第306話 混沌の教室

 俺は急いで学制服に着替えるとティリアリア達に連れられ<ニーズヘッグ>の作戦室に向かった。

 部屋に入ると内装が学校の教室そのもので並べられた席には俺たちと同じように学制服に身を包んだ仲間たちの姿があった。

 ティリアリア達は席に着き談笑を始める。授業前のクラスの風景が目の前に広がっている。


「……」


 一旦外に出て深呼吸してから再び部屋を確認する。間違いなくここが作戦室だ。改めて入ってみるとやっぱり教室だった。


「ティアが授業が始まると言っていたけど、まさかこれ程の作り込みとは……」


 手の込んだ教室再現に舌を巻く。制服姿のノイシュが居たので行ってみると彼女は満面の笑みを見せていた。何て清々しい笑顔をしているんだろう。こんなに機嫌の良いノイシュは見たことがない。


「どうだった、元気出た?」


「お陰様でね。学生服の用意とかティア達の台詞とか、随分と楽しんでるなノイシュ」


「まあねぇ。これから大事な作戦会議が始まるから、どうせなら授業風にやってみないかって提案したのよ。そしたらその案が通っちゃってぇ。急いで資料用に用意しておいた学制服を引っ張り出してきたわけ! はぁ……この眺め最ッ高!!」


 トリップ状態ではないかと思えるほどノイシュのテンションは爆上げだった。

 俺は皆に見えないようにお布施を渡し、彼女の次回作の優先閲覧権を得るとその場を後にした。


 周囲を見回すとノイシュ監督考案のギャルゲー設定の仲間たちが騒いでいる。


「あっははー! ハルトその服似合ってんじゃん。この服くれるらしいよー。普段着にするのも有りよりの有りだよね」


 明るい雰囲気全開なのはコギャル化したパメラだ。クラスのムードメーカーな立ち位置は本人の性に合っている。


「おい、ハルト。今のところティリアリア、クリスティーナ、フレイア、シェリンドンからの好感度は最高みたいだぜ。ただ……えーと、シェリンドンのジェラシーポイントが高まってるから気をつけろよ。……なあ、台本通りに言ってみたけど、好感度とかジェラシーポイントって何なんだ?」


 ノイシュの台本通りに振る舞うフレイ。何だかんだで真面目だ。

 多分フレイはギャルゲー主人公にヒロインの情報を教えてくれる友人枠なのだろう。ジェラシーポイントが溜まると爆発して好感度が下がる仕様だと思う。


 教室内で異彩なオーラを出している集団がいる。その内の一人は皆が指定の制服を着ている中、真っ白な制服を着ている。

 

「やあ、ハルト。表情から察するに調子が戻ったみたいだね。安心したよ」


「ありがとう、カーメル。俺はもう大丈夫だよ。それより、どうしてカーメルは白い制服なんだ?」


「ん? ああ。これかい。私もよく分からないんだが、何でも生徒会長だからだそうだ。たまにはこういう風にいつもと違う衣装を着てみるのも新鮮でいいね。ははははは」


 扇子を開いて爽やかに笑っている生徒会長カーメル三世。きっとこの人の代の生徒会は平和で楽しいに違いない。

 その隣にはスンと澄まし顔のロキが座っていた。黒髪ロングストレートの外見が日本人形みたいで不思議な雰囲気を放つ。しかも彼女はブレザーではなくセーラー服姿だった。似合いすぎて逆に不気味だ。


「……いっぺん、死んでみ――」


「いきなり何を言い出すんだお前は!!」


 ロキがいきなり危険なワードを口走ったので地獄送りにされる前に止める。この調子だと転生組の行動には注意しないといけないな。

 ――で、さっそくヤバいのが座っている。ボロボロの学ランを纏い、下駄を履き、深く切れ込みの入った帽子を被っている番長がそこに居た。


「……」


「……番長だそうだ」


「そうか……」


 番長姿のジンは腕を組んでそれ以上口を開くことはなかった。ただ、一瞬だけ顔が見えたのだが、顔が真っ赤だった。


「そう言えば、シオンがいないな」


「なに言ってるの? そこにいるじゃない」


 パメラが指さす先には学生服をゴスロリ仕様にした上に女装メイクが施されたシオンが座っていた。

 静かにしていたので気が付かなかった。一回気が付くと、その存在感から目が離せなくなる。しかもシオンがいるのは俺の隣の席だった。


「……よろしく、シオン」


「……何も言うな。僕は嫌だって言ったんだ。そしたら皆に捕まえられて……」


「そ、そうか、大変だったな。でも、可愛いから問題ないだろ」


 褒めたらシオンが顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がる。


「なっ! 可愛いだと、ふざけるな!! 僕は……僕は……」


「シオーン、こっち向いて。はい……カシャ」


「綺麗に撮れたわね。ウケるー」


 コギャル化したパメラとティリアリアが写真を撮るとシオンはポーズを決めて対応する。撮影が終わると俺の方に向き直って微妙な表情をしていた。


「その……僕は……」


 もうこいつの身体にはコスプレイヤーとしてのたしなみが刻まれている。心は支配されずとも身体は支配されている。

 そんなゴスロリコスプレイヤーの隣にはゴスロリコスプレイヤーが座っていた。シオンに負けず劣らずの美少女だ。

 予想外のかぶせ技に度肝を抜かれる。シオン以外にゴスロリ衣装を着こなす仲間なんていたか?


「……さっきから何をジロジロと見ている? 失礼じゃないか、ハルト・シュガーバイン」


「その声は……お前まさかアグニか? お前もシオンと同じく女装癖があったのか!?」


「違う! 僕はこんな格好なんてした事はない。でも、ドラゴンキラー部隊の皆にこの服を着ろと言われて……メイクもされて……気が付いたらこうなっていたんだ!」


「うわぁ……」


 女装ゴスロリコスプレを施された男の娘二人が暗い表情で俯いている。なまじ二人とも美人なだけに、そのアンニュイな様子は絵になる。

 きっとこの先、この二人は定期的に女装をさせられるんだろうな。


「さて、皆に挨拶したし授業が始まるまで待つか……」


「……おい!」


「先生役は誰かな。きっとシェリーは出てくるよな。どんな格好なんだろ、ワクワク」


「おい、ハルト! 俺を無視するな!!」


 後ろを振り向くと声の主――アインがいた。仮面を取っている。イケメンな素顔を晒している。以上説明終わり。

 教室前方の黒板をよく見ると、本物の黒板ではなくディスプレイになっている。本当に芸がこまか――。


「一瞬か? 一瞬で俺とのやり取りは終わりなのか!? ふざけるな!!」


「うるさいよ! どうしてお前はアイデンティティーの仮面を外してるんだよ。仮面を外したお前はアインじゃなく只のイケメン学生Aで十分だろ。なに、これ見よがしに素顔晒してんだよ。自信あるんだろ。自分がイケメンだって自信があるんだろ! これで満足したかイケメン学生A!!」


「なっ……は……!」


 イケメン学生Aは口をパクパクさせながらも言い返す言葉が見つからず、結局そのまま黙り込んだ。

 後ろを振り向いた際に気になったのはスーツ姿の<ナグルファル>関係者なのだが、隊長のゼクスさんを始め、副長のアリアナさん、さらに学生Aと同じく仮面を外しているツヴァイ、ドライ、フィーアが並んで立っている。

 仮面を外した連中はどいつもこいつも美男美女だった。この世界の強化兵は外見が良くないといけないという縛りでもあるのだろうか?


「後ろで立っている人達はどういう立ち位置なんだろう?」


「ノイシュの話だと全員分の学生服はさすがに用意出来なかったらしい。学生役以外は正装して出席している。何でも家族枠と言う事だそうだが、僕にはよく分からないな……」


「授業参観形式なの!?」


 ゴスロリシオンが淡々と説明してくれる。教室内は混沌としていてこれから本当に作戦会議が始まるのか怪しい雰囲気だ。

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