてまとめをしたいと思います」


 こんな授業スタイルでどんな作戦会議をするのかと思ったら最終決戦という超重要案件だった。

 本当にいいのか? こんなはたから見たらふざけた感じの態度で作戦会議をやって……ま、いっか。


「今回使用する映像とデータは<ニーズヘッグ>のデータバンク内に残されていたものです。それを残したのはシリウス・ルートヴィッヒ――システムTG本人です。残されたデータ量は膨大でその解析と作戦の立案に一日を要しました。では順を追って説明していきます」


 このデータはシステムTGが置いていった物と言う事で教室内でざわつきが起こる。

 そう言えばあいつは現状では俺たちが不利で、それを補填可能な仕込みをしたと言っていた。それがこれか……。


「まずオービタルリングですが、皆さんはこの施設についてはクロスオーバーの本拠地であり惑星の環境を再生させた重要拠点だと認識していると思います」


 ディスプレイに何やら球体とその周囲をぐるりと一回りするリングが表示された。シェリンドン先生は指示棒を胸の谷間から取り出して説明を続ける。

 先生、何故そんな所から……!


「この球体は『テラガイア』、このリングがオービタルリングです。見ての通りオービタルリングは『テラガイア』の周囲に設置されています。システムTGが決戦の場として提示したのがこの場所であり、我々が向かわなければならない場所でもあります。具体的な移動方法については後ほど説明します」


 オービタルリングに関しては知っていたが映像にして見てみると、やはりとんでもない技術で建造されていると思わされる。

 こんな巨大な物が数十万年以上もこの惑星の周囲にずっとあったのか。

 ディスプレイの映像が拡大され『テラガイア』とオービタルリングの間に柱みたいな物があるのが見えた。

 これってもしかして……!!


「『テラガイア』とオービタルリングの間にあるこの柱は軌道エレベータと呼ばれる建造物です。軌道エレベータは両施設を繋ぐ重要な役割を担っています。システムTGが残したデータによれば軌道エレベータは現在も問題なく稼動しています。つまりこの軌道エレベータを使えば地上からオービタルリングに侵入する事が可能という訳です」


 周囲から「おおっ」と歓声が沸き起こる。最大の問題が割と簡単に解決されて拍子抜け――する訳がない。

 そもそも軌道エレベータがオービタルリングと地上を繋ぐ物なら、地上側から軌道エレベータが見えるハズだ。

 それなのに何故誰もその存在を知らずにいたんだ? 軌道エレベータは『テラガイア』の何処にある?

 色々と考えているとシェリンドン先生と目が合う。あ、この感じは……指されるな。


「目が合いましたね。それではハルト君、軌道エレベータは地上の何処にあると思いますか?」


 先生からの質問を皆も考える。少なくとも『アルヴィス王国』、『シャムシール王国』、『ワシュウ』、『ドルゼーバ帝国』ではそんな巨大な建造物は誰も見たことがない。

 つまりそれらの国がある大陸には無いと考えていい。そうなれば軌道エレベータが建てられている場所は自然と絞られる。


「ここに居るのは『テラガイア』の主要国のメンバーです。その誰もが知らないのなら、考えられるのは一箇所しかありません」


 答えるとシェリンドン先生はニコッと笑って前に来るように促してきた。教壇に上がると指示棒を渡してくる。

 これ、さっき胸の谷間から出したやつだよな。ヤバい、温かさが伝わってくる。思わず指示棒と彼女の胸元を交互にチラ見してしまう。


「……」


「それじゃ軌道エレベータがあると思う場所を指してみて。……エッチ」


 最後に小さな声で言われてドキドキしてしまう。こんなセンシティブな授業今まで受けたことねえよ!

 気を取り直して黒板もどきディスプレイに表示された世界地図の一箇所を指示棒で指した。


「俺が考える軌道エレベータの場所はここです。『テラガイア』の世界地図の中心部――『失われた大地』。ここの周囲は常に厚い雲海で覆われ、その内部がどうなっているのか誰も知りません。……どうですか、先生」


「正解です。理由もちゃんと考えられていて素晴らしいと思います。SF大好きなハルト君には先生の助手をして貰おうかしら」


 正解を導き出した事で教室内で拍手が巻き起こる。さらに「凄い」とか「さすが」とか散々もてはやされ持ち上げられる。

 き……気持ち良い! 授業を受けていてこんな快感を得たのは初めてだ。

 前世の学生の頃は先生に指されるのが嫌だったけど、自信満々で前に出て華麗に正解するとこんな待遇受けられるの? いやー、これはクセになりそうですな。

 こんな軽い空気の中、軌道エレベータの場所が判明した。


「ハルト君が指摘した通り、軌道エレベータは『失われた大地』――正式名称、人工島『シャングリラ』の中心部にあります。『シャングリラ』には軌道エレベータの他にも様々な施設があり、この中でもマスドライバーと呼ばれる施設は今回の作戦で重要な役割を担う予定です。とても大事な施設なので覚えるのは最優先事項よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る